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放課後。陽が傾き、廊下に差し込む光も鈍くなっていた。生徒の声はすでに遠く、校舎の隅々から静けさが染み込んでいく。
遥は、人気のない教室にひとり残っていた。
背を向けた黒板に寄りかかり、鞄も開けず、ただ時間だけを無視するように座っている。
教室の空気が少しだけ変わったのは、ほんのわずかな気配。
ドアは開いていない。足音もなかった。
だが、遥はすぐに気づいた。
「……また、勝手に入ったんだ」
声に出しても、蓮司は何も言わない。
教室の隅、気配だけがじわじわと広がる。
「ちょっと気になってね」
ようやく返された声は、穏やかで、何でもない風を装っていた。
「……おまえさ、中学、どこだったんだっけ」
遥の肩がぴくりと動く。
その名を出された瞬間、身体の奥に棘が突き刺さった。
「言ってなかったっけ。あそこの人、オレの知り合いにいるんだよね。教師じゃないけど、まあ……話のついでに、色々聞けちゃって」
蓮司の声には、証拠も断定もない。
ただ「知っているふう」だけが、確実に遥の喉元を締め付ける。
「……噂って、消えないんだよね。一度残ったものって」
遥は無言のまま、視線を伏せていた。
反論しない。できない。
黙っていることが正解だと思っていた。
だが──蓮司は、それすらも崩しに来た。
「本当に、何もしてなかったの? あの子に」
その“あの子”が誰か、名前を出されなくても分かってしまう。
遥の表情が、僅かに揺らいだ。
「違う、って言える? 本気で?」
蓮司は、前に出ようともしない。
ただ空間のなかで遥を見つめながら、言葉を選び続ける。
「“自分のせいで壊れた”って、ずっと思ってるんでしょ。──だったらもう、そうなんじゃないの?」
淡々と。
優しさすら感じさせる調子で、蓮司は遥自身に“肯定させよう”とする。
「おまえは壊したんだ」と誰かが言うのではない。
遥自身が「自分は加害者だ」と認めてしまうように。
「全部、おまえが壊したんだよ」
そう言われるより、はるかに残酷に。
遥の内部から、そう思わせる。
教室の窓の外では、夕陽が沈みかけていた。
光が赤く染まり、机の上に影を長く落としている。
遥の指先が、小さく震えていた。
──まだ何も終わっていない。
──むしろ、蓮司の仕掛けはこれからだった。
遥の過去。
誰にも話していない場所に置いてきた、
罪の記憶。
それを暴かずに、「勝手に自分で引きずり出すよう」仕向ける。
それこそが、蓮司の狙いだった。