彼は腕時計を見て時間を確認して言う。
「ディナーの予約は十九時半だから、部屋に戻ってぼちぼち準備するか」
「そうですね」
私たちはまたプラプラと歩き、部屋に戻る。
「それで……、だ」
部屋に入ったあと、尊さんは立ち止まって私を見る。
「な……、なんでしょう」
いつもと少し違う雰囲気に、私は少し身構える。
「今回のデートは中村さんの誕生日がメインで、どうせなら二組で盛大に楽しんで祝おうという趣旨だ」
「はい」
「涼は張り切ってる。あんなに浮かれた姿は初めて見た。ハッキリ言ってやべぇ」
「いや、想像つきます」
私は真顔で頷く。
涼さんの溺愛ぶりは分かっているし、恵からメッセージで聞く範囲でも凄い。
最初はいいなと思ったから、手放さないように付き合い始めた感じだったけれど、今は恵じゃないと駄目だという感じがひしひしと伝わってくる。
あの整えられた〝恵の巣〟を見ても分かるし、初めて彼の家に行ったその日に外商を呼んで、物凄い金額の買い物をされたと聞いて、私もさすがにドン引きした。
「あいつは今回のディナーや、明日以降のデートで、めっちゃ中村さんを整えてくる。勿論、奴もそれに合わせてキメてくるだろう。……で、だ。同行する俺らが気の抜けた格好をしてたら、バランスがとれない。だから……、いくぞ」
そこまで言い、尊さんはリビングルームのソファに置かれてあった、プレゼントボックスの数々を指さした。
「あ……、はい……」
部屋に入った時、名だたるハイブランドの箱やショッパーを見て、ちょっと「うっ……」となったけれど、尊さんは話題にしなかったので私からも指摘しなかった。
でもやっぱり、……そうなるのか。
「いくんですか」
「いかねばならん」
尊さんはリズ・シャルメルのショッパーを手にすると、少し照れくさそうに手渡してきた。
「下着から全部そろえた。この二泊三日、着せ替え人形になってくれ」
「う……、……着せ替えアカリちゃんは特にいいですけど、……お金かかったでしょう」
気にすると、尊さんは「ん?」と瞠目したあと、肩を落とす。
「前に『金には困ってない』って言ったよな? 心配すんなよ。なんか悲しくなるだろ」
「お金は大事」
「それは分かるけど、大事な時に使ってこそ、生きた金になると思ってる」
「……まぁ、そうですけど……」
私はショッパーの中を覗き、ちょっと悪戯っぽく尋ねる。
「尊さんが下着売り場に行ったんですか? ミトコになった?」
「コンニャロ」
彼は少し顔をしかめて言い、私の耳をキュッと摘まむ。
「小牧ちゃんに手伝ってもらったよ。無断で朱里のサイズを共有したのは悪かった。謝る」
「いえ、全然気にしてないのでいいですよ。小牧さんなら、来月になれば裸の付き合いになりますし」
お盆休みの温泉旅行の事を言うと、尊さんはハッと何かに気づいた顔をし、難しい表情で沈黙してから「……そうだな」と頷く。
「そっか。女性同士、大浴場に行くのか」
「親交を深めるならそうなりますね? ミトコも来ます?」
「だからな、お前……」
尊さんは溜め息をつき、ポンポンと私の背中を叩いた。
「とりあえず、支度しよう。下着はそれ。薄い色のストッキングも中に入ってる。で、服はこれ」
そう言って渡されたのは、ドルチェ&ガッバーナのショッパーだ。
「おお……。開けていいですか?」
「どうぞ」
尊さんに言われ、私は黒い箱を開ける。
中にはブランドロゴの入ったガーメントバッグがあり、ファスナーを開けると、中にはハンガーに掛かったIラインワンピースが入っていた。
ノースリーブでボートネックのワンピースは、黒地に白いバラの花が描かれている。
「凄い……。素敵」
バラの花はとても精緻なタッチで、見ているだけでうっとりとした吐息が漏れてしまう。