夕暮れの空が群青に変わり始める頃、町の広場には人が集まり、提灯の明かりが次々に灯されていた。
焼きそばの匂い、綿あめの甘い香り、太鼓の音。
夏祭り特有の喧騒が広がる中、ばぁうは会場の入り口の隅でスマホを弄りながら待ち合わせをしていた。
「あ、いたいた!ばぁうくんお待たせ!」
「おお、まひと浴衣着てんじゃん」
「ふふーん、どう?似合う?」
「うん、いいじゃん。」
爽やかな水色の浴衣姿で祭りの会場にやってきたまひとはご機嫌な様子だった。
「美味しそうな匂いするー!何から食べよっかなー♪先ずは焼きそばかな?りんご飴も絶対食べたし、後はポテトでしょ?それから…」
「食い物ばっかだな。」
「てるちゃんまだかなー?早く来ないかなー!」
「…まあ、もうすぐ来るだろ」
ばぁうが素っ気なく答えながらも内心は気にしていた。待ち合わせ時間より15分過ぎている。基本てるとは待ち合わせよりいつも早めに着いている印象がある。今日はいつもより道も混んでいるし、理由はそういうところから来ているのかもしれない。
…もう少し待って、来なかった時は連絡してみるか。
「あ!あれ、てるちゃんじゃない??」
まひとの指差す方に目をやると、人混みの向こうから見覚えのある姿。否、見慣れない姿をしたてるとがこちらに手を振っていた。
浴衣は淡いピンクから裾にかけて白へと溶け込む、柔らかなグラデーション。
帯は薄いクリーム色で、全体を優しくまとめている。その柔らかい色合いがてるとの肌の白さ、整えられた髪をさらに引き立てていた。
胸の音が騒つく。
周りの騒めきもまひとのはしゃぐ声も一瞬遠くに消えたような感覚になる。
視線を逸らせなくて、ただ歩いてくるその幼馴染に。でもどこか知らない存在に見えて――心臓が痛いほど高鳴る。
「ごめんっ、準備に手間取っちゃって‥」
「えーっ!!てるちゃん可愛いすぎっ!浴衣めっちゃ似合ってるね!」
「ほんと??まひちゃんも浴衣可愛い!」
2人のはしゃぐ声に現実に引き戻されたばぁうは自分が見惚れていた事に気付き、少し顔を伏せた。
(…くそ、マジで可愛い……)
「ばぁうくんも待たせちゃって、ごめんね?」
「…いや。‥浴衣、似合ってる」
「ほんと?、派手じゃないかな?」
てるとは頬を赤くしながら、無意識に耳の横の髪を指で触れた。視線を落とし、少しだけ前髪を直すようなその仕草に再びてるとから目が離せなくなった。
「‥ああ、マジで綺麗だよ」
ばぁうがかけられた言葉に、てるとは心臓が跳ね上がった。一気に顔が熱くなるような感覚に慌てて視線を逸らす。小さく「ありがと」と伝えるが、まともに顔が見れずにいた。
祭りは人混みの熱気に包まれ屋台の灯りが左右に並んでいて、奥まで続いている。
既に食べ歩きをしているまひとは、目を輝かせながら次々と屋台へと吸い寄せられていた。
「まひちゃん、落ち着いて?」
「えー!だってあれも美味しそうだし…あ!あれは絶対食べたいっ!」
まひとが並んで買ってきたものはたこ焼き、りんご飴、焼きそば、人形焼など。ここの祭りの屋台を制覇する勢いだ。
「はいっ、ばぁうくんとてるちゃんの分もあるよ!」
「買い過ぎだよー笑」
「子どもよりはしゃいでるよな絶対」
屋台から少し離れた所の境内の隅にある石段を見つけて3人は腰を下ろした。
まひとがたこ焼きを躊躇なく頬張ると「あっつ!!」と飛び跳ねる。その様子にばぁうとてるとは笑う。
てるともたこ焼きを1つ持ち上げそっと息を吹きかけ熱を冷まして食べる。外側はカリッと香ばしくて中はトロトロで蛸の食感が美味しい。
「え、このたこ焼きうまっ、」
「ね!美味しいよね!」
「ばぁうくんも食べてみて!」
てるとは、ばぁうの分のたこ焼きを先程と同じようにふーふー、と、息を吹きかけて冷まし、ばぁうに差し出す。その仕草にばぁうは胸の奥がじんわり温かくなった。
「……確かに。美味いわこれは」
「ね。屋台の食べ物クオリティ結構高いね笑」
まひとが次どこ行く?と再び屋台が並ぶ方へ戻り次の食べ物を目指して進んでいた。先程座って色々食べた後、2人は正直お腹も膨れてきていて改めてまひとの食欲深さに驚かされていた。
「まだ食べんのかよー」
「えっ!これからでしょ!」
「「……」」
「あ!次あれ食べたい!じゃあちょっと僕買ってくるね!」
まひとはそう言って嬉しそうに屋台の人混みに紛れて行った。再開した時はまた両手いっぱいに食べ物を抱えてくるのだろうか…その目に浮かぶ光景に思わず笑ってしまう。
「てると、なんか食べる?」
「ううん、もう僕お腹いっぱい」
「だな。‥あ、あれやってみるか?」
ばぁうの指を示す方向にあったのは射的屋台。台の上にはお菓子やおもちゃが並んでいた。
ぱんっ、と乾いた音が夜に響いた。
屋台の前で銃を構えたばぁうは、真剣な顔で引き金を引いたけれど、弾はかすらず景品は微動たにせず終わる。
「は?難くね??‥おじさん、もう一回」
「あいよっ」
ばぁうが再度銃を構える。が、根気良く狙うが景品に当たらずに弾切れになった。
「……くっそ、今の惜しかったよな?」
必死に言い訳するばぁうの姿が可笑しくて、僕は思わず吹き出しそうになる。
「全然当たってなかったよ笑」
そう返すと、ばぁうはむっとして銃を僕に差し出した。
「じゃあ、てるとやってみろよ」
ばぁうから銃を受け取り、銃を構える。そして狙いを定めて引き金を引くと景品の箱に命中し、棚から落ちる。続けての一発も狙いを定めて撃つと、ぱんっと景品に狙い撃ち。
「…………マジか、お前」
「えへへ、結構楽しいね!これ」
「上手いな……俺なんか一発も当たらなかったのに」
ばぁうがぼやくと、てるとは少し照れたように笑った。
「僕、FPS系のゲームめっちゃやってるから、その感覚でやってみた笑」
「お前センスあるわ」
「ばぁうくんも惜しかったよ?」
「うるせー笑」
そんなやり取りをしているうちに、人の流れがぐっと一方向に動き出した。
「そろそろ花火が始まります!」というアナウンスが響き、人々が川沿いへ向かっていく。
人混みの圧に押されるように、二人とも歩みを進めた。
「すごい人だな……」
「これ、まひちゃんと合流できるかな?」
「連絡入れとくわ」
ばぁうがスマホを開いて画面を見ていると、後ろから人が一気に押し寄せてきて体のバランスが崩れる。
「わっ……!!」
それによっててるとの身体が大きく揺れる。
後ろから押された人にぶつかり、草履がずれて足元がぐらついたのだ。そのまま前に倒れ込みそうになった。
「っ、!」
反射的にばぁうが手を伸ばし、てるとの腕をぐっと引き寄せる。
力いっぱい抱き止めた拍子に、てるとの身体がその胸にすっぽり収まった。
一瞬、周囲の喧騒が遠のく。
聞こえるのは、自分と彼の鼓動だけ。
「……っ、ごめん。助かったよ、」
見上げてくるてるとの瞳は、夜の光を反射してきらきらと揺れている。
近すぎる距離に、ばぁうの呼吸も乱れた。
「大丈夫か……?」
「……うん」
そう言って掴んでいた腕を離すはずだった。けれど、人混みの勢いが途切れず、結局ばぁうはそのままてるとの手を強く握りしめた。
「てると、離れるなよ」
てるとは驚いたように目を瞬かせたが、すぐに「……うん」と答えて、そのままばぁうに手を引かれて歩いた。
二人は手を繋いだまま、人混みを抜けて川沿いの広場付近に辿り着いた。
その瞬間、一つの光の線が夜空に駆け上がった。
ぱぁん、と大きな花火が鮮やかに咲き誇った。2人で肩を並べながら夜空を見上げる。
「始まったな。」
「うん‥綺麗。」
花火の色がてるとの瞳に映り込み、無邪気な表情が浮かんでいた。その横顔を眺めて、ばぁうは自然と笑みが溢れた。
一方、てるとは花火を見上げながらも、ばぁうと繋がれた手に意識がいきまくっていた。人混みで離れないようにとばぁうが繋いだ手は、理由はないはずなのに、どちらも解こうとしない。
(え?え?これって、繋いだ、まま?)
駄目なのに、意識しちゃ、駄目なのに。
てるとは胸の奥の高鳴りを抑えきれずにいた。花火の音よりも、自分の鼓動の音が大きく聞こえるように感じた。
最終であろう花火が連発で打ち上げられ夜空いっぱいに輝き、消えていった。周りの観衆から歓声と拍手が沸き起こる。その後は祭りの終わりを告げるアナウンスと共に周りの人達も帰路へと向かい歩き出した。それによって再び道が混雑してくると、ばぁうが何も言わず繋いだ手を強く握り締めて、てるとの体を支えて歩く。
その手の温もりを感じながら2人は特に会話をする事なくただ歩いた。
人混みが避けられる開けた所に辿り着き、ばぁうが足を止めた。
「………大丈夫か?」
「う、うん。大丈夫だよ」
沈黙が妙に重く、気まずさを引き寄せる。けれど、お互いでは繋がれたまま時が過ぎようとしていた。
「あー!いたー!!」
沈黙を破ったのは聞き慣れた明るい声だった。振り向くとまひとが屋台で買い占めた物を抱え込んで駆け寄って来ていた。
その瞬間、お互い同じタイミングくらいで繋いだ手をパッと離す。
「もー、やっと見つけたよー」
「ちょっと人混みに巻き込まれてさ」
ばぁうは何事もなかったように答える。
その声がやけに落ち着いて聞こえて、てるとは自分だけが動揺しているように思えて、恥ずかしくなった。
「2人だけで抜け駆けとかずるーい」
まひとが茶化すように笑い、袋からりんご飴を取り出す。てるとは曖昧に笑い返したが、心臓は未だにドキドキと脈打っていた。
ほんの少し前まで、確かに繋いでいた手。
その感触が頭から離れず、てるとの中で余韻が響き続けていた。
更新遅くなってしまいました、。
ごめんなさい。。m(_ _)m
長編の難しいところですね。。
コメント
1件
これ、ばうてる好きが見たらガチでやばいです、神ですね…