コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
さらに数日が経ち、アリエッタが家の中の物に限り、色々な単語を覚えた。ただし名詞に限られる為、会話を成立させるまでには至っていない。
前世の言葉の知識が弊害となり、発音や文法を聞き分けにくく、人の会話を集中して聞いていないと、単語すらも聞き分けるのが難しい。繰り返して言っているのを聞けば、なんとなくそれが『名前』だと察する事は出来ているが、正解かどうかの判断は、アリエッタ自身には出来ないのだ。
指を差して、名前を知りたいという事を態度で伝えるという手段を用いることで、ようやく物の名前を知る事が出来ているアリエッタだが、最低限の会話まで持っていくには、どうにかして動詞や形容詞にあたる言葉を教えてもらう必要がある。その方法は、現在考案中なのであった。
「みゅーぜ……いす……んっ」
「う~ん、やっぱりアリエッタにはこの椅子は大きいのかな? 自分で座るのに苦労してるし、これは買いに行かないといけないなぁ」
だが、これまでに比べ、かなり意思疎通が容易になっていた。というよりは、意思疎通できる確率が上がったというべきか。
まだ言葉の習得が始まったばかりだが、これはアリエッタにとっても、保護者達にとっても大きな前進である。
(通じたのかな? 無理なら無理でいいけど、ぴあーにゃも座りやすいほうが良いだろうし)
「パフィが帰ってきたら相談ね。まぁ駄目とは言わないと思うけど」
こうして、非常にゆっくりとだが、アリエッタの生活が改善されていくのだった。
そして夕方……
「ただいまなのよー」
「ジャマするぞー」
「!! ぴあーにゃ!」
ピアーニャの声が玄関から聞こえると、アリエッタはリビングから飛び出した。
「あっ、こらアリエッタ!」
「幼女総長来ちゃったし? 帰る前にもうちょっと触れ合っていたかったし」
クリムは食前と食後のふれあいを諦めて、夕食の準備に戻った。パフィが仕事で出ている時は、4人分の夕食を作りに来ているのだ。もちろんその目的は、アリエッタに合う為である。そして時々泊まっていく。
玄関では、ピアーニャがアリエッタに捕まっていた。
「ぴあーにゃ! おはよっ!」
「お、おうアリエッタ……まだ『こんばんは』はしらないのか…ってもちあげるな! わちはあるけるからな!?」
(はしゃいじゃって、相変わらず可愛いなぁ♪)
ピアーニャは問答無用…というよりも、問答不能のままリビングに運ばれていった。
少し遅れてかけつけたミューゼは、アリエッタを見送った後、ニヤニヤしている人物達に話しかける。
「えーっと…パフィおかえり。リリさんとテリア様もいらっしゃったんですね、こんばんは」
「突然すみません。総長が大事な話があるという事で、副総長の代わりに同行しました」
「こんばんはー。今日もアリエッタちゃんは元気ですね」
ピアーニャと共に家にやってきたのは、王女のネフテリアと、リージョンシーカー受付嬢のリリだった。見張り役のオスルェンシスは、今回の行き先が王族に説教した実績のあるミューゼの家という事で、同行していない。
パフィと2人をリビングに招くと、アリエッタが既にピアーニャの世話をしていた。
「相変わらず仲良しですねー♪」
「……たすけてくれ」
(ん?)
アリエッタとピアーニャの様子を見て和んでいると、アリエッタがネフテリアに気が付いた。そして隣にいるミューゼを見る。
「みゅーぜ……」
「うん? あ、そっか。テリア様の名前教えてなかったね」
アリエッタがネフテリアを指差すのを見て、まだ名前を知らないのだという事に気がついた。
「テリア様、アリエッタからの呼び名は『ストーカー』で良いですか?」
「やめて!? 同じく『テリア』でお願い!」
ネフテリアからの強い要望を受け、ミューゼはアリエッタにテリアという名前を教えた。
横でリリがニコニコしながら様子を見ている。
「てりあー」(てりあお姉さんか、みゅーぜのお友達だからちゃんと覚えた)
「うふふ、よろしくねアリエッタちゃん」
ネフテリアは笑顔でアリエッタの手を取り握手した。
その後アリエッタはリリに向き直り、しっかりご挨拶。
「りり、おはよっ」
「アリエッタちゃん挨拶出来て偉いね~。いつかこんばんわ覚えようね~」
(朝と昼と夜をまず教えないとなぁ……)
どうやって物じゃない名前を教えようかと考えかけ、その前にまず気になっていた事を聞く事にした。
「そういえば、リリさんが来るなんて珍しいですね」
「ええ、本当はもっとアリエッタちゃんに会いたいんですけど、今回はテリアの付き添いなんですよ」
「付き添い? テリア様を愛称呼びしているってことは……」
「ええ、リリは私のおばアダゥッ!?」
「テリアちゃ~ん?」
「ぅひぃ……脇腹突くの止めてくださいよぉ……地味だし痛いし……」
いきなり王女に攻撃するリリに、驚いて茫然とするミューゼ。明らかにミューゼとテリアの間柄よりも近く見える。というのも……
「えっと、もしかして……」
「テリアは、私の姪なんですよ」
「ええええええぇぇぇぇ!?」
「一応前に名前は教えたハズですけど、分からなかったんですね。国王のガルディオは年の離れた実の兄なんですよ。私は王位とか継ぐ気なかったので、ささっと王家から出てピアーニャ先生の世話になっていますけど」
「えぇぇ……」
リリ・エルトナイトは元王女だった。ミドルネームは捨てたものの、ファミリーネームは特に隠していない。エインデルブルグではなくニーニルで働いているのは、知っている人との面倒を極力避ける為でもあったりする。
「パフィ知ってた?」
「この前王妃様に聞いたのよ。あの時は叫んでしまったのよ……」
王城で聞いた驚愕の事実。あの時フレアがパフィとのコンタクトを取るために、身内にリリというリージョンシーカーの受付嬢がいる事を打ち明けていたのだった。
もちろんリリとパフィが親しい事を知らなかったフレアも逆に驚いていたのだが、ピアーニャを介して連絡を取り、アリエッタとネフテリアの事はもちろん、パフィの世話まで専属として頼んでしまっていた。
「リリお姉様は、わたくしがニーニルにいる間のお目付け役らしいです……別に悪い事しないのに……」
「あはは、テリアは信用無いですからね」
(お姉様なんだ……さっきは言っちゃいけない言葉を言いそうになって、脇腹を突かれたのね)
20代後半で彼氏募集中のリリにとって、言ってはいけない呼び方がある。その禁句に触れれば、現王女であるネフテリアも容赦なく痛い目に合うのだ。
(はっ…もしかしてわたくし、ここにいるメンバーの中では、かなり立場弱くない? 王女なのに)
自分に容赦なく説教できる人ばかりだと気づいたネフテリアは、たらりと冷や汗を流すのだった。
ミューゼ達がのんびりとしていると、クリムが夕食の支度を終えた。
「出来たしー。3人分追加だし。聞いちゃいけない仕事の話だったら、ボクはパフィの部屋で食べてるし」
「いや、かまわん。というか、ほぼいっしょにくらしてるから、クリムもハアクしておいてくれ」
「それに普通の機密事項でしたらリージョンシーカーに呼び出しますから。今回はアリエッタちゃんの話なので、この家の方が良いんです」
クリムも立派なアリエッタの関係者である。ピアーニャから見ても、知っておいてもらう方が都合が良い。
「クリムさん、突然お邪魔したのに、食事までありがとうございます」
「食材追加余分にもらったし、気にしなくていいし」
ピアーニャ達の訪問にはパフィも同行していたお陰で、特に問題無く食事を用意出来た。
アリエッタはピアーニャを椅子に乗せ、その隣の椅子に座る。ピアーニャの世話をする気満々である。
「とりあえず、アリエッタからはなれたいのだが……」
「そんなっ、アリエッタちゃんが可哀想よ!」
アリエッタから離れようとするピアーニャに、異議を唱えたのはネフテリア。その顔は、ピアーニャが困ってる可愛い姿をもっと見ていたいと言っている。
「おまえな……」
「まぁまぁ、急いで話を進める意味も無いですし、まずは世間話でも」
「わちははやく、カイホウされたいのだが……」
(いい子だねーぴあーにゃ。まずは食べやすいように取り分けてあげよう)
エインデルブルグに行った事で、幼児の世話の腕前が上がったアリエッタ。ピアーニャにとっては完全に想定外の恐るべき進歩である。
とてもほんわかした雰囲気のまま夕食を食べ終えた一同は、改めてピアーニャ達が家に来た理由について話を始める事にした。
「それで、今日はどうして家に来ることにしたのよ?」
「あれ? パフィは知らずに家に連れてきたの?」
「ええ、後で話すって言われてたのよ」
「あー、ごほん。じつはだな……」
ここまでもったいぶっていたピアーニャが、満を持して今回の目的を話そうとした……その時だった。
「ぴあーにゃ!」(きっと大事なお仕事の話をするんだ。僕とピアーニャは邪魔しないようにあっちに行ってなきゃ!)
「えっ…なっ…ちょっ、おおおぉぉい!」
真剣な顔でピアーニャを抱え、得意気な笑顔をミューゼ達に向けるアリエッタ。そのままリビングを出て行ってしまった。向かった先はミューゼの部屋である。
『………………』
残された大人達は目を点にして、アリエッタ達が出て行った部屋の入口を眺めていた。