「tt」
冬を迎えた街角には冷たい雨が降っていた。
小さなノイズのような音をたてて灰白色の空から降り落ちてくる雨。
なんとなくそのまま濡れてしまいたくて、 左目に当てた眼帯が少しずつ張り付いてくる感覚に目を閉じる。
公園の隅で傘もささず立ち尽くしていたttは、聞き慣れた呼ぶ声に振り返った。
「おまたせ、ttさん」
手を挙げるurと、それを挟み、yaとnoが立っていた。
yaは駆け寄ると、ttの濡れた肩を優しくはたいてくれた。
そんな二人に、小首を傾けながらnoが微かに頬を緩めた。
「…行きましょ、ttさん」
電車を乗り継ぎ、神奈川のとある駅に着いた。
駅前でタクシーを拾い、向かったのは海沿いの高台にある墓地。
海を前にし、墓碑として樹木が植えられた区画がある。
落葉した若いハナミズキは沈黙し、雨粒を落としていた。
yaは水溜まりを飛び越えながら近づくと、大袈裟に手を広げた。
「jp〜寂しかったろ?来てやったぞ」
「よ!jpさん。コーラ持ってきたよ」
urが供物台にコーラを並べる横で、 noは花瓶に花を生けながら微笑んだ。
「jpさん、1か月ぶりですね。 僕が育てた花です。きれいでしょ」
樹木の下に眠るjpに、まるでそこに生きているかのように自然と話しかける三人を、ttはただ見ていた。
jpは戻ってこなかった。
出血が止まらず、救急病院へ出発した頃には心臓が止まった。
重要参考人であり保護対象となったttは、jpと一緒に救急車に乗れなかった。
警察と共に病院へ向かうパトカーの中、不安の底で必死に祈った。
信仰はないけど、大きな力を持つ何かに必死で呼びかけていた。
しかしjpは、もう家族を待つ段階だった。
ベッドサイドに立ち尽くすnoの衣服はjpの血に濡れたままで、ttを見ると顔を伏せた。
無機質な部屋の中、温かみのない音を出す機械に生かされるjpを見た時の感情をttはほとんど覚えていない。
酸素マスクの下で不自然な呼吸を繰り返すjpだったが、その表情は柔らかかった。
様々な管につながれた冷たい体に触れれば、今にも目を開けて
「おはよう、tt」
と微笑んできそうだと、そう思ったことは覚えている。
病室の扉が開き、息を乱したyaとurが入って来た。
まっすぐにベッドへ駆け寄ると、横たわるjpに声をかける。
「jp…ほら、持ってきたぞ。 これ、ttに渡したかったんだろ」
yaは紙袋から小さな箱を取り出すと、jpの手に乗せた。
手からすり抜け転がる箱を、何度もjpに握らせようとする。
「jp。今渡せよ、間に合わねーぞ…」
ボロボロと涙をこぼすyaは顔を伏せるとそのまま座り込んでしまった。
何のことかわからず黙ったままのttに、urが後ろから声をかけた。
「…ttさんもうすぐ誕生日だろ。jpさんちは隠す場所ねーからって俺たちの家で預かってたんだよ」
urの介添の元jpの手に乗せられたその箱を、ttは器用に開いた。
中には並んで輝く、2つの指輪。
細身のシルバーリングは、ttらしいシンプルなものだった。
「これを渡して、ttさんに約束するって…」
urは涙を抑えきれず言葉を詰まらせた。
2つあるうちの、小ぶりのリングを手に取る。
左手の薬指に当てるが、途中で引っかかり入らなかった。
「……そうゆうことやな、jp」
そう呟いたttの小指に、 リングはぴったりだった。
残った片方をjpの小指にはめると記憶が蘇る。
約束をした、あの雨の日。
俺とお前はゆびきりをしたよな。
「……ありがとうな、jp…」
震える声でjpの手を頬に添えた。
愛おしい人はいつもこうしてくれた。
静かに流れる涙がjpの青白い手を濡らす。
jpの目の端にも暖かい涙が滲んでいたが、それは生理的なものなのか意識的なものなのかは最期までわからなかった。
神奈川から家族が到着し、jpに繋がったたくさんの機械が医師によって外される。
一定のテンポを刻んでいたモニターが冷たい音を響かせるのを、部屋の片隅で聞いた。
jpの心臓は完全に止まった。
隣にいたyaは泣き崩れ、urとnoは項垂れて肩を震わせていた。
ttだけは、泣くことも狼狽することもなく、ベッドの上で家族に囲まれるjpから目を離せずにいた。
指輪の感覚だけが、ttの心臓を動かしていた。
「雨…やんだな」
yaが空を見上げる。
海風に雲は薄くなり、空の色が少しずつ明るくなっていた。
「じゃあ、やろっかな」
持って来た大きなケースを開いたurは、ベルトを肩にかけてアコースティックギターを構えると、咳払いをした。
「jpさんが作った曲、やるね」
ギターの音色に乗せてurの優しい歌声が、高台に響く。
ハナミズキの前に立ち尽くしたttは、世界の片隅にひとり取り残されたような感覚をぬぐいきれずにいて、頭の中は戻れない日々の記憶とjpを失ったという事実が綯い交ぜになっていた。
「…tt!」
声が聞こえた気がして海空を見た。
黄金色の空に、うっすらと虹がかかっている。
虹の向こうから吹き込んだ風がttの頬に触れ、ハナミズキを揺らした。
「…jp?」
ずっと泣けなかった。
jpの心臓が止まったあの瞬間から、
jpの体が空に昇った時も、
ひとりで家の玄関を開けた時も、
jpがいない事に気づいた朝も。
泣いたら、ひとりになってしまった現実を受け入れる事になる気がして。
涙が勝手に溢れてきて止まらない。
でももう少し、もう少しだけ、穏やかで静かで幸せだったあの部屋の中にいさせてほしい。
jpがいないこの世界を愛せたら、そしたら現実を受け入れるから。
大丈夫、ずっと一緒やんな。
ya、 no、urが隣に並ぶ。
三人がそれぞれ、ttに微笑んだ。
目を閉じ左手を胸に当てる。
愛おしい人に守られたこの心臓は動いている。
小指のリングが、きらりと輝いていた。
「…ずっと一緒、やで」
「jp」
end.
コメント
8件
わ、、あ、あ…ぐっく、くるしい、、 読んだよ!ほしちゃんのストーリーだから!!!!😭😭😭😭😭
めちゃめちゃ感動しました✨😭 読み終わった後には涙でボロボロでした😭💓🌷
バッドエンドということは反対もあるんですよね。知ってますよ!!!まるでまじLoveすぎて私の為に作られたん?って感じです😇💞ゆびきりとハナミズキが出てくるのアツいです🤦♀️💖しくしく⚡️さんメロいごめんなさい