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梨本和広
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奏多
犬は家の近くまで来ると、冨樫の腕から飛び出し、駆けていった。
大きな洋館の門の前で振り返った犬は、
「ありがとう」
と言うようにこちらを見て、鉄の柵の細い隙間をすぽんとすり抜けて行ってしまった。
「あの犬……。
ふかふかしてるだけで、身は細いんですね」
と壱花が呟くと、倫太郎が言ってくる。
「お前も脂肪がついてるだけで、骨は細いだろう」
全然話が違いますよ……。
そして、今、細いのは骨だけと言われたのに。
細いと言われたせいで、喜んでしまいそうになりましたよ……。
壱花がそんなしょうもないことを考えている間、倫太郎は門の前で例の地図を眺めていた。
「おかしいな。
二条公園から結構来たのに、赤い点滅が此処にもある」
倫太郎は、ひょいと後ろを見たようだった。
倫太郎を先頭に、壱花、烏天狗、ぬっぺっぽう、海坊主、ぬっぺっぽう、冨樫……。
「一体、増えてるっ」
と壱花が叫び、
「気づけ、冨樫っ」
と倫太郎も叫ぶ。
「す、すみませんっ。
同じものが増えてたので気づきませんでしたっ」
「同じの二体とか、手抜きかっ、このあやかし地図っ」
と言いながら、倫太郎が二体目のぬっぺっぽうに近づく。
「……ぬっぺっぽうとぬっぺっぽうに囲まれたら、海坊主もぬっぺっぽうにならないですかね」
と言った壱花に、
「オセロか」
と倫太郎が言ったとき、地図に赤い光が灯り、壱花たちは飛んでいた。
「……なんで雪が降ってんですか」
壱花たちは山の中の石段に立っていた。
両脇に赤い春日灯篭が並んでおり、灯篭の上にも周りの木々にも雪が降り積もっている。
「さむ……」
と壱花が言いかけたとき、ぽぽぽぽ……と上に向かって灯篭に灯りが灯り始めた。
照らし出された白い雪のせいで、灯りがぼんやり広がって綺麗だったが。
そんなものを鑑賞する間もなく、それは現れた。
上に向かって灯っていく灯篭の先。
石段の一番上に、
中華料理でも作るんですか?
と問いたくなるような長方形で分厚い包丁を手にした白い鬼が居た。
出た~っ!
と壱花は烏天狗たちと抱き合い、震え上がる。
「貴船神社ですよね、此処。
牛鬼ってこういうのじゃなかった気がするんですが」
と冨樫が冷静に言っている。
「だって、お前、これ、子ども用のあやかしゲームみたいなもんだろ。
海坊主が山に居たし」
そう倫太郎が言った瞬間、その白い鬼が包丁を振った。
鬼の側にあった灯篭が真っ二つになる。
ホンモノの包丁っ!
白い腰巻ひとつで、筋骨隆々とした肉体を晒しているその鬼が、包丁をフリフリ近づいてくる。
腰巻、トラ柄ではないんですね、とか突っ込めるような雰囲気ではなかった。
ひーっ、と全員が下に向かって駆け出すが、雪の積もった石段と灯篭は何処までも続いていて終わりがない。
「大丈夫か、壱花っ」
と叫びながら、倫太郎が壱花の頭にしがみついていた子どもの烏天狗を抱えてくれる。
「あっ、ありがとうございますっ。
って、子天狗っ。
飛んで逃げた方が安全じゃないっ?」
と壱花は言ったのだが、まだ飛べないようだった。
「大丈夫だ。
もうすぐ時間だ。
あやかし駄菓子屋に飛べるはずっ」
と言う倫太郎に、
「そっ、そうですねっ」
と壱花はホッとしたが、何処までも石段は続き、何処までも鬼は包丁をフリフリ追ってくる。
「……飛べない」
「あのがめついババアの駄菓子屋との因縁をも抑え込むとは」
「恐るべし京都ですねっ」
と倫太郎と言い合いながら、壱花たちは走り続けた。