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ふう、なんとかお帰りいただいた。
それにしても、課長が古いタオルがお好きなのは意外だったな。
閉めた扉を見ながら、和香は、ほっとする。
課長の家は広いからそうでもないけど。
こんな狭いアパートの一室で二人きりだと、緊張しちゃうもんな。
あっ、そうだ。
課長がアパートお好きなら、課長をここにお泊めして、私がよそに泊まればよかったのでは?
いやっ、待てよっ。
課長がいるときに、何処かの誰かがこの部屋を襲撃してくるかもしれないから、危ないかっ。
「いやそれ、襲撃してくるのは、何処の誰なんだっ!?
N○Kか、地区の集金かっ?」
と耀に叫ばれそうなことを思う。
次の日、耀は職場にあのタオルを持ってきていた。
『いつか、このオリーブの実がなったら……』
と夜空とオリーブを見上げ、呟いていた和香を思い出す。
オリーブの実がなったら、なにが起こるんだ……。
和香が俺の前から去ってしまうとか?
なかなか上手くいかない恋に、耀の発想は悪い方にしか行かない。
「今日、昼、外に食べに出ないか?」
ふいにそう言われ、耀は顔を上げた。
いつの間にか、時也が目の前に立っていた。
「ああ、そうだな……」
と言いかけ、
「いや、やっぱり、社食に行くよ」
と言う。
社食に行けば、和香の姿が見られるからだ。
「どうした、ぼうっとして」
と言われ、
「いや、今、オリーブの木に実がなったせいで、ゴジラとガメラが京都駅を破壊してるところまで、妄想が進んでて……」
と素直に言って。
なんだそれ、と苦笑いした時也に言われた。
「珍しく仕事中にぼんやりしてるから、恋愛がらみかと思ったよ」
「いや……。
……うん、そうだな。
恋のせいかな」
とまたまた素直に呟いたが。
時也や周りで聞き耳を立てていた部下たちに、
何故、恋のせいで思い詰めて、オリーブの実がなって、ゴジラとガメラが京都駅を破壊するんですかっ!?
と思われていた。
だが、耀の中の和香のイメージを煮詰めたら、そんな感じになるのだった。
これでよく恋に落ちれたものだと自分で思う。
「恋といえば、青木の奴が彼女の写真持っててさ。
プリントしたやつ。
スマホに入ってりゃいいんじゃんと言ったんだが。
電池切れたら見られなくなるだろだって。
そんなラブラブなのも最初だけだよ。
なあ?」
と言われるが、まずその最初にも行けていない自分としてはうらやましい限りだ。
しかし、写真か、と耀は思う。
和香の写真、一枚もないな。
元が怪しい職業のやつだからか?
写真を撮られてはならないとか?
いや、だが、社報には写真、載ってるな。
社報、うちにあるな。
あれを持って歩けばいいのか。
……いや、それはちょっとおかしな奴だろう、と思いながら、昼、時也と社食に行く。
その辺りで正気に返り、
「お前、ランチに行きたかったんだろ?
悪かったな」
と言ったが。
「いや、まあ、絶対ってわけじゃなかったし。
今は美味いもの食うより、お前見てる方がなんか楽しいから」
と時也は謎の言葉を吐く。
そのとき、和香が向こうからやってきた。
「和香」
「はい」
「写真をくれないか?」
急にどうした!?
という目で時也が見る。
「写真ですか?
ああ、ありますよ」
「ありますよ?」
と時也が訊き返している。
「はい」
と和香は財布の中から証明写真を出してきた。
時也も自分といっしょに小さなそれを覗き込む。
「よく撮れてるね」
でしょう? と和香は勝ち誇ったように言った。
「それ、ここ本当にやってるのかな? って感じの古い写真屋のおじいさんに撮ってもらったんですが。
証明写真とは思えない、いい出来栄えだったんで持ち歩いてるんです。
で、それ、なんでいるんですか?」
社報ですか? と問われる。
「いや、そうじゃないんだが、もらっていいか?
金なら払う」
「お金なんていりませんよ。
あまったやつですから」
と苦笑いする和香に、時也が訊いた。
「これ、最近の?
サイズ的に運転免許とか?」
そうなんですよ~と和香はゴソゴソ免許証を出してきた。
「免許の写真は見せたくないって言うけど。
これは綺麗に撮れたんで」
その免許証を見た時也が、
「待ってっ。
怖い怖い怖いっ」
と叫ぶ。
「怖いよ、この免許っ。
種類のとこ、なんでこんないっぱい書いてあんのっ?
企画事業部、大型特殊免許とか牽引免許とかいるっ!?
君、タンクローリーとか、除雪車とか路面清掃車とか運転すんのっ!?」
と和香に慣れていない時也が騒いでくれたおかげで。
和香に深く追求されることなく、証明写真をもらえた。
……うむ。
確かによく撮れている、と思いながら、耀は、そっとその写真を財布にしまった。
結局みんなで社食の列に並んだ。
トレーを手に時也が耀に、
「それにしても、金を払うから写真をくれとか。
女子高生の写真買う、怪しい男みたいだからやめなよ」
と言ってくる。
「いや、写真を撮るのにかかった経費は払うと言っただけだ」
と素っ気なく言うと、時也は今度は和香に絡み出した。
「和香ちゃん、あれだけいっぱい免許持ってたら、国際A級ライセンスとかも持ってそう」
和香は、あはは、と笑い、
「国際A級ライセンスは、レースの決勝に出ないと継続申請できなくなってしまうんで」
と言う。
……だから取らないのか?
取ったが、レースに出なかったから取り消しになったのか?
それとも、今のは、ただの豆知識なのか?
前者二つのどっちかな気がして怖い、と耀は思う。
「あと、レース場で使う免許とったって。
それで、誰かを公道で追いかけるときに役立つなんてことないじゃないですか」
「……誰を追いかけるつもりなの?
将来、結婚したときの旦那?
夫婦喧嘩したら、逃げてもロケットに乗って追いかけて来そうな人だよね」
と時也はこちらをチラチラ同情気味に見て言う。
「まさか、船舶の免許も持ってるとか?」
と時也に言われ、
「あ、見ますか?」
と軽く言って財布をゴソゴソやりはじめる和香に、
「なんで持ち歩いてるんだ」
と耀は言う。
「だって、いつ、いるかわからないじゃないですか」
耀の頭の中では、和香に追われた専務や常務が船に乗って逃げ、それを和香がモーターボートで追っていた。
……可哀想に。
何処までも追われそうだ、と思った。
そのあとは、しょうもない話に終始した。
「今日いいことがあったんですよ~。
冷蔵庫のレトルトの肉団子の賞味期限が、一月一日だったんですよ~」
「え? なにがいいことなの?」
と言う時也に和香が、
「だって、めでたいじゃないですか」
と笑う。
……めでたいのはお前の頭だ、と思いながら、耀は聞いていた。