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「良規くん、今日は会えて嬉しかったよ」その言葉に、彼の顔がパッと明るくなる。
今まで何度も拒絶されたはずの彼女からの、初めての優しい声。
それは、彼にとって“救い”のようだった。
『……俺も……嬉しい。』
うつむきがちに返す声は、どこか少年のように震えていた。
美咲は、柔らかく微笑んだ。
まるで、ずっと前から彼に好意を持っていたかのように。
けれど……
その瞳の奥にあったのは、冷静な観察者の目だった。
––––「意外と単純なのね。全て私の予想通り」––––-
“餌”を一つ落とせば、彼は飛びついた。
思っていた通り、彼は感情で動くタイプ。
心の奥底に渇望(かつぼう)を抱え、それを満たしてくれる“存在”に盲目的になれる人間だ。
彼の“愛”は狂っていた。
でも……
それはきっと、美咲の中の何かと同じ温度を持っていた。
––「だったら……この手で、思い通りにしてやる」–-–
その日から、美咲は少しずつ、良規を“受け入れる素振り”を見せはじめた。
連絡には優しく返事をするようになった。
ときには自分から「今日は何してるの?」と送った。
時間をかけて、彼の心に“私が必要だ”という幻想を埋め込んでいった。
数日後、2人は初めて“カフェでの待ち合わせ”という、まともな形で会った。
『……緊張するな、こんなの。夢みたいだよ……。』
良規は、席につくなりしきりに手をいじっていた。
それを、美咲はあたたかく見つめながら言った。
「夢じゃないよ。……私は本気で、良規くんのこと……知りたいと思ってるの。」
『えっ……。』
目を見開く彼に、美咲は手を伸ばす。
そっと、彼の指先に触れた。
「ずっと、怖かった。誰にも相談できなくて、孤独だった。でもね、今こうして話してみたら……私のこと、ちゃんと見てくれてたのは、良規くんだけだったんだなって思ったの……。」
その言葉に、良規は何度も瞬きをして、唇を震わせた。
『……美咲さん……俺、こんな日が来るなんて思ってなくて……嬉しい……本当に……ありがとう……。』
美咲は、その言葉の裏にある“依存”を嗅ぎ取った。
––––––-「もっと、深くまで連れていける」––––––
良規は、美咲の言葉を信じた。
そして彼女に依存しはじめた。
気づけば、美咲の一言で感情が揺れるようになっていた。
「今日はちょっと疲れちゃって……話せないかも」
それだけで彼は不安になり、何度も『嫌われたか』と謝罪のLINEを送りつけてくる。
「良規くんが他の女と話すのはちょっと……怖いな……。」
それだけで彼は会社の飲み会を断り、同僚の連絡先を全削除する。
彼は“彼女の望む男”になろうと必死だった。
でも……
美咲はそんな彼に、少しずつ罠を仕掛けていた。
アパートの合鍵。
GPSつきのスマホ。
監視カメラの存在を“冗談交じり”に伝えておきながら、実際にはしっかり設置。
そして、彼の過去の“ストーカー行動”に関する証拠も、美咲自身が保管し始めていた。
–––––—-「何かあれば、いつでも潰せる」––––––-
“愛されている”という名のもとに、支配は着々と進んでいた。
そして、事件が起きたのは、それからわずか1ヶ月後のことだった。
美咲が帰宅すると、自室のドアに微かに傷がついていた。
インターフォンの履歴には、“良規”の姿。
合鍵を渡したのは自分だ。
だが、断りなく入ろうとしたその行為に、美咲は一瞬、心をざわつかせた。
–––––––––––––「……早いな。」–––––––––-–
狂気の種は、もう発芽していた。
けれど……
それは、美咲にとって“チャンス”だった。
彼が本性をあらわしはじめたということ。
つまり、彼を閉じ込める準備が整ったということ。
美咲は、鏡の前でゆっくりと髪を梳きながら、呟いた。
「やっと、私だけのものになれるね……良規くん」
その瞳は、もう完全に“愛”ではなかった。
執着と狂気に染まりきっていた。
そして翌日……
良規は、美咲の部屋で目を覚ますと、手足を縛られ、暗い部屋の中にいた。