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その日、夕食後のシェアハウス。
キッチンで真理亜が洗い物をしていると、後ろから静かに手が伸びた。
丈一郎:「手伝うわ。まだ、残ってるやろ?」
振り返ると、そこには藤原丈一郎がいた。
エプロンを腰に巻いて、いつもの穏やかな笑顔を浮かべていた。
真理亜:「ありがとう、丈一郎くん。ほんま助かる」
丈一郎:「そんなん、気にせんでええよ」
彼はそう言いながらも、どこか少しだけ、よそよそしいような空気をまとっていた。
いつもは一番近くて、一番安心できる“お兄ちゃん的存在”。
だけど、今日の丈一郎は少し――違って見えた。
真理亜は気づいていなかったが、
丈一郎の中には、ある“抑えてきた感情”が膨らみはじめていた。
丈一郎:(俺は、あいつらとは違う。真理亜に何かを求める資格なんて……)
丈一郎はいつも“見守る”側だった。
弟たちが前に出て、想いを伝える中で、彼はあえて一歩下がっていた。
丈一郎:(でも……それって、本当に“譲った”だけなんやろか)
カフェに行った駿佑、屋上で話していた大吾、
いつも笑って隣に座る和也、さりげなく優しさを示す流星――
丈一郎:(みんな、気づいてる。いや……もう、“動き始めてる”)
自分だけが、“気づかないふり”をしていただけなのかもしれない。
その夜、シェアハウスの共有ラウンジ。
丈一郎はギターを弾いていた。
誰もいない時間帯。小さく、ポロンと弦を鳴らしていた。
そこへふと現れたのは、真理亜だった。
真理亜:「……丈一郎くん、ギター弾くんや?」
丈一郎:「ちょっとな。気持ち落ち着けたい時とか、音に逃げるタイプやねん」
真理亜:「へぇ、かっこええな」
丈一郎:「かっこええとか、照れるやろ」
笑いながらも、どこかぎこちない空気が流れた。
そして、ふと真理亜がぽつりと聞いた。
真理亜:「……最近、なんかみんなの様子が違うって思わへん?」
丈一郎の手が止まった。
丈一郎:「うん。思うで」
静かな声だった。
丈一郎:「多分な、みんな……真理亜ちゃんのこと、好きになってきてるんやと思う」
真理亜:「……」
丈一郎:「俺も……気づいたんや。“妹みたい”って、ずっと思い込んでただけで、ほんまは最初から、ちゃんと“女の子”として見てたんやって」
真理亜は言葉を失った。
丈一郎:「でも、俺は一番年上やし。シェアハウスのバランスとか、みんなの気持ちとか、いろいろ考えてしもて……“自分の気持ちなんか、後回しでええ”って思ってた。けど……それ、もう限界かもしれへん」
初めて見る、丈一郎の“弱さ”だった。
真理亜は、胸がぎゅっと締め付けられるような気持ちになった。
真理亜:(丈一郎くんも、こんな風に私のことを……)
“気づかないふり”なんて、もうできなかった。
“妹”でも“管理人”でもない――
ひとりの女の子として、向けられるまなざしの重さに、真理亜は戸惑いながらも頷いた。
真理亜:「……ありがとう、丈一郎くん。私、ちゃんと考える。みんなの気持ちも、自分の気持ちも」
丈一郎はゆっくり笑って、再びギターを奏で始めた。
その音は、優しくて、でもどこか切なかった。