テラーノベル
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引き続き色々と注意です
『次の任務』
重厚なオーク材のドアが静かに閉まり、屋敷の応接室には心地よい静寂が戻っていた。
暖炉の火がパチパチと爆ぜる音だけが部屋を満たしている。俺はフカフカの革張りソファに深く腰掛け、テーブルの上に置かれたカップに手を伸ばした。中身は少しぬるくなったコーヒー。一口口に含むと、先ほどまで漂っていたあの鬱陶しい血の匂いが、いくらか鼻から消えていくような気がした。
足を組み、膝の上でタブレット端末を滑らせる。画面に映し出されているのは、次のターゲット――我が組織の取引先でありながら、裏で裏切りを画策している中堅マフィアのデータだ。
人間という生き物は、どうしてこうも愚かなんだろう。
自分が手に入れられる分量を弁えず、背伸びをして手を出そうとする。そして、身の程知らずな欲を出した奴から順番に、俺たちの手によって消されていく。
「……まろ、遅いな」
ぽつりと呟く。あの裏路地で別れてからすでに一時間は経った
まあ、あの男一人を殺すだけなら三分もかからなかったはずだ。残りの五十七分は、きっと俺に近づいた害虫をぐちゃぐちゃに引き裂き、その惨状を眺めて一人で悦に浸っていたか、あるいは俺に会うために少しでも身なりを整えようと血を拭っていたか。……どうせそんなところだろう。
まろの俺に対する異常な執着は、時に滑稽ですらある。
俺が「死ね」と言えば、あの男はきっと笑顔で自分の心臓にナイフを突き立てるだろう。それくらい狂っている。
けれど、俺にまろへの恋愛感情や愛着なんてものはこれっぽっちもない。
ただの道具。けれど――誰よりも鋭く、誰よりも俺に忠実で、代わりの効かない最高級の切り札。
カチャリ、と静寂を破ってドアノブが回る音がした。
「……ただいま」
「おかえり」
予想通り着替えはしてきたらしく、新品のような服に身を包んでいた。だけどその瞳は、路地裏で男を切り刻んでいた時の興奮をまだ引きずっているのか、怪しく濡れた光を帯びている。俺の姿を視界に収めた瞬間、まろの表情が一気にパッと華やぎ、尻尾を振りちぎらんばかりの勢いで歩み寄ってきた。
俺はソファから立ち上がり、手にしたコーヒーのカップをローテーブルに置く。
まろが俺の目の前で立ち止まり、愛おしくてたまらないといった顔で俺を見下ろしてくる。その体からは、ツンと鼻をつく鉄の匂いが、僅かに残っている
「お帰り、まろ。怪我はない?」
「あるわけないやん。あんなゴミみたいな奴、俺の足元にも及ばへんわ」
褒めてほしい子供みたいに目を輝かせるまろ。髪を手ぐしを通すように撫でる
「それは良かった」
「……っ、ん……あかん、ないこに触られるの……ほんま好き……」
まろはうっとりと目を細め、喉を鳴らす。
こんな風に少し優しくしてやるだけで、この狂犬は俺の足元に平伏す。俺を愛しているという最大の弱みを握っている以上、俺がこの手綱を放すことは絶対にない。
だけど――そろそろ、本題に入るとしようか。
俺は手を引っ込め、少しだけ困ったような、いかにも「お前しか頼れない」といった風の儚げな表情を作ってみせた。
「……ねえ、まろ。実はさ、ちょっと面倒な依頼が入っちゃって」
「面倒? なに、また害虫?」
「ううん。隣県の港町を仕切ってる組織との闇取引の調整と、裏切り者の処分。……規模が大きいから、どうしても現地に数週間、下手したら1ヶ月近く張り付いてもらう必要があるんだよね」
「……は?」
さっきまでの蕩けたような顔が、一瞬で凍りついた。
まろの瞳から光が消え、底知れない狂気と焦燥が浮き彫りになる。
『離れる』
その事実だけで、まろの脳内がパニックを起こしかけているのが目に見えるようだった。
「な、なぁ……それって、俺が一人で行くってこと? ないこは……? ないこは一緒に行かへんの……!?」
「俺は屋敷で本部の指揮を執らなきゃいけないからさ。……ごめんね、まろ。この件、俺が一番信頼してる相棒の『まろ』にしか任せられないんだよ」
俺はわざとらしく語気を強め、まろの手を両手で包み込んだ。
「信頼している」「お前だけだ」という言葉の毒。まろがこの言葉に弱いことを、俺は知り尽くしている。
まろは葛藤するように呼吸を荒げ、俺の手をギュッと握り返してきた。
……だけど、今日のまろはいつもと違った。ただ引き下がるわけではないらしい。まろの瞳に、ギラついた野心の光が宿る。
「……ないこと1ヶ月も離れるなんて耐えられへん、死んでまうわ」
まろは俺の手を自分の口元へ引き寄せ、指先に執拗にキスを落とした。
そして、そのまま俺の目をじっと見つめ返し、低く、ねっとりとした声で囁く。
「……だからさ。それなら、それ相応の『ご褒美』……頂戴?」
「ご褒美……?」
「おん。俺がそのクソ面倒な任務、完璧に片付けて帰ってきたらさ……」
まろは俺の腰に腕を回し、強引に引き寄せて距離をゼロにした。
吐息がかかるほどの距離で、まろの唇が歪に吊り上がる。
「……いつもの事務的なキスやなくて、ないこのこと、抱かせてよ。……それくらいしてくれへんかったら、俺、寂しくて途中で帰ってきてまうかもしれへんわ」
――ふーん?
俺の胸の中で、冷ややかな感触が広がった。
利用されていると知りながら、土壇場で俺に条件を突きつけて集たろうとするその図々しさ。相棒として、そして狂犬としての『牙』をほんの少しだけ見せてきたわけだ。
もちろん、本当に抱かせる気なんてサラサラない。
だけど、ここで突き放して任務を拒否されるのも面倒だ。要は、この狂犬が1ヶ月間死ぬ気で働くくらいの『お預け』と『期待』を与えてやればいいだけの話。
俺は焦る様子も拒む様子も見せず、ただクスッと楽しそうに笑ってみせた。
まろの言葉の意味をわざとすり替えるように、俺は少し首を傾げて首をかしげて見せた。
「……ぎゅーってこと?」
わざとらしく目を丸くして、無知を装った問いを投げかける。
まろが望んでいるのがそんな生ぬるいスキンシップじゃないことなんて、痛いほど分かっている。俺を男として抱きたいという、生々しい欲望と所有欲。それを理解した上で、あえて子供をあやすような言葉で受け流してやった。
「な、なぁ……! ないこ、絶対分かってて言ってるやろ……っ! ぎゅーとか、そんな可愛いもんちゃうって……!」
案の定、まろは焦れたように声を荒らげ、俺を抱きしめる腕の力を一段と強くした。
胸が押し潰されそうなくらいの圧迫感。俺の体温を、鼓動を、一滴残らず自分のものにしようとする身勝手で激しい執着。
俺は抵抗ひとつせず、むしろその力を受け止めるように、まろの背中にそっと腕を回してやった。
そのまま耳元へと顔を寄せ、吐息を吹きかけるように囁く。
「分かってるよ。まろが俺をどうしたいのかくらい」
「っ……! ほんまに……分かってんの……?」
「うん。でも」
俺はまろの背中を撫でていた手に少しだけ力を込め、そのまま首筋へと指先を滑らせた。爪の先で、脈打つ頸動脈を軽く撫で下ろす。
いつでもその気になれば、この命を断ち切れる位置。冷ややかな威圧感を言葉の裏に忍ばせながら、とびきり甘い声を落とし込む。
「俺のこと『男』として抱きたいとか、そんな簡単じゃないから……期待以上の成果、持って帰ってきてくれないと」
「……っ!」
「今回の裏切り者、ただ殺すだけじゃダメだよ。向こうの組織が持ってる資金ルートも情報も、全部根こそぎ奪って、完璧に潰してきて。……そしたら、考えてあげなくもないかな」
「〜〜っ……! ほんま……!? ほんまに、抱かせてくれるん……!?」
まろの瞳に、歓喜と狂気、そして生殺しにされた男の欲望が一気に弾けた。
絶対的な約束なんてしていない。『考えてあげなくもない』という、幾重にも逃げ道を作った思わせぶりな生殺しの餌。だけど、俺に飢え切っているこの犬にとっては、それだけで命を投げ出すのに充分すぎる理由になる。
俺はまろの顎に手をかけ、少しだけ上を向かせると、その歪んだ唇に自分の唇を重ねた。
「ん……っ」
いつもよりほんの少しだけ長く、情熱的に見せかけた唇の接触。
まろが狂喜して舌を差し入れようとしてきた瞬間、俺はあえて焦らすようにすっと体を引いて、唇を離した。
「……はい、これ前払い」
「 もっと……っ」
「ダメ。残りは、完璧に仕事を終えて帰ってきたらね?」
俺は人差し指をまろの唇にポンと当てて、柔らかく笑ってみせる。
まろは荒い息を吐きながら、もはや俺の提示した条件に疑いを持つ余裕すらなく、完全に毒に冒された瞳で俺を見つめていた。
これで1ヶ月は、死ぬ気で働いてくれるだろう
抱かせる気なんて、最初から一ミリだってない。
帰ってきたらまた適当な理由をつけて焦らし、甘い言葉で誤魔化せばいいだけの話だ。俺の手の上で狂ったように踊り続ける相棒を見下ろしながら、俺は心の底で冷ややかに嘲笑っていた。
コメント
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いやー、今回もめっちゃゾクゾクしたわ…!ないこの計算高さとまろの狂気じみた執着、そのバランスがたまらん。特に「前払い」のキスのあと、あっさり引き際を作るところ、完全に手のひらで踊らせてる感じが最高だった。抱かせる気ないのに餌だけチラつかせるの、えぐいけど読んでて止まらん。続き気になるわ〜!