テラーノベル
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館に帰ったら、矢車ちゃんは館の空気入れ替えを終えたところだった。外出で疲れてたけど、電動車椅子をしまって充電をセットしたあと、私は矢車ちゃんに声をかけた。
「矢車ちゃん、ちょっと時間とって話したいんだけど、いい?」
「え、何でしょう?」
きょとんとする矢車ちゃん。私は薄荷ちゃんを見た。
「薄荷ちゃん、悪いけど午前の矢車ちゃんの仕事巻き取ってね」
「は、はい……その、矢車ちゃん、ごめん……本当ごめん……」
薄荷ちゃんがだいぶ申し訳なさそうにしているので、矢車ちゃんは不思議そうだ。
「え、どうしたの薄荷ちゃん」
「矢車ちゃんがぶいちゅーばーっていうのしてるの、うっかり言っちゃって……」
「えええええ!?」
私はため息をついた。
「別にやめさせるつもりはないけど、VTuberの雑談配信って話があちこち飛ぶし、結構自分のことも話すじゃない。矢車ちゃんがこの館で働いてることと、私がお金あるってことを知られたら困るの。うちで働き出してからの配信、見せて」
矢車ちゃんはビビって飛び上がった。
「ライブ配信はしてないです! 動画ばっかりです! ここで働き出してからはまだ動画上げてません!!」
「え、そうなんだ。んー、でもやっぱりちょっと見せてもらっていい?」
「はい……」
怯える矢車ちゃんを手招きして、私は応接間に向かった。矢車ちゃんと向かい合わせでソファに座る。
「チャンネル名、教えて?」
「金銀妖狐です……あやかしの狐って書きます……」
「はいはい」
矢車ちゃんがビビり倒してるので、かわいそうな気もするけど、うちの安全のためだからな。
ヤカは私の隣に座って、私と矢車ちゃんをおろおろ見ている。
{真希氏、確かに強盗に入られるようなことはよくないが、矢車氏はよく働いてくれている}
「怒るとかじゃないの、これからうまくやっていく上での確認」
ヤカにも心配かけちゃってるなあ。
とりあえずスマホでYouTube開いて、チャンネルを検索。登録者数17人、動画16個、ライブ配信アーカイブはなし、ショートもなし、コミュニティ投稿は、動画上げる日の予告がいくつか。うーん、本当に駆け出し個人VTuber。動画のサムネイルはそれなりに頑張って編集して作ってるみたいだけど、垢抜けないというか、技量が追いついてないな。
最新の動画を再生した。長い銀髪、銀色の狐耳、金と青のオッドアイの女性が笑って話しだした。
「金銀妖瞳、金銀妖狐です! 動画見に来くれてありがとう! 今日は最近のバズを試してみたことと、最近あったことをおしゃべりするよー!」
矢車ちゃんと比較すると、ちょっとだけよそ行きのかわいい声。ていうか、オッドアイ以外、見た目だいぶ九さんに似てないか?
動画を見つつ、私は言った。
「雑談で動画なんだ、珍しいね」
雑談ってその場のノリやコメント拾っての反応が面白いから、普通配信でやるもんだけど。
矢車ちゃんは小さくなった。
「はい……配信だとうっかり口滑らせたときまずいから、編集できる動画じゃないとダメってインターネット教えてくれた人に言われて……」
「うわー、ちゃんとしてるう……なんでVTuber始めたの?」
矢車ちゃんはまっすぐに言った。
「バズりたいからです!」
「バズりたいんだ……」
矢車ちゃんは途端にうつむいた。
「でも、インターネット教えてくれた人に顔出しはいけないって言われて、やるならVTuberで動画でって言われて、今こんな感じでやってます」
「ちゃんとしてるう……」
雑談内容は、特に毒にも薬にもならない。30分ずっと話し続けられてるから、VTuberとして及第点ではあるけど、面白いかと言うとまた別だし。まあ駆け出しならこんなもんか、柴胡ロジーの駆け出しはこんなもんじゃなかったけど。
動画を倍速で見終えてから、私は言った。
「雑談、配信じゃなくて動画でやるのは身バレや炎上リスクを減らせていいと思うし、全部字幕打ってあるのも見やすくていいと思うけど、喋ってる最中の「えーと」とか「あのー」とか、フィラーっていうんだけどね、これは編集でガンガン削ってテンポよくするといいと思う」
矢車ちゃんはきょとんとした。怒られると思ってたからだろう。
「え、VTuberお詳しいんですか?」
「別に詳しいってほどじゃないけど、8年以上追ってるVTuberがいてね、多少は知ってる」
金銀妖狐、悪くはないけど、特に伸びる要素はないよね。
……いや、これはあれか? もしかして、ありか?
「あのさ、私、くだらないことで親の遺産3億使い切りたいのよ」
「ああ、そういうことおっしゃってましたね」
「だから新衣装差分と3Dモデル、お金全部出したげる」
「!?」
目をまんまるにする矢車ちゃんに、私はさらに言った。
「3Dスタジオも借りてあげれるけど、何をどうすれば借りれるかわかんないから、それは自分で調べてね。見積もり出してくれたら全部出すから」
矢車ちゃんはまたビビった顔をしたが、やがて何かに気づいたらしく言った。
「ちょっと待ってください、私の活動くだらないですか!?」
「んー、動画メインは別に悪くないけどさ、雑談動画しかなくて、10再生行けばいい方の動画しかない個人Vにそこまで突っ込むのは、十分くだらない使い方だと思う」
矢車ちゃんはうなだれた。
「……動画の企画とか、面白くなるように頑張ります……」
私は苦笑した。
「下手に奇抜なことやっても続かないからね、持続可能なので行こうね」
VTuberは、続けるだけで偉大だからさ。
矢車ちゃんは頷いた。
「そうですね、バズらなくても続けたいです、金銀妖狐は」
「そうなの?」
「そりゃ数えるほどですけど、固定で見に来てくれる人はいて、バズらなくても、その人たちのために続けたいなあって……」
あら、あらあら。
「たった今くだらなくなくなったわ、金銀妖狐のこと」
「ええ!?」
「まあ、お金は出したげる。まず何が欲しい?」
矢車ちゃんに笑ってみせてあげると、矢車ちゃんは「ええと、ええと……」と視線を彷徨わせて、それから言った。
「えっと、新衣装とか3Dよりはまず、いいパソコンとちゃんとした編集ソフトが欲しくて……それから、防音室が欲しいです」
「なるほど。今、九さんちで収録してるの?」
「家は、妹弟子たちと皆で暮らしてるところなので、あんまりスペースがなくて、ノートパソコン納屋に持ってって、そこで収録してます」
「だいぶ劣悪な環境……」
私は考えて、隣のヤカに聞いた。
「ねえヤカ、西棟の勝手口に一番近い部屋、矢車ちゃんの収録用に貸してあげてもいい?」
{構わない}
矢車ちゃんはまたびっくりした。
「え!?」
「で、その部屋に防音室置いたら、私たちもうるさくないし、どう?」
「そんなにしてくださるんですか!?」
「うん、まずいことは言ってなさそうだし。でも、次に出す雑談動画はアップする前に一度私に見せてね」
矢車ちゃんは涙ぐんだ。
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
「じゃ、お仕事に戻ってね」
「はい!」
矢車ちゃんは薄荷ちゃんがいる厨房に向かった。あー、疲れた! 人雇うって、こういうこともあるのか!
「お昼までちょっと横になるわ、お昼できたら呼んで」
「「はい!」」
自室に戻って、するとヤカもついてきた。
{よかった、あなたは矢車氏を叱責するのかと思った}
「そりゃ扱いの難しい事案ではあるけど、私基本的にVTuber好きだし、VTuberの裾野は広ければ広いほどありがたいし」
裾野が広いほど、頂上は高くなるし。
{だから、矢車氏のVTuber活動を支援するのか?}
「一言で言えばそう。でも矢車ちゃんの活動姿勢は全然くだらなくないから、親の3億からじゃなくて掛川さんの遺産から予算出すわ」
{どうでもいいバカバカしいくだらないこと、か。すべてを満たすものは、なかなかないな}
「ま、急がないけどね」
上着を脱いで、私はベッドにひっくり返った。アサリとキャベツの酒蒸しが食べれるまで、しばらくごろごろしてよっと。
ふぃる汰
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コメント
1件
うわー、なんかすごくいい回だった……! 真希が矢車ちゃんを叱るんじゃなくて、ちゃんと支援する方向に持っていくの、好きだなあ。VTuber始めた理由が「バズりたいから」って正直で、でも固定で見てくれる人のために続けたいって言った瞬間に真希の態度が変わるのがすごくグッときた。「たった今くだらなくなったわ」って台詞、めっちゃかっこよかった……🥀🌙