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ゴーストハンター雨宮浸

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ゴーストハンター雨宮浸

72 - 第七十二話「ゴーストハンター早坂和葉」

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2024年02月29日

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夏祭りは盆踊りを終え、そろそろ終わりを迎えようとしていた。

打ち上げ花火が上がるまであと一時間もない。

何か事件が起きるかも知れないと警戒していた和葉だったが、思いの外何事もなく終わりそうだった。

「……良かった」

平和が維持されるならそれで良い。

楽しい時間は、楽しいまま終わるべきなのだ。

大切な人と過ごす誰かの時間は、邪魔されるべきではない。

だがそんな和葉の願いを打ち砕くような悪寒が、和葉の全身を駆け巡る。そしてそれと同時に、甲高い悲鳴が聞こえてきた。

「そんな……!」

すぐに悲鳴の方へ向かって行くと、場所は盆踊りの行われていた祭りの中心部だった。

設置されたステージの下で、腰を抜かして怯えている少女が一人と困惑する少女がもう一人。目の前にいるのは、一体の悪霊だ。

腰を抜かしている少女には見えているのだろうか。和葉はすぐに悪霊と少女の間に割り込むと、持っているトランクケースで強引に悪霊を殴りつける。

そして悪霊が怯んでいる隙に、トランクケースから青竜刀を取り出した。

「逃げてください!」

和葉に言われ、慌てて逃げていく少女達に背を向け、和葉は悪霊と対峙する。すると、近くで再び悲鳴が上がった。

見れば、数メートル程離れた場所で、別の悪霊に若い男女が襲われていた。

まだ周囲の人々は逃げ切れていない。ほとんどの人間が困惑している。目の前の悪霊を放置出来ない。

このままでは助けられない。

そう思って焦燥感に駆られる和葉だったが、若い男女を襲おうとした悪霊に対して突如、回転する小さな刃物が飛来する。

「あれは……!?」

黒光りするその刃物は……手裏剣だ。

飛来した手裏剣は悪霊に突き刺さり、ダメージを与える。

このタイミングを好機ととらえた和葉は、すぐに正面の悪霊に斬りかかり、瞬く間に祓った。

そしてすぐに振り返ると、そこにはニット帽をかぶった青年が立っており、刀で悪霊を完全に祓っていた。

「まさか……!」

和葉の声に、青年は振り向くとすぐに人懐っこい笑顔を向けてくる。

「早坂大先輩! お久しぶりッス!」

「度会さん!」

彼の名は度会准。かつて番匠屋瑠偉の弟子だった男で、現在は番匠屋家で修行中の身だ。

「どうしてここに!? というか助かりました! ありがとうございます!」

「礼には及ばないッスよ。俺、最近番匠屋家から仮免許もらってて少しずつ仕事受けたり外で活動してるんス。で、今日は師匠に言われて夏祭りのパトロールってわけッスよ」

どうやらこの場所にいた理由は和葉と同じらしい。

二年ぶりに会う准は、少しだけ背が伸びたように見える。佇まいも昔より遥かに落ち着いており、手裏剣さばきから考えるに相当鍛えたのだろう。

「それはそうと、一瞬雨宮さんと見間違えたッスよ! どうしたんスかその格好!」

「えっと……これは、ちょっと……」

「まあでも似合ってるッスよ。大先輩はかわいい系だと思い込んでたッスけど、かっこいい系も似合うんスね! かわいい系の顔立ちとのギャップがすげえ良いッス!」

流れるように女性を褒め称えるのは番匠屋流なのだろうか。

照れ笑いする和葉だったが、すぐに真剣な顔つきになる。

「度会さん。この会場、悪霊が集まり始めています」

「えっ……!? あ、確かにそうッスね。流石ッス大先輩、すぐわかったんスね」

この感覚には厭な覚えがある。

空気が淀み、悪霊が引き寄せられているこの感じは……

(二年前と、同じ……?)

それに気づくと同時に、一気に全体の空気が淀んだように感じた。

すぐに思い出したのはあの降霊の儀式だ。鈴が狂ったようになり、全ての明かりが消えたあの瞬間。

そしてさらなる異変はすぐに起こった。

「――――っ!」

会場全体の全ての明かりが一瞬で消える。会場全体が戸惑いの声や悲鳴で包まれた。

「嘘……っ!」

そして次の瞬間、引き千切られた腕が足元に転がってきた。


「盆の夜には死者が帰る。……のぅ?」


全身が怖気立つ。

聞き覚えのある声に、和葉は言葉を失った。

歩いて来るのは長い髪の女の霊だ。

真っ赤な目で和葉達を見据えながら、女は片手に手足のない死体を抱えて悠然と歩み寄ってくる。

闇の中で、裂けたような口が三日月型に微笑んだ。

「お、お前は……雨宮さんが封印したって聞いたッス! 何故……!」

「ふふ、今回はちとまずかったぞ……。その証拠にほれ、妾の霊力もまだほとんど回復しておらぬ」

確かに今の彼女は――――カシマレイコは二年前より霊力が弱まっている。

だがそれでも、他の悪霊や怨霊と比べると遥かに強力なのだ。その圧倒的な威圧感に、准は思わず気圧されていた。

「封印を破るのに随分と時間と霊力がかかってしまったが……何、全てこれから始めれば良い」

カシマレイコはニヤリと笑い、抱えている死体から霊魂を抜き取る。

「やめて!」

すぐに和葉はカシマレイコへ斬りかかろうとしたが、その背後から悪霊が迫り、和葉を羽交い締めにする。強引に振り払う和葉だったが、いつの間にか周囲を悪霊に囲まれていることに気づいて驚愕した。

「よくぞ集まってくれたのぅ……。では始めるとしよう。陰須磨夏祭りの第二幕だ」

迫りくる何体もの悪霊を振り払っている間に、カシマレイコは抜き取った霊魂をカシマレイコ化した悪霊へと変質させる。

あの死体は恐らく夏祭りに来ていた一般客だ。

それを平然と殺して、霊魂を弄んだカシマレイコに、和葉は強く憤る。

「……どうして……どうして!」

陰須磨町の平和は守られたハズだった。

雨宮浸はそのために命を散らした。

それなのに。

「絶対に許せない!」

悪霊達を青竜刀で振り払い、一気に祓う。そして和葉は怒りのままにカシマレイコへと向かっていく。

「待つッス大先輩! 一人で向かっちゃダメッス!」

しかし止めようにも、准は准で悪霊への対応に追われている。一体一体は大したことのない悪霊だが、足止めには十分な数だった。

おまけに、先程カシマレイコが変質させた悪霊が、准の元へ迫ってきていた。

「くっ……大先輩!」

和葉は距離を詰めるとすぐに跳躍し、青竜刀で斬りかかる。それをカシマレイコは、変化した右手の鎌で受け止めた。

「前よりも霊力が増しているな。丁度良い、妾に喰わせろ」

「ふざけないで!」

和葉は青竜刀を素早く繰り出してカシマレイコに斬りかかっていく。だがカシマレイコは、その全てを右手だけで受け止めた。

「いやはや……やはり雨宮浸は特別だったのぅ。あの女がおらぬのなら、この町は明日にでも蹂躙出来よう」

「させない……!」

だがカシマレイコは、簡単に和葉の青竜刀を右手で弾く。そのまま距離を取った和葉に、カシマレイコは冷ややかな視線を送った。

「阿呆が。お前のような青二才に止められるものか」

「止めて見せる……! この町は、私が、私達が守るんだ!」

雨宮浸は、和葉にとってヒーローだった。

浸がいれば、きっとどんな困難だって一緒に乗り越えられる。そんな存在だった。

だが彼女はもういない。だからこそ、今度は和葉自身がヒーローにならなければならなかった。

浸の代わりに戦う。浸の分まで戦う。今の姿は、その決意の表れだった。

「何度やっても同じことよ。妾は誰にも止められぬ。何度でも蘇る」

「そんなことない! 絶対に止める! あなたを祓う!」

「いいや出来ぬよ。妾がここにおるのがその証拠よ。妾は蘇る……人が恐れる限り」

再び、和葉はカシマレイコに斬りかかる。カシマレイコはそれを右手の鎌で弾くと、今度は左手の鎌で和葉の身体を袈裟懸けに斬りつけた。

「かっ……!」

「大先輩!」

すぐに助けにいこうとする准だったが、それは悪霊達に阻まれる。

傷ついた和葉は、なんとか堪らえようとしたがその場に膝をつくことになってしまう。

「さっさと死んでその霊魂を妾に寄越せ。再びこの町に恐怖を与えてくれるわ」

「……私を倒したって……あなたの望み通りにはならない! つゆちゃんが……月乃さんが、度会さんが! 他の誰かが必ずあなたを止める!」

「出来ぬよ。お前達は弱い」

「そうかも……知れない……っ」

傷ついた身体にどうにか力を入れて、和葉は立ち上がる。

ふらつきそうになるのをグッと堪えて、和葉はまっすぐに立ち上がった。

「だけど……私達は強くなれる! 弱いままなんかじゃ……ない!」

「ほう……」

「人は……変われる! 強く……なれる! 私は……私は見てきたから!」

和葉は見てきた。

自分も含めて、色んな人が変わっていく姿を。

誰だって最初は弱いのかも知れない。でもだからこそ、強くなれる。

浸がそうだったように。

和葉が、浸と出会えたことで変われたように。

「だから……あなたには、負けない!」

「……そうか」

つまらなさそうに呟いて、カシマレイコは和葉に手をかざす。その手に霊力が集中するのを見て、すぐに霊撃波だと気づいた。

「っ……!」

すぐに回避しようとしたが、和葉は真島家での戦いを思い出す。

あれを回避したら、後ろで戦っている准に被害が及ぶ。それにもし、逃げ遅れている人がどこかに残っていたりしたら最悪だ。

霊撃波をどうにかする術は今の和葉にはない。

「せめてもう少し、強くなっておくんだったな」

どこか名残惜しそうに吐き捨てて、カシマレイコが霊撃波を放った――――その瞬間だった。


「ふふ、まだ成長中ですよ。ここで摘んでしまわないでください」


突如表れた人影が、巨大な太刀を薙いで霊撃波を切り裂く。

強い霊力で相殺された霊撃波は、瞬く間にその場からかき消えた。

「え…………?」

ダークブラウンのシニヨンが揺れる。

半透明の霊体だったが、追いかけ続けた背中が今、目の前にあった。

「強くなりましたね……早坂和葉」

「……来たか!」


チラリと和葉を振り返ったのは他の誰でもない……雨宮浸だった。


「やはりお前も解き放たれていたか! 妾を待たせおってこの阿呆が!」

歓喜の声を上げるカシマレイコに、浸は薄く笑みを浮かべる。

「それは失礼しました。でも私は言ったハズですよ、一人にはしないと」

「浸……さん……?」

「早坂和葉……戦えますか?」

浸のその言葉で、和葉は自分の身体に力が漲るような気がした。

胸元の傷は痛むが、それでも立っていられるような気持ちになる。

「祓いますよ。二人で」

「……はい!」

浸と共に並び立ち、和葉はカシマレイコと対峙する。そんな二人に、更に増えた他の悪霊達が襲いかかる。

「おっと……先にこちらを祓わなければなりませんね。いきますよ」

「はい! 一緒に戦いましょう!」

二人で背中合わせになって、迫りくる悪霊達を斬り伏せていく。

背中に浸の存在を感じる度に、たまらなくなって胸がいっぱいになる。

(浸さん……浸さん浸さん浸さん!)

今、和葉は浸に背中を預けられている。

(私……浸さんと肩を並べてる! 一緒に、戦ってる!)

もう傷の痛みなんて忘れてしまいそうだった。

このままどんなことでも出来てしまいそうなくらい昂ぶっている。

「雨宮さん……ズルいッスよこんなタイミング! 泣いちゃったら前、見えにくいじゃないッスか!」

少し涙ぐみながら、准は霊刀邪蜘蛛で悪霊達を斬り伏せる。浸が戦いに加わったことで、一気に形勢が変わった。

悪霊達を一気に薙ぎ払い、浸と和葉はカシマレイコへと向かっていく。

それを迎え撃たんと身構え、カシマレイコは心底愉しそうに笑った。

「お前が出てくると退屈せんな! 来い! 雨宮浸!」

浸の極刀鬼彩覇と、和葉の青竜刀が代わる代わるカシマレイコに斬りかかる。カシマレイコは両手の鎌でそれを受け続けていたが、二対一で対処出来る程二人は弱くない。

「「うおおおおおおおお!」」

二人の声が重なり、鬼彩覇と青竜刀が同時にカシマレイコを十字に斬りつける。深いダメージを負ってのけぞりながらも、カシマレイコは笑みを崩さなかった。

「浸さん!」

和葉の言葉に頷き、浸は鬼彩覇に霊力を込める。刀身が赤く光を放ち、浸と鬼彩覇の霊力が周囲を満たす。

淀んだ空気を振り払い、赤き光が闇夜を照らした。

そうして繰り出された渾身の突きは、カシマレイコの霊魂を確実に貫く。それと同時に、カシマレイコの身体は徐々に消え始めた。

「妾は消えぬ……いずれ必ず蘇る……何度でも」

「……その時は、私達で祓います」

真っ直ぐにそう答えた和葉に、カシマレイコは微笑する。そしてそのまま蒸発するようにしてその場からかき消えた。

「「……アディオス。良い旅を」」

和葉と二人。まるで息を合わせたかのように同時にそう呟いて、浸は鬼彩覇を背中の鞘に収める。

気がつけば周囲の悪霊は消えており、代わりに興奮した准がこちらに駆け寄ってきていた。

「雨宮さん!」

「度会准! あなたも見ない内に強くなりましたね」

「……ありがとう、ございます……!」

きっちりと頭を下げる准に微笑んでから、浸は和葉の方を向き直る。

その身体は徐々に、消え始めていた。

「浸さん……」

「ふふ……今の私は幽霊ですからね。未練が消えた以上、後は成仏するのみです」

「そんな……私まだたくさん話したいことがあって……その……」

どれから伝えれば良いのかわからない。

あれから二年、色々なことがあった。全部全部伝えたいのに、今度も時間が足りない。

だけどあの時伝えられなかったことだけは、ちゃんと伝えないといけない。

「……ありがとうございます……私っ……浸さんに会えて……本当に良かった……!」

「私もですよ早坂和葉。あなたに会えて本当に良かった」

そう言って、浸は和葉の肩をそっと抱き寄せる。

その瞬間、浸の感情が和葉の中に流れ込んできた。

「あっ…………」

キラキラと輝くような情景が見えた。

浸と和葉が共有出来た時間は短い。それなのに、浸から流れ込んでくるのは和葉と出会った後のことばかりだった。

いくつもの思い出が流れ込んできて、どうしようもなくわからされる。

雨宮浸にとって、早坂和葉がどれ程の存在だったのかを。

「ズルい……ズルいですよぅ……っ」

泣きじゃくる和葉の背中を、そっと透けた手がなでる。

「浸さんのことはこんなにわかるのにっ……私のことはっ……全然伝えられないっ……私ばっかり、言葉が足りない……っ!」

そっと正面に向き直って、浸は微笑む。

どこか気丈に振る舞っていた今までの笑顔とは少し違う。安心したような、そんな笑顔だった。

「ちゃんと伝わりましたよ。早坂和葉の気持ちも、もう十分強くなったということも……」

「浸さんっ……浸さんっ……!」

「もうきっと大丈夫です。早坂和葉も、度会准も」

和葉と准を順番に見て、浸はもう一度穏やかに笑った。

そっと。そっと消えていく。

後もう少しだけ。そう思っても、浸の身体は消えていく。気がつけばもうどこにも、雨宮浸の姿はなかった。

「さようならっ……浸さん……!」

彼女の残滓を抱きしめるように、和葉は膝から崩れ落ちながら自分の両肩を抱きしめた。

やっと、やっとお別れが言えた。

前に進むのは、これからだ。



***



一人の少女が、夜道で泣きじゃくっていた。

目の前に迫る歪な悪霊に襲われ、彼女は命の危機に瀕している。

どうしてこんな目に遭うのかわからなかった。

生まれながらにして霊が見えた彼女は、いつだって怖い思いをしていた。

そしてとうとう今日、直接悪霊に襲われるはめになったのだ。

まだ死にたくない。だけど、このまま生きていたって悪霊に怯えながら縮こまって生きることしか出来ないだろう。

いっそ死んでしまえば……。そう思った瞬間、悪霊が後ろから斬り裂かれた。

「大丈夫?」

そこにいたのは、ライトブラウンのウェーブロングヘアの女性だった。

「ありがとうございます……」

「いえいえ。あなたは、霊が見えるの?」

女がそう問いかけると、少女は小さくうなずく。

「でも、こんなの見たくないです……。私、怖いんです……」

少女がそう言うと、女はどこか懐かしそうに目を細める。

「きっと、その力は正しいことに使えるよ。もしかしたら私が、教えてあげられるかも知れない」

そんなハズはない。そう思った少女だったが、女の顔を見ていると少し安心してしまう。

もしかしたら本当に、自分を導いてくれるのかも知れないと少しだけ思えた。

「あの、あなたは……?」

その問いに、女は少女に手を差し伸べながら笑顔でこう答える。

「私はゴーストハンター早坂和葉! 良かったら事務所に来ない? 話、聞いてあげられると思うから!」

雲が千切れて、女の背に月明かりが差す。

まるで暗い世界から明るいところへ連れて行ってくれるような気がして、少女は女の手を取った。

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