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#フライギ
にもあえ
229
葉菜
26
この建設が、後に国造りと呼ばれる長い道のりの最初の一歩になることを。
もっとも。
その頃の俺達にそんな自覚はなかった。
考えていることはもっと単純だ。
雨風を凌げる家が欲しい。
食料を保管する倉庫が欲しい。
人間軍が来ても耐えられる壁が欲しい。
それだけだった。
だからこそ建設は驚くほど早かった。
半魔達の腕力は人間の常識を軽々と踏み越えているし、魔獣達も運搬役として十分すぎるほど頼りになる。数日前まで避難民だったとは思えない速度で資材が集まり、設計図の上にしか存在しなかった区画が少しずつ形を持ち始めていた。
だが。
順調だからこそ見えてくる問題もある。
「足りませんね」
しゆらが図面を見ながら呟く。
その声に頷く。
俺も同じことを考えていた。
「石材か?」
近くにいた榊が尋ねる。
「いや」
首を横へ振る。
「壁の厚さだ」
そう言いながら設計図へ指を置く。
現在の計画では石壁の厚みは人間の城壁として考えれば十分だ。
むしろ厚い。
だが。
「人間相手なら問題ない」
俺は続ける。
「問題は対魔兵器だ」
その言葉に周囲の空気が少し変わる。
榊も表情を引き締める。
夜哭きの森。
北方森林群。
どちらも普通の軍ではなかった。
迷い霧を突破した。
結界を突破した。
魔獣避けすら突破した。
なら。
壁も壊される可能性を考えなければならない。
「つまりもっと厚くするのかの?」
いつの間にか近付いていた千代が聞く。
俺は少し考える。
厚くするだけなら簡単だ。
だが。
「それじゃ足りない」
石は重い。
壁を厚くし過ぎれば今度は自重で崩れる。
防御力だけを求めても意味がない。
そこで頭に浮かんだのが、昨日考えていた構造だった。
「石だけじゃない」
地面へ棒で図を描く。
半魔達が自然と集まってくる。
「石と砂を混ぜる」
「うむ」
「そこへ魔力を流し込む」
「うむ?」
理解していない顔が増えた。
気にしない。
「固まった後で魔力を抜く」
沈黙。
全員が黙る。
しゆらだけが何となく理解した顔をしていた。
「空洞を作るんですね」
「そうだ」
思わず頷く。
やはり察しが良い。
「内部へ無数の空洞を作ることで衝撃を逃がせる」
「しかも軽くなる」
「その通りだ」
今度はしゆらが少し嬉しそうだった。
先に答えられたことが嬉しいらしい。
そんな様子を見ていると自然と笑ってしまう。
「予紬さん」
「なんだ」
「今笑いましたね」
「笑ったな」
「誤魔化さないでください」
少し不満そうだった。
だが口元は緩んでいる。
結局嬉しいのだろう。
その様子を見ていた千代が呆れたようにため息を吐く。
「建設の話をしておったはずなのじゃがの」
「してるだろ」
「途中から違う空気になっておる」
「気のせいだ」
「そうかの」
全く信じていない顔だった。
だがそれ以上は言わない。
代わりに地面の図へ視線を戻す。
すると今度は大和が静かに近付いてきた。
「作れるのか」
短い問いだった。
だが真剣だ。
「作れる」
即答する。
「時間は掛かる」
「人手も必要だ」
「だが普通の石壁より遥かに硬くなる」
大和はしばらく考えていた。
そして。
「やろう」
迷いはなかった。
その一言で方針が決まる。
半魔達が動き始める。
採石場へ向かう者。
砂を集める者。
水路を整備する者。
気付けば全員が走り出していた。
まるで巨大な歯車が噛み合ったみたいだった。
そしてその光景を眺めながら、不意に気付く。
もう誰も避難民の顔をしていない。
夜哭きの森を追われた者達でも。
北方森林群を失った者達でもない。
ここにいる全員が、自分達の居場所を作ろうとしている。
奪われないために。
守るために。
その意思だけが、少しずつ形になり始めていた。
そして遠くでは、完成したばかりの見張り台へ登った子供達が歓声を上げている。
まだ石壁すら完成していない。
街と呼ぶには程遠い。
それでも。
その歓声を聞いた瞬間だけは、誰もが同じことを思った。
ここはきっと、ただの避難場所では終わらないのだと。
そんな予感は、それから数日も経たないうちに確信へ変わり始めた。
建設の速度が異常だったのである。
もちろん人間の基準で見れば、だ。
半魔達の腕力は相変わらず常識外れだったし、魔獣達も荷運びや警戒役として申し分ない働きを見せていた。おかげで最初はただの岩場だった場所に少しずつ区画が生まれ始め、設計図の線だったものが現実の形として現れ始めていた。
最初に完成したのは住居だった。
とはいえ立派なものではない。
石を積み上げ、屋根を作り、風雨を防げるようにしただけの簡素な建物だ。
それでも住人達は驚くほど喜んでいた。
避難生活が続いていたのだ。
まともな屋根の下で眠れるだけでも十分だったのだろう。
「見てください」
しゆらが少し嬉しそうに手を引く。
珍しい。
普段ならもっと遠慮がちだ。
連れて行かれた先には完成したばかりの住居が並んでいた。
石造りの壁。
木材で補強された屋根。
まだ数棟しかない。
それでも。
「ちゃんと町みたいですね」
しゆらがそう言って微笑む。
俺も周囲を見回した。
数日前までは何もなかった場所だ。
岩と土しかなかった。
それが今では家が並び、人が行き交い、子供達が走り回っている。
確かに町のように見えなくもない。
「まだ早い」
そう言うと、しゆらは少しだけ頬を膨らませた。
「夢がありません」
「現実を見てるだけだ」
「予紬さんらしいです」
褒められたのかどうか分からない。
そんなやり取りをしていると、少し離れた場所から大きな歓声が上がった。
見ると、今度は鍛冶場の骨組みが完成したらしい。
半魔達が盛り上がっている。
榊もそこにいた。
北方森林群から来た者達も随分馴染んできたようだ。
最初の頃にあった遠慮はもうない。
夜哭きの森側も北方森林群側も関係なく働いている。
それは予想以上に大きな変化だった。
普通なら縄張り争いの一つくらい起きてもおかしくない。
だが誰もそんなことをしている余裕はなかった。
生きるために協力しなければならない。
それを全員が理解していた。
「予紬」
その時、不意に声が掛かった。
振り返る。
大和だった。
相変わらず細い。
むしろ以前より痩せているように見える。
だが本人は気にしていないらしい。
「少し来てくれ」
そう言って歩き出す。
俺も後を追った。
しゆらも当然のようについてくる。
止める理由もない。
連れて行かれたのは建設予定地の中央だった。
今はまだ何もない。
ただ広く空けられた土地だけがある。
「ここは?」
聞くと、大和は少しだけ周囲を見回した。
そして。
「会議所を建てる」
そう言った。
予想外だった。
鍛冶場や倉庫なら分かる。
だが会議所は後回しでも良いはずだ。
そう思ったのが顔に出ていたらしい。
大和は静かに続けた。
「人が増える」
短い言葉だった。
だが意味は分かった。
夜哭きの森。
北方森林群。
それだけでは終わらない。
他にも居場所を失った半魔や魔獣がいるかもしれない。
人が増えれば意見も増える。
意見が増えれば話し合う場所が必要になる。
「今までは集落だった」
大和の黒い瞳が周囲を見渡す。
完成し始めた住居。
見張り台。
石壁。
働く住人達。
「だがこれからは違う」
風が吹く。
山から吹き下ろしてくる冷たい風だった。
「皆が集まる場所になる」
それだけ言うと大和は黙る。
だが。
その言葉には妙な重みがあった。
集落。
避難所。
拠点。
呼び方はいくらでもある。
それでも。
大和は今、もっと先を見ている気がした。
「長」
いつの間に来たのか、千代が近付いてくる。
肩には大量の石材を担いでいた。
相変わらずおかしい。
「何じゃ?」
「南の見張り台が完成した」
「そうか」
「それと子供達が勝手に名前を付けておったぞ」
大和が少しだけ首を傾げる。
「名前?」
「うむ」
千代は少し困ったような顔をした。
そして。
「新しい森の町じゃそうじゃ」
しばし沈黙が落ちる。
俺もしゆらも思わず顔を見合わせた。
子供らしいと言えば子供らしい。
何の捻りもない。
だが。
不思議と悪くなかった。
大和も少しだけ口元を緩める。
本当に僅かだったが。
俺は見逃さなかった。
その様子を見た千代も少しだけ嬉しそうだった。
そしてその光景を眺めながら思う。
石壁はまだ完成していない。
鍛冶場も骨組みだけだ。
防衛設備も不十分。
人間軍が来れば、まだ危うい。
それでも。
少なくともここにいる全員は信じ始めていた。
この場所なら。
今度こそ守れるかもしれないと。
だから誰も気付かなかった。
遠く離れた人間側でもまた、新たな動きが静かに始まっていることに。
コメント
1件
読み終わったよ〜!!葉菜さん!🏗️✨ 今回は“国造り”の一歩目って感じでめっちゃアツかった!みんなが避難民の顔じゃなくなって、自分たちの居場所を作るために動き出してるのがエモすぎた😭💕 しゆらと予紬さんのやり取り、笑顔見せるところとか自然でじわじわ来る…「今笑いましたね」「笑ったな」の流れめっちゃ好き(笑) 会議所の話、大和が「皆が集まる場所になる」って言ったとこで鳥肌立った。子供たちが名付けた「新しい森の町」も可愛いし、温かい気持ちになったよ〜! でもラストの「人間側でも新たな動き」でぎゅっと心臓掴まれた…続きが気になりすぎる!!💦 いつも素敵な物語をありがとうございます!次の話も楽しみにしてるね⋆♡