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――ピピっと、音が聞こえて真衣香は浅い眠りから引き起こされた。
「悪いな、寝てたか」
八木が車の鍵を開けた音のようだった。
「すみません……荷物持ってきてもらって」
坪井と応接室で顔を合わせてしまってから、すぐ。
八木は真衣香を地下の駐車場まで担いで運び、車の助手席に座らせ、エンジンをかけ暖房のスイッチを押してくれた。
その後、真衣香の荷物を忘れていることに気がつき取りに行ってくれたのだ。
(何から何まで申し訳なさすぎるよ……)
八木は「気にすんな」と短く答えて、後部座席に真衣香のカバンとコートを置いてから運転席に乗り込んだ。
「人事部の奴に取ってきてもらったけど、今日着てきた服はロッカーに入れたままにさせてるぞ。 女の服はなぁ、俺が触っていいやつかダメなやつか、わからんから」
「ありがとうございます……、大丈夫です、明日持って帰ります」
横目で八木の姿を追う。
無駄な動きなくシートベルトを締めて「ああ、そういやマメコ、お前住所は」と、聞かれたので答えると素早くナビに入力をしてくれたようだ。
『目的地まで、およそ、30分です』と、画面から機械的な女性の声が聞こえる。 その声を聞きながら八木は右手でハンドルに触れ、ゆっくりと車を発進させた。
「つーか、明日はさすがに無理じゃねぇか? 無理して来るなよ、熱が下がり切ってから出社しろ」
「す、すみません……」
「謝らんでいい、それより降ろすの病院じゃなくて家でいいのか、今更だけど」
地下の駐車場から出ると薄暗かった景色から途端に車内は陽に照らされた。
眩しくて目を細めながら横を向くと、真衣香の方を見ていた八木と目が合う。
心配そうな、顔をさせてしまっている。
「だ、大丈夫です……。 とりあえず、帰って寝ようかなって」
「了解」
小さく頷いた八木は視線を前に戻す。
そうして、ビルの敷地から出ると車道を進んだ。
流れる景色を眺めていると、急激な眠気に襲われる。 うつらうつらと船を漕ぎそうになりながらも踏ん張っている真衣香の隣から笑い声が聞こえた。
「……ぶっ、ほんっとお前はうちの犬に似てるわ」
なんて言われてしまったものだから、これでも申し訳なさから眠ってしまいそうな自分を奮い立たせていたというのに。
「犬じゃありません」と、むくれて心置きなく真衣香は眠りについたのだった。
***
ペチペチと何かが弾ける音がしている。
(……痛い)
「……こ、……きろ! おいマメコ起きろって」
耳元に響いた声と、頬に刺激を感じ、真衣香はうっすらと目を開けた。
「や、ぎ……さん」
ぼんやりと、見えてきた顔に呼びかける。
「あー、悪い悪い。 怠いよなぁ、大丈夫か?」
聞かれたので、大丈夫の意を込めて、こくん、と頷く。
「多分着いたぞ、合ってるか? 何階だ、部屋は」
真衣香を、車のドアを開けて覗き込んでいる八木。その肩越しに見慣れた風景が見えた。
(なんで、八木さんがうちにいるんだろ)
ぼんやりと考えながら、また、こくんと頷いて「201ですよ」と、答えた。
頭が重く、モヤがかかったようで記憶を思い返すこともできない。
ただ、八木が真衣香の自宅にいるなんてあるわけがない『夢』だと認識し、抱き寄せられる感覚に素直に身を任せた。
途中「鍵はどこだ?」とか「おい、入るけど。 一応言っとくぞ。 さっきの一発やるやらなんやらの話は、あいつ黙らせるためのデタラメだからな。忘れろよ、何もしねぇから」
とか。慌てたような声も聞こえて、何だか真衣香の知らない八木の一面を夢の中で見たような気がしていた。