テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「……悠斗」
放課後、教室の窓際。
春の光が柔らかく差し込む中、澪は小さく息を吐いた。
「私……来年、東京の音楽大学に進むことになったの」
その言葉を聞いた瞬間、胸がぎゅっと締め付けられた。
――とうとう、この日が来てしまったのか。
「……東京?」
「うん。ピアノの勉強を本格的にしたくて。
でも、悠斗とは……離れちゃう」
俺は言葉を探したけど、出てこなかった。
ただ、黙って彼女の手を握った。
「離れたくない……」
「私も……」
二人の声は、かすかに震えていた。
教室の中なのに、世界が止まったみたいに静かだった。
卒業まであと数週間。
放課後の校庭で、二人は何度も話した。
「ねえ、悠斗……」
澪は笑った。けど、笑顔の裏には切なさが隠れていた。
「東京に行ったら……会えなくなるよね」
「でも……手紙は書くし、電話も……」
それでも、どこか二人ともわかっていた。
電話の声や手紙の文字だけじゃ、同じ時間を過ごすことにはならないって。
「じゃあ……最後に、お願いがある」
「なに?」
澪は少し恥ずかしそうに言った。
「私のために……泣かないで」
――俺は、どうしても泣きそうだったけど、顔を背けて涙をこらえた。
卒業式の日。
桜が風に舞う中、二人は校門の前に立っていた。
「じゃあ……行くね」
澪は小さく手を振る。
その手を握り返せたのは、最後のほんの一瞬だけだった。
「行ってらっしゃい、澪……!」
「悠斗も……元気で」
そして、彼女は電車に乗り、遠くに行った。
俺はその姿をずっと見送った。
手を振ることしかできなかった。
胸の奥は痛くて、でも温かくて――
澪がいた日々すべてが、宝物になった瞬間だった。
春が終わり、夏が来ても、俺たちは離れたままだった。
手紙、電話、動画越しのピアノの演奏。
でも、心の隙間は埋まらない。
ある日、澪からの手紙に書かれていた。
「悠斗、私、東京で演奏するたびに、青凪の空を思い出す。
そして、あなたのことも。
いつか、また同じ空の下で会えると信じてる」
涙が止まらなかった。
離れても、想いはつながっている――そう信じるしかなかった。