テラーノベル
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玄関の鍵が回る音がした。
ガチャ、という鈍い音。
いつもより遅くて、重たい。
そこに立っていた侑は、見るからに限界だった。
髪は乱れ、目の下にははっきりとした影。
遠征用のバッグを床に下ろす手も重たそうで、靴を脱ぐ動作さえ億劫そうだ。
「……ただいま」
低くて掠れた声。
🌸が振り向いた、その一瞬。
「おかえり!侑!!」
侑の動きが、ぴたりと止まった。
「……あ」
声にならない声。
次いで、ぐっと奥歯を噛み締めたのが分かる。
眉が寄って、視線が揺れて、
慌てたように顔を背ける。
「……あかん」
低く、かすれた声。
片手で目元を覆い、深く息を吸おうとして、うまくいかない。
「……ちょ、今……
今は……」
言葉が続かない。
🌸が一歩近づくと、侑は反射的に止めるように手を伸ばした。
「来んな」
「侑?」
「今、顔見られたら……」
喉が詰まったみたいに、言葉が切れる。
🌸はゆっくりと侑の方へ足を進めた。
侑はしばらく黙って、ようやく吐き出すように。
「……玄関開けて、お前おった瞬間、
安心してもうて……」
震える声で、悔しそうに。
「……泣きそう」
そのまま、力が抜けたみたいに肩を落とす。
強気で、うるさくて、余裕ぶってる宮侑が、
“帰ってきた瞬間”にだけ見せる、どうしようもなく弱い顔だった。
悔しそうに、でも正直に。
「泣くとか、ほんま最悪やろ……」
そう言いながら、目元を覆った手の隙間から、
わずかに赤くなった目が覗いていた。
🌸が何も言わずに腕を伸ばすと、
侑は一瞬抵抗しかけて――でも、力が入らなかった。
「……ずるいわ」
ぽつり、と。
🌸の肩に額を預けた瞬間、
張り詰めていたものが切れたみたいに、息が乱れる。
「……会いたかった」
そう言って両手でぎゅっと強く優しく抱きしめた。
完全に素だ。
🌸が名前を呼ぶより早く、
侑は両手で顔を覆って、泣き崩れた。
「こんなん、玄関ですることちゃうやろ……
わかっとるけど……止まらん……」
嗚咽混じりなのに、どこか自分でツッコミを入れるあたりが、
どうしようもなく侑だった。
「……あかん、俺、今めっちゃダサい」
「今さら?」
「うっさいわ!」
そう言いながら、🌸の服の裾をぎゅっと掴む。
「……行かんといて」
「行かないよ」
その返事を聞いた瞬間、
さらに泣きが加速する。
「ほら、玄関寒いから。リビング行こ」
「無理……足に力入らん……」
完全に動かない宣言。
🌸が腕を引くと、
侑は抵抗するどころか、ずるずる引きずられる。
「ちょ、待って、待って……!」
「待たない」
「俺、今、成人男性の尊厳が……!」
「尊厳より床」
ずる、ずる、と情けない音を立てながら、
玄関から廊下へ。
「🌸、引っ張り方雑すぎやろ……」
「自分で歩かないから」
「泣いとる人に優しさないんか……」
そう言いつつ、手はしっかり🌸を掴んだまま離さない。
リビングに着いたところで、
🌸がソファを指す。
「ほら、座って」
「……もう無理……」
結果、侑はほぼ投げられる形でソファに沈んだ。
「ちょ、扱いが雑!」
「自分で来ない人が悪い」
そのまま、🌸が隣に座ると、
侑は即座に体を寄せてくる。
「……逃げ場、確保……」
「何から」
「世界」
ぐしゃっとした顔のまま、🌸の肩に額を押し付ける。
「……家、最高……」
「今さら?」
「いや、ほんまに」
袖で適当に涙を拭いながら、
鼻声で続ける。
「帰ってきて、電気ついてて、
お前おって、 それだけで……」
言葉が詰まって、また一瞬黙る。
「……もう、何も頑張らんでええ気する」
そう言って、深く息を吐いた。
しばらくして、ようやく落ち着いた侑が、
小さくぼそっと言う。
「……なぁ」
「なに?」
「泣いたこと、誰にも言うなよ」
「同棲してる時点で無理じゃない?」
「🌸は例外や」
きっぱり。
「俺の帰る場所やから」
そう言って、
侑はまだ少し赤い目で、でも安心しきった顔で笑った。
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