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というわけで翌日の放課後である。
「む~、行きたくな~い……」
真帆は僕と並んで歩きながら、唇を尖らせてそう言った。
朝、登校中に「乙守先生が呼んでたから、放課後一緒に保健室に行こう」と声をかけておいたのに、いざ放課後になって保健室へ行こうとしたとき、真帆が何事もなかったかのように「それじゃぁ、また明日~」と教室から出て行こうとするものだから、僕は真帆の手を引っ張り、無理やり連れだす形で階段を降りているところだった。
「なんでそんなに行きたくないわけ? 乙守先生が協会の会長だってわかったから?」
「そりゃそうですよ。私の天敵ですもん、全魔協なんて」
「なにそれ、どういうこと?」
「ユウくんも解っているでしょう? 私の中に夢魔がいること」
「それはまぁ、当然」
「なら、全魔協がそんな私にどんなことを考えているか、知っていますよね?」
「どんなことっていうか、夢魔は危険だから色々問題になったってことは井口先生から去年聞いたけど」
「そういうことですよ。私はこの十数年、ずっと全魔協の監視対象なんですよ。春先まで私の魔力を診ていた魔法医さんが亡くなってしまってから乙守先生がこの学校に赴任してきて、それ以来私の身体や魔力を診てくれるようになったんです。でもまさか、乙守先生が会長さんだっただなんて思いもしませんでした。すっかり騙されちゃいましたよ」
それは真帆が全魔協にすすんで関わろうとしなかったから、会長のことを知らなかっただけなのでは、と思ったりもしたのだけれど、もちろん僕は黙っておく。言わぬが仏、というやつだ。
「話しやすい方だったので、うっかりいろんなお話をしてきちゃったんですよ。おしゃべりし過ぎるくらいに。敵の親玉に、ですよ?」
「敵の親玉って……」
それはさすがに言い過ぎではなかろうか?
「敵ですよ、敵! 私の命を奪おうとしてきた連中の親玉なんて、ろくな人じゃないに決まっているじゃないですか! きっと私を油断させるために違いありません! 許せません! ムッキー!ですよ!」
「油断させるって、何のために?」
そんな僕の質問に対して、真帆は眉を寄せる。
「それは……まだ、わかりませんけど……」
まぁ、考えられるとしたら、真帆の夢魔がらみなのは間違いないのだろうけれど。危険な存在である夢魔の魔力を有する真帆に対して、会長自らがその認定試験を担当、普段からの真帆の素行を観察するために先生として学校に潜入?してきた、といった感じだとは思うのだけれども……
「と・に・か・く!」
と真帆は腰に両手をあて、僕を下から見上げるように、
「全魔協なんてろくな集団ではありません! あの年寄りたちは私の敵です! 天敵です! ソレに間違いはありません!」
「――はいはい、そうだね」
と同意しながら、僕はやれやれとため息を吐いたのだった。
さて、そんなわけで保健室の前に立つ僕たちである。互いに顔を見合わせ、互いに扉を開けるように無言で促す。呼ばれてるのは真帆なのだから真帆が開ければいいのに、と考える僕と、ユウくんが連れて来たのだからユウくんが開けてくださいよ、と考えているのであろう真帆の視線が一瞬交わる。
まあ、ここは僕が開けるべきだろうとドアの取っ手に手を伸ばしたところで、
「いらっしゃい、待ってたわ」
ガラリとドアが開いて、にっこりと微笑む乙守先生が姿を現したのだった。
真帆は何とも表現し難い表情を浮かべて、
「……呼ばれましたので、仕方なく嫌々参りました」
「そんなこと言わないでよ〜」と乙守先生は自身の耳たぶを指先で軽く弾き、「最近なかなか来てくれなくて寂しかったんだから〜」
「そういうときは、井口先生にお相手してもらえばよろしいんじゃないですか?」
「イヤよ〜。あの子、私と顔を合わせるたびにお説教ばかりしてくるんだもの」
確かに、海に行ったときは特にそうだったような気がする。とはいえ、アレは乙守先生の方が圧倒的に悪いと思う。あんな破廉恥な姿を世の男性陣に見せてよいはずがない。それに、実際のご年齢を考えれば――などと言うのはもしかしたら問題発言になるかもしれないのでやめておいた。
「ま、とにかくよく来てくれたわ。今月の定期健診、さっさと終わらせちゃいましょ」
「む~、変なことしないでくださいよ?」
「何を今さら。先月まで、ちゃんとあなたの身体と魔力を診てあげてたでしょ?」
「それはそうですけど~」
「はいはい、うだうだ言ってないで、さっさと終わらせましょ」
「……は~い」
渋々といった様子で保健室に入っていく真帆。
僕もそれに続いて中に入ろうと足を一歩踏み出したところで、
「はいは~い、下拂くんはここまで~」
乙守先生に両手で胸を押されて、廊下に追い出されてしまう。
「え? あれ? なんでですか?」
まさか、やっぱり真帆に何か良からぬことを!
「言ったでしょう、これから定期健診、身体の検査をするって。すごくナイーブなことを調べるんだから、あなたは私が入って良いって言うまで廊下で待っていなさい」
「それ、どれくらいかかるんですか?」
「二、三十分くらい?」
「それまでここで待っていろと……」
そんなに時間がかかるんなら、図書室で時間でも潰してこようかなぁ、とも思ったのだけれど、
「……待っててくれますよね、ユウくん?」
真帆がにっこりと微笑んで言うものだから、
「――はい」
僕は頷くことしかできなかった。