テラーノベル
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# ず っ と 隣 で
8/|/aB(旧アイビー)
6,988
Episode.3
男の狂った「犬」の動画は、もはや止まるところを知らなかった。TikTokからTwitter(X)へ、そして世界中のインターネット掲示板へと拡散し、たった数分で彼は、2024年代の最も歪んだ「ネットのおもちゃ」であり、memeへと昇華した。
男は自分の動画が何万回もリポストされ、無数のクソコラ画像が作られていることを知る由もなかった。彼がスマホ越しに見ているのは、自分が「世界の中心」になり、「神」として崇められているという、肥大した自尊心が作り出した極彩色の幻想だけだ。
そしてその混沌の中から、さらに歪んだ欲望が鎌首をもたげた。男の(精神はともかく)身体と顔立ちは確かに整っていた。その「素材の良さ」と、彼自身が醸し出す「性的で不快な狂気」に目をつけたのは、一部の過激なファンアートを描く変態絵師たちだった。
「……ッ、俺の絵が描かれてる! みんな俺を愛しすぎだろ!」
男はpixivの画面を指で狂ったようにスクロールしながら奇声を上げた。画面には彼をモデルにしたイラストが次々と投稿され始めている。しかし、その内容はまともな神経の人間なら目を背けるような、凄惨で凌辱的なものばかりだった。
あるイラストでは、犬の格好をした男が顔の見えない無数の影に囲まれ、凌辱されている(モブレ)。またあるイラストでは、男が薄汚れたホームレスのような親父に膝をつかされ、口内を汚されている(フェラ)。そして、さらに別のイラストでは男の身体が切り刻まれ、内臓が露出した状態で笑っている(リョナ)。
それらは男に対する純粋な憎悪、性的サディズム、そして「消費」の対象としての侮蔑が込められた、この世の終わりのような地獄絵図だった。
しかし、男の瞳はその凄惨な現実を捉えることを拒否していた。彼の脳内では、全てのイラストが自分への最大限の賛辞と敬意として変換されていた。
「これ……っ、俺がみんなから求められてる証拠じゃん! 俺がみんなを悦ばせてるんだ! 見ろよ、この俺の美しい姿を!」
男はモブレされているイラストを指さし、「みんなが俺に、群がってる……! 俺ってば人気者すぎて困っちゃうなァ!」と、恍惚とした表情で呟いた。汚い親父にフェラさせられているイラストを見ては、「俺の魅力にどんな人間も跪く……! 俺は、彼らに、救いを与えてるんだ!」と、まるで聖人のような笑みを浮かべる。
そして、リョナされているイラストには最も強い反応を示した。
「……っ、これ、これこそが、俺の『真の姿』だよ! 俺の身体が、みんなの愛で満たされて、溶けていく……! 痛みなんてない、あるのは、無限の悦びだけだ!」
男は、スマホの画面に映る、切り刻まれた自分のイラストにキスをした。その瞳には、血と肉と暴力ではなく、自分への熱狂的な信仰と、永遠の愛が映っていた。
男は、現実の凌辱を自分への敬意のファンアートだと幻覚見て、その歪んだ世界の中に完全に堕ちていった。彼は自分がネットの汚物として消費されていることを知らず、自分が最も美しい存在として、永遠に愛され続けるのだと信じ切っていた。
Episode.4
男の「承認欲求」という名の飢えは、もはや底なしの淵となっていた。pixivに投稿される凄惨なファンアートの数々が彼の中で「自分はもっと求められている」「もっと露出して、自分という存在を撒き散らさなければならない」という歪んだ義務感に変換されていく。
寝室の扉は閉ざされ、そこは男にとっての聖なる撮影スタジオと化した。彼は三脚に固定されたスマホに向かい、いつもの犬耳と尻尾を装着して座り込む。カメラの赤い録画ランプが点滅する。彼にはそれが世界中の数百万人の観客の視線のように思えていた。
「みんなー! 見てるー? こんにちはー!」
男の顔には、破綻した狂気の笑みが張り付いている。
「最近有名になった犬人間アイドルだよー! 俺えっちなこと大好き! みんなのために、もっと特別な俺を見せてやるよ! 今からオナニーするから、一秒も見逃さずに見てろなあああ!!!」
男はカメラに向かって叫びながら、躊躇いもなくその手を自身の急所に走らせた。部屋中に不快な粘着音と、動物じみた下品な喘ぎ声が響き渡る。男は自分の身体が衆目に晒されているという幻覚の中で、極限の快楽と承認欲求を満たしていた。自分をさらけ出し、汚し、消費させることこそが、自分を定義する唯一の術だと信じ込んでいたのだ。
その時だった。
窓の隙間から、ひょいと頭を突っ込んだ影があった。近所の野良犬だ。彼はときどき、男がこぼした食料の残骸を狙ってこの部屋を覗きに来る、ゴールディにとって数少ない「外の世界を知る友人」だった。
野良犬は、部屋の中で犬耳をつけて狂ったように喘ぎ、スマホに向かって媚びを売る男の異様な姿を目撃した。あまりの光景の凄まじさに、野良犬は思わず顔をしかめ、眉間に深い皺を寄せた。
「……おい、お前」
野良犬は窓枠から身を乗り出し、怯えて部屋の隅にうずくまっていたゴールディに話しかけた。その瞳には憐れみと呆れが混じっている。
「お前ん家の主さん、ろくな奴じゃねぇな……。これ、もう家というより、腐りきったゴミ溜めだぞ。見てるだけでこっちまで吐き気がするぜ」
野良犬は、狂乱の中で自分を壊し続ける男と、それを神聖な儀式か何かのように見つめる男の瞳を見て、背筋を凍らせた。
「……おい、逃げないのか? 鎖が外れてる隙に、俺と一緒に外へ出ろ。ここはもう、人間が住む場所じゃねぇ。狂った肉の塊が、勝手に腐っていくだけの地獄だ」
そのすぐそこで、男はなおもカメラに向かって「最高だろ! 見てるか! 俺はイケてるだろ!」と叫びながら、その歪んだ世界を加速させていた。ゴールディはただ、友人である野良犬の言葉と、目の前で崩壊し続ける男の姿を見比べ、震えることしかできなかった。
コメント
1件
ああ、読み終えました……。これはかなりヘヴィな展開ですね。Ep.3で男がpixivのリョナやモブレイラストを「自分への賛辞」と誤認するシーン、ゾッとしました。現実の凌辱を完全にスルーしてしまう認知の歪み、そして「俺の真の姿だ」とキスする狂気の描写が生々しい。Ep.4に出てきた野良犬の「腐りきったゴミ溜め」という台詞が、むしろ客観的視点として効いてますね。ゴールディがどう動くのか、続きが気になります。