「……和菓子と洋菓子、どちらが良いか聞かなければなりません……はっ、余は何を?」
ようやく桃太郎は目を覚ました。
「何ちゅう寝ぼけ方やねん! 夢にしたってどういう状況やねん! 何で敬語やねん! いいから桃太郎、早く起きて!」
アタシはちょっと取り乱していた。
階下のSM戦争を子守唄に眠りについて──朝起きたらこのザマだ。
「見て、コレ! ヒドイやん!」
気が付いたら、アタシの髪は耳の辺りでバッサリ切られていた。
背中まであったから、20センチくらい持っていかれたことになる。
「寝てる間に女の髪切るなんて信じられへん! 最悪や、アンタ!」
「ま、待て。余は知らぬ」
桃太郎、ようやく寝ぼけ状態から覚醒したようだ。
「シラ切る気? アンタ以外に犯人はおらん! それともアタシが他に恨み買ってるって言うん?」
「し、しかし余は……」
アタシのあまりの剣幕に、桃太郎の顔は蒼白になっていた。
「アタシはなぁ、このまま警察駆け込んでも構わへんねん!」
叫んだ時だ。扉をドンドン叩く音が。
「リカ? うるさいわよ。黙りなさい!」
それは怒声だったが、アタシは姉の声を聞いて涙が零れるのを自覚した。
ドアを開けて廊下へ転がり出る。
「お、お姉っ!」
「あら、随分サッパリ……」
アタシはお姉の胸にしがみ付いて泣きじゃくった。
「どうしたんだい、リカちゃん。ネズミが出たのかい?」
ボケたことを言いながら横から覗き込んでくるうらしまの顔面に、お姉の拳が打ち込まれる。
階下の姉の部屋に行ってゴミの中で髪を整えてもらい、ようやくアタシは落ち着きを取り戻した。
別に長い髪に執着はないけど、さすがにショックで涙出た。
何せ寝てる間に髪を切られたわけだから、事態は深刻だ。
桃太郎は頑として違うと言い張る。
嘘は付いてない様子に、アタシ達は戸惑った。
「まぁ、落ち着いて。甘いものでも食べて」
尻をボリボリ掻いた手でうらしまがお菓子を取ってくれる。
「あ、ありが……」
「あなたのその汚い手から食べ物は受け取りたくないわ」
代わりにお姉が言ってくれた。
それにしても辛辣だ、この人。
うらしまはお姉にそう言われ、嬉しそうに「あふんっ」と叫んでる。
こっちはこっちで、相変わらずのヘンタイやな。
「リカ、すぐに警察に行きましょう」
姉の提案に、しかしアタシは首を横に振った。
昨日そこから帰ってきたばかりなのに、また舞い戻りたくない。
「感電少女、髪抜ける、とか言われたら嫌やもん」
「ブフウッッ!」
慰めてくれたらいいのに、お姉はそこで笑いをかみ殺した。
「そ、そうね。じゃあ、今日にでも住人にそれとなく聞いてみるわ。不審人物を見なかったかって」
不審人物なら多すぎや。
アタシは桃太郎とうらしまを横目で睨んだ。
それにしてもこのボロアパートに住む人ってどんな奴なのか、ちょっと興味を引かれる。
せっかくなので姉に聞いてみた。
「ここは1階2階、各4部屋ずつ。合計8部屋あるわ。1ー1はわたしの部屋。1ー2は男性が住んでるけど、ほとんど出てこないわね。1ー3は空き家で、1ー4は気持ち悪い系の男。それから……」
2ー1はアタシの部屋で、隣りの2ー2には専門学校に通う女の子が住んでいるらしい。
「あっ、その子見たわ。引っ越してきた日にチラッと。ああ、早く挨拶に行かんと」
2ー3も空き家で、2ー4は引きこもりらしい。
部屋番号が学校みたいで面白いけど、それにしてもこのアパート、引きこもり多いな!
別に変な人はいないと言う(姉目線で、ってところがポイントやけど)。
アタシもどうでも良くなってきた。
何やらどっと疲れが……。
「アタシ、ちょっと休むわ。とにかく犯人見付かるまで、桃太郎は部屋に入らんといて!」
「そんな! では余はどこで寝ればいいのじゃ」
桃太郎がお姉に泣きつく。
「そんなこと言ったら可哀相でしょ、リカ」
「な、何の関係もないねんで、アタシとコイツの間には! アタシが面倒見る筋合いはないわ! お姉が世話したらいいやん!」
「お断わりよ。嫌に決まってるじゃない」
「あぐっ……!」
桃太郎が呻く。
すごい理不尽な思いをしながら、アタシは部屋に戻った。
きちんと鍵をかけて、窓の戸締りも確認する。
「ああ疲れた、疲れた。ホンマにヒドイ目にあったわ」
フトンに入ろうとした時だ──カリカリカリ。
妙な音に気付いた。
「なに?」
うらしまが言ったようにネズミが住んでるのかもしれない。
何せ古い家だから。
断続的に続くカリカリ音。
押入れから聞こえてくる。
そーっと押入れを開け、アタシはそこに信じられないモノを見た!
桃太郎の勝訴ノボリが広げられ、その上に黒い糸みたいなのが大量に敷き詰められている。
アタシの髪だということはすぐに分かった。
それを絨毯代わりにして立つ──ソレ。
人間の手の平サイズの小さな人。
血色の良い頬に糸のような細い目。
じーっとアタシを見詰めている。
「こっ……!」
小人やーッ!
小人に遭遇してしもたーッ!
ちょっとドキドキしながらも、アタシはソイツに手をのばした。
捕まえようとしたところでガブリと指を噛まれる。
「痛たたたッ! ゴメン。ゴメンって! 放して」
すると小人はアタシの指から牙を抜いて、軽やかに床に降り立った。
どうやらこちらの言うことは分かるらしい。
「ア、ア、アタシの髪切ったん、もしかしてアンタ……?」
すると小人、クルリとこちらを向く。
「拙者、一寸法師でゴザル。そちら様は?」
うわ、喋った!
しかも声がえらくシブい。
セッシャ? イッスンボウシ? ゴザル?
「──ちょっと待って。アタシの脳、許容範囲越えたわ」
深呼吸してみる。
スーハースーハー。よし、落ち着いた。
「アタシは多部リカ。アンタは一体? その、一体……?」
とても一寸法師には見えない(いや、一寸法師を見たことはないけど)。
小人は童話の中の西洋人のパジャマのようなワンピースを着ていた。
緑色のフワフワの生地で、胸元にはリボンが付いている。
「拙者は一寸法師。言わば福の神でゴザル。誰にも言ってはならぬ。リカ|氏《うじ》よ、そなただけの福の神でゴザル」
「ア、アタシだけの福の神……?」
頭がボーっとしてきた。
こ、これは希少価値の座敷童みたいなものかもしれない。
「リカ殿っ、今悲鳴が聞こえたぞよ。無事であるか?」
扉を叩く音。桃太郎だ。
怪しまれたらアカン──とっさにアタシはそう思った。
「な、何でもない。帰って、桃太郎」
「リカ殿、余には帰る所はない。ここしかないのじゃ」
絶対ドアは開けない。
固く誓ってアタシ。再び押入れを覗き込む。
アタシだけの福の神。
アタシだけの福の小人……。
それからアタシは自分で言うのも何だけど、ちょっとおかしな行動を取るようになってしまった。
「6.不毛な信念 ~人類の2分の1は既に宇宙人だという強烈な確信」につづく