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「……悠真は、いきなり環境が変わった事で戸惑ったりはしなかったのか?」
「勿論、初めは嫌がっていました。ラーメン屋での暮らしを気に入っていたので。でも、どうしようも無いのでひとまずホテルで過ごして、一時保育に悠真を預けて日雇いの仕事をしたり、二、三日泊まり込みの仕事をしたりして生計を立てていました。それでも、やっぱり貯金も無くなりかけて、それであの日、理仁さんと出逢いました」
「そうか」
「あの日の事は、本当に良かったと思っています。皆さん良くしてくださって、朔太郎くんなんかは私がしてあげられない事を沢山悠真にしてくれるから、本当に本当に助かっています」
「朔は面倒見が良いし子供好きだから、ああいう役が適任だ。俺の側に居ないでいっそ保育士にでもなれば良いと思うけどな」
「……そう言えば、朔太郎や翔太郎くんは、いつから理仁さんの所に居るんですか?」
普段あまり理仁と二人きりになる事も話す機会も無かった真彩は、朔太郎や翔太郎といつ頃から一緒に居るのか密かに気になっていた。
勿論他の組員との関係も気にはなるが、理仁が特に信頼を置いているのが朔太郎と翔太郎の二人だから特に知りたいと思う真彩。
「そうだな、先に出逢ったのは翔の方で、今から五年くらい前だったな――」
問われた理仁は、懐かしむように過去を振り返りながら二人と出逢い話を始めた。
「翔が二十歳になる前、俺たちは出逢ったんだ。あの頃のアイツは今では想像出来ねぇくらい荒んでてな、正直手が付けられないくらい厄介な奴だったよ」
冷静沈着で真面目な性格の翔太郎だが、理仁の話によると出逢った当初は相当な問題児だったらしい。
それというのも理由があって、荒んでいたのは高校を卒業して職に就いてからだという。
「翔は賢いし根が真面目だから、入社したての頃から会社の社長に好かれていたらしいんだが、それを良く思わなかった奴もいたみたいでな、いじめに遭ってたらしい。それでもその程度で音を上げる奴でも無いから気にせずにいたらしいが、ある日会社の金が盗まれる事件が起こったらしい」
理仁の話を聞いた真彩は、その後の展開が読めたらしい。
「……それが、翔太郎くんのせいになってしまったんですか?」
「ああ、そうだ。嵌められたんだ。上司も一緒になってありもしない嘘をでっち上げて、翔がやったように偽装した。鞄の中に金が入っていたらしい。それを見た社長は周りの嘘を信じて、よく調べもせずに翔を即刻解雇した。警察沙汰にしないだけ有難いと思えなんて捨て台詞まで吐いてな」
「……酷い……」
「翔や朔も母子家庭で、当時は母親が再婚して実家には義理の父親も一緒に住んでいたんだが、その男がかなりの糞野郎でな、ろくに働きもせず酒浸りだったらしい。翔は一人暮らしをしてたんだが、住んでいたのは会社が借りていたアパートだったから早々に追い出されて実家に帰ったが、解雇された事を知った義父と殴り合いの喧嘩に発展して、全てが面倒になって家出した」
家を出たものの翔太郎に宛はなく、ふらつきながら街を彷徨いている途中、些細な事で不良グループと口論になって殴り合いになり、複数人から暴行を受けた翔太郎はそのまま裏路地で行き倒れていたという。
「そこを偶然通りがかった俺が見つけて、拾ったんだ」
「そこからずっと、理仁さんの所に?」
「ああ。帰る場所がねぇって言ってたからな。ただ、アイツは何やらせても相手と喧嘩になってばかりで当初は本当に大変だった。組員ともすぐに喧嘩しやがってよ」
「今の翔太郎くんからは、全く想像出来ません」
「だろうな」
「そんなに荒んでいた翔太郎くんは、何をきっかけに変わったんですか?」
「そのきっかけが、朔なんだよ」
理仁の言葉で今の翔太郎があるのは朔太郎のおかげという事は分かるものの、一体何があったのか分からない真彩はそのまま理仁の話に耳を傾けた。
「翔が家を出てから暫くして、当時高校生だった朔が翔を訪ねてやって来たんだ。朔には、俺のとこに居る事だけは伝えてようだが職場での事や義父への思いは話して無かったらしい」
翔太郎を訪ねて来た朔太郎は、翔太郎のあまりの変わり様に心底驚いたという。朔太郎の前ではいつも、完璧な兄を演じていたから。
そして朔太郎も義父には良い印象を持っていなくて、同じ家には住んでいたものの全く関わり合いにはならなかった。義父もまた、特に関わりさえしなければ手を出したりもしないので喧嘩になる事もなく、ただの同居人という認識で過ごしていたらしい。
しかし、翔太郎が出て行った事を知った時は義父が原因だと思って喧嘩になり、そこから関係は悪化していったという。
「酷く荒みきった翔を見た朔は、その原因がこの鬼龍組に居るからだと思ったようでな、俺に面と向かって言ったんだ『兄貴を解放してくれ』って。勿論、俺が強制して翔が留まっていた訳じゃなかったから、それならとっとと連れて帰れと言ったんだが、翔はそれを拒否した」
そして、それまで朔太郎の前では弱音すら吐いた事がなかった翔太郎は、初めて自分の胸の内を曝け出した。
職場で起きた事、義父の事、これまで家族の――母と朔太郎の為に生きてきたが、これからは自分の為だけに生きていきたい事、我慢していた事を全て。
「翔は朔の事も母親の事も好きで、それまでは家族の為に働き、喜ぶ顔が見たくて色々として来たが、『もうこれからは自分の為に生きたい、義父と別れない母親にもいい加減嫌気が差したから実家とも縁を切りたい、金も無いから苦労かけるかもしれないが、朔太郎も同じ気持ちなら俺と暮らして欲しい』そう話してな、それを聞いた朔は言ったんだ。『それなら、俺はこの鬼龍組で兄貴を支える』って」
母親の事は見限っても、大好きで大切な弟の朔太郎は放っておけず、もう一度心を入れ替えてやり直すから自分と暮らして欲しいと翔太郎が朔太郎に頼むと、朔太郎は鬼龍組に入って翔太郎を支えたいと言った。