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「私・・・別れる選択しかなかったです。正直どうしようもないなって。私がどう頑張ってもこればっかりはどうにもならないし諦めるしかないなって」
「そうでしょうね。実際こんな状況になれば誰だって諦めようとすると思います」
「正直、自分の幸せの為に誰かを犠牲にするのが目に見えてる選択をするのは、辛いです・・。もう少し若ければそんな無茶も出来たかもですけどね」
「樹が言った通りですね」
「え・・・?」
「あなたは自分の幸せより人の幸せを優先する人だと。そして自分の魅力に全然気付かずなぜか自信を持てない人だと。だからいくら自分が気持ちを伝えたとしても、簡単には首を縦に振らないだろうし、なかなか説得出来ないだろうと、あの樹まで自信を失くしていました」
「樹が・・そんなことを・・」
「このままお互い納得しないまま別れてしまって、それで本当にいいんですか?」
神崎さんが冷静に核心をついてくる。
すれ違ったあの日から、もう誤解したまま樹と離れるのは嫌で信じようと決心したはずだったのに。
また同じ境遇に立たされると、結局迷ってしまう自分がいる。
でもきっとこれは一人で答えを出しちゃいけない気がして。
「この先どうなるかはわからないけど。でも、二人で話し合えば、お互い納得する選択が出来るということでしょうか・・・」
樹と話し合った結果、それによって、この先一緒にいることが出来るのか、離れてしまうのかはわからないけれど。
でも、樹とこのタイミングで出会ったことは、何か意味がある気がして。
小さな欠片ほどの、わずかなほんの少しの可能性がもしあるのだとしたら。
やっぱりそれを信じたいと、素直にそう思った。
「それは二人の気持ち次第です」
「・・・そう、ですね。樹とちゃんと話し合ってお互いが納得出来る答えを見つけます」
「後悔なきよう」
「はい。いろいろとありがとうございます。二人のことなのにここまで気にかけて下さって。でも、樹と会う前に神崎さんにちゃんとお話聞けてよかったです。少し気持ちが落ち着きました」
「ならよかったです」
「ちゃんと話聞けてなかったら、また冷静になれずに別れる方向に気持ち持っていってたかもしれないです」
「答えは樹とちゃんと話し合ってお互い納得いく形で出してください。そして樹の気持ちもちゃんと聞いて信じてやってください」
「はい。でも、なんか意外です。神崎さんの立場なら、普通私の存在が邪魔なはずなのに。別れさせられてもおかしくないのに逆に背中押してくれるなんて」
「まぁ私の立場上、会社の秘書という形では、あなたと樹を別れさせたいと思うのが普通ですが・・・。でも、会社関係なく樹に対しては兄のような気持ちになってしまう所もある。アイツのことはやっぱり心配して気にかけてしまうし、幸せになってほしいと願ってますから」
「そんな神崎さんだから、樹も信頼して心から慕っているんですね。樹にとっても神崎さんは特別な存在なんだなって樹と話してて感じました」
だから私も神崎さんには素直に話せるのかもしれない。
樹が心から信頼してる人なら、樹と私の気持ちもなんかわかってもらえそうな気がして。
「樹との歴史は望月さんよりも随分長いですからね。とりあえず私としても、樹の一番いいモチベーションを保つためには、あなたと別れずに会社も立ち直れる方法を選べるのが理想です。実際どの道も選択は一つじゃありません」
「確かに。選択は一つだけと決めつける必要ないですよね」
「樹は、きっとあなたの為に・・いえ、二人にとっての最適な方法を見つけ出すはずです」
「はい・・・」
「何かあればまた仰ってください。私に出来ることなら力になりますので」
「ありがとうございます」
どこまでも神崎さんは紳士で優しくて、樹の頼もしい味方だ。
「あっ、すいません。神崎さんお忙しいのにお時間作ってもらっちゃって」
「いえ。もう大丈夫ですか?」
「はい。大丈夫です」
「ならよかった」
「はい。では、仕事戻りますね」
「残業頑張ってください」
「ありがとうこざいます。お邪魔しました。失礼します」
そう言って、社長室を後にした。
その後、一人部署に残って残業しながらも、今日あった出来事がやっぱり頭に浮かんで来て、なかなか仕事が進まない。
麻弥ちゃんから報告されて、その後神崎さんに相談。
ここまでほんの少しの時間のはずなのに、どの時間も自分にとっては重くて長くて心にズシッと覆いかぶさる。
だけど、神崎さんに話を聞いてもらえたことで、一瞬立ち込めていた霧が晴れたようなそんな感覚になれた。
どん底まで落ちていた私の気持ちを軽くヒョイッと引き上げてくれたような、地上まで救い上げてくれたような、そんな楽な気持ちにさせてくれた。
神崎さんはどこまでも樹の味方で、そして私を責めることもなく、それどころかこれからの二人を応援してくれる。
そんな状況で、つい自分も淡い期待をしてしまいそうになる。
もしかしたら、樹と一緒にいられる方法があるのかもと。
本当はまだ気持ちの整理もついてないし、決心も出来きれてない。
だからまだ樹に会ったとしても、自分の気持ちをどう伝えていいかもわからないし、どういう選択をすればいいのかもわからない。
だけどきっと樹へ会う時間を後に延ばしたとしても、きっと現状は何も変わらなくて。
ただ自分の気持ちが今以上にどうしていいかわからなくなるだけ。
樹への気持ちもきっとこのまま変わらない。
それどころかきっと今以上樹が恋しくなる。
そんな状態で時間だけが過ぎていったとしても、きっと何の解決にもならない。
ただ、私が樹から、認めたくない現実から、逃げてるだけだ。
所詮悩む時間が、悶々とする時間がただ長くなるだけなら、少しでも樹を今までのようにただ好きでいられる時間が長い方がいい。
例えそれが一緒にいられなくなったとしても。
例え樹が誰か別の人のモノになったとしても。
例え私だけが樹を好きでい続けたとしても。
今こんな風に樹に対する気持ちも揺れて不安になるなら、私はどんな形でもただ自分の気持ちに素直になって、樹を好きでいられる方がいい。
そして・・もうそういうの全部取っ払って。
ただ、今は。
素直に、樹に・・会いたい。
自分の今の気持ちを正直に認めたら、いてもたってもいられなくて。
携帯を取り出して、樹にメッセージを送る。
たった一言。
『会いたい』
その素直な気持ちだけを。
とはいうモノの、私もまだ残業の途中なワケで。
樹も会議中らしいし、今すぐどうこうって出来るワケじゃないけど。
現に樹はずっと忙しくしてるから、話し合いって言ったって、樹の時間がいつどれくらい取れるのかもわからない。
だけど、私はまだ幸せな方なのかも。
同じ会社でお互い頑張れてるのだから。
何をしてるかわからない人でもないし、自分が頑張るその先には、きっと樹に繋がっている。
うん。むしろ自分が頑張ることで樹の力になれるってすごくない?
彼女としてはこんな幸せなことないよね。
どんな彼女よりモチベーション上がるってやつよね。
・・・まぁ、もうすぐその彼女でもなくなるかもしれないけど・・・。
でも、どんな結果になるにしろ理不尽な理由でも納得出来ない理由でもなく、きっと私はその結果をちゃんと受け入れられる気がする。
どちらの結果にしても、きっと樹の為になることだから。
私の存在はどんな形でも樹の力になれる。
ここまでの人生の中で、そんなこと考えたこともなかった。
前の恋愛が終わった時だって、自分を責めることしか出来なかった。
自分の存在価値を見出せなかった。
誰の大切な存在にも、力になれることも出来ない人間なのだと思っていた。
だから、それからがむしゃらに仕事を頑張り続けた。
仕事上での存在だけでも、せめてそこだけは自分を必要とされる場所を作りたかった。
自分を必要としてくれる場所ならどこでもよかった。
だけど・・・。
樹と出会ってからその場所はどこでもいいワケじゃないとわかった。
今は樹が自分を必要としてくれるから、どこにいてもどんな場所でも特別になる。
樹が必要としてくれれば、どこにいてもそれは自分にとって意味ある場所になる。
どこにいたって樹の力になることは出来る。
自分にしか出来ないその役割。
樹の為にそれが出来るのなら、自分が存在している意味も特別なモノへと変わる。
例えそれは一緒にいられることがその答えだとは限らない。
例え自分が身を引くことになっても、それが樹の力になるのなら、樹の幸せに繋がるのなら、案外自分の人生も悪くないと思える気がする。
そんな風に自分の今までの人生の価値観も自分の存在価値も、意味あるモノだと思わせてくれたのは、全部樹のおかげだ。
どんな形でも本当に好きになった人の力になれることで、その人だけでなく自分も支えられて前を向いて進んで行ける。
大切な人の力になりたい。
それが今の私の答えだ。