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それから数日、冬星とは会っていない。
連絡も、していない。
最後に言い合ったまま、途切れている。
──なのに。
音だけが、頭から離れなかった。
スタジオに一人で入る。
アンプのスイッチを入れて、ベースを構える。
低音が、静かに鳴る。
(……違う)
すぐに分かる。
音が軽い。
支えがないみたいに、不安定で。
あの日まで当たり前にあったものが、綺麗に抜け落ちている。
琉夏「……っは」
小さく笑う。
笑える状況じゃないのに。
適当にフレーズをなぞる。
歌も乗せてみる。
形にはなる。
むしろ、前より“ちゃんとした音”かもしれない。
でも。
琉夏「……つまんねえ」
ぽつりと落ちる。
言った瞬間、やけに静かになる。
どこにも引っかからない。
何も、残らない。
あのときみたいに、音に引っ張られる感覚がない。
(……なんだよ、これ)
苛立ちが、じわじわと広がる。
ベースの弦を強く弾く。
音が、虚しく響くだけだった。
別の日。
知り合いのバンドに、サポートで入ることになった。
「ちょっと弾けるやつ探しててさ」
軽いノリだった。
ちょうどよかった。
──冬星じゃなくても、できるって証明するには。
スタジオに入る。
ドラム、ギター、ボーカル。
ちゃんとした編成。
ちゃんとした曲。
リハーサルが始まる。
クリックに合わせて、正確に音を重ねる。
ズレない。
外さない。
綺麗に揃う。
「いいね、安定してる」
誰かが言う。
その言葉に、少しだけ頷く。
(……これでいい)
そう思うはずなのに。
音を出すたびに、違和感が増えていく。
何も、引っかからない。
どこにも、沈まない。
ただ、流れていくだけ。
曲が終わる。
「今の感じでいこうか」
誰かが言う。
琉夏は、ベースを握ったまま。
動けなかった。
琉夏「……ごめん」
気づけば、口にしていた。
「え?」
琉夏「やっぱ、無理だわ」
空気が止まる。
理由なんて、説明できない。
でも。
琉夏「これじゃ、足りねえ」
それだけ言って、スタジオを出た。
夜の街を、当てもなく歩く。
イヤホンもつけずに。
音がないのに、うるさい。
頭の中で、勝手に鳴る。
あのギター。
あの歪み。
あの、引っ張られる感覚。
(……最悪だ)
立ち止まる。
どうしようもなく、分かってしまう。
——冬星じゃないと、ダメだ。
それが、どれだけ不自由でも。
どれだけ間違っていても。
もう、知ってしまっている。
琉夏「……っくそ」
小さく吐き出す。
認めたくないのに。
認めるしかない。
その頃。
冬星もまた、一人でスタジオにいた。
ギターを構えて、適当に弾く。
コードを鳴らす。
外す。
歪ませる。
──成立しない。
音が、どこにも落ちない。
いつもなら、勝手に重なってくるはずの低音がない。
隙間が、広すぎる。
冬星「……つまんね」
ぽつりと呟く。
興味をなくしたみたいに、手を止める。
でも。
すぐにまた弾き始める。
何度も、何度も。
同じフレーズを繰り返す。
少しだけ、変える。
でも。
違う。
どれも、違う。
(……なんでだよ)
小さく眉を寄せる。
初めてだった。
こんなに音が、しっくりこないのは。
冬星「……っは」
自嘲気味に笑う。
答えなんて、分かっている。
──琉夏がいないからだ。
それ以上でも、それ以下でもない。
でも。
それを認めるのは、少しだけ面倒だった。
ギターを下ろす。
壁にもたれて、天井を見る。
静かな空間。
音がない。
そのはずなのに。
耳の奥で、勝手に鳴る。
あのベース。
あの声。
(……うるさい)
目を閉じる。
消えない。
むしろ、はっきりする。
夜。
偶然みたいに、同じ道を歩いていた。
いや、偶然じゃないのかもしれない。
よく通る道。
よく使う帰り道。
でも。
こんなタイミングで、会うなんて。
足が止まる。
数メートル先。
冬星が立っていた。
同じように、足を止めている。
沈黙。
何も言わないまま、時間だけが流れる。
先に口を開いたのは──
琉夏「……弾いてた?」
どうでもいい質問。
でも、それしか出てこなかった。
冬星「……まあ」
短い返事。
それだけで、十分だった。
分かってしまう。
琉夏「……つまんなかっただろ」
半分、確信で言う。
冬星が、少しだけ目を細める。
冬星「そっちは」
問い返される。
逃げられない。
少しだけ、視線を逸らしてから。
琉夏「……無理だった」
正直に言う。
それ以上、言い訳はできなかった。
沈黙。
でも、不思議と気まずくはない。
むしろ。
少しだけ、楽だった。
冬星が、一歩だけ近づく。
冬星「……やる?」
短い問い。
それだけでいい。
答えなんて、決まってる。
琉夏「……やる」
即答。
迷いなんて、なかった。
スタジオに入る。
言葉も、打ち合わせもない。
ただ、楽器を構える。
次の瞬間。
音が鳴る。
ギターが、外れる。
ベースが、揺れる。
声が、乗る。
──ああ。
一瞬で、戻る。
あの感覚。
ぶつかって、歪んで、でも繋がる音。
何も考えなくても、成立する。
むしろ、考えない方がいい。
音が、深く沈んでいく。
抜け出せない。
終わる。
息が、少し乱れる。
沈黙。
でも、今度の沈黙は──
ちゃんと、満たされている。
琉夏「……やっぱ、これだな」
小さく笑う。
冬星も、少しだけ息を吐く。
冬星「だな」
それだけ。
それだけで、十分だった。
──分かってしまったから。
離れた方がいいって。
このままじゃダメだって。
それでも。
この音を、手放せない。
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