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お姉ちゃんの涙
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クリスマスをあと数日後に控えたある日、その事件は起きた。
「おい、時透!」
「何だよ?」
掃除の時間。同じクラスの、性悪で有名な男が今日も意地の悪い笑顔を浮かべて話し掛けてきた。
「お前の姉ちゃん、血が繋がってないんだってな!」
「だったら何だよ」
何が言いたい?
俺は苛々を隠すこともせず顔と声色で表す。
「血も繋がらない義理の家族に囲まれて、さぞかし居心地悪いだろうなあ〜!」
「…は??」
俺たちのやり取りを、同じ掃除場所担当のクラスメートがオロオロした表情で眺めている。
「ねえ、あたし知ってる!商店街にある、八百屋さんの隣のケーキ屋さん!あそこで“時透”って名札つけた女の人が働いてるの。時透たちのお姉ちゃんでしょ?」
同じく性悪で空気の読めない馬鹿女が乱入してきた。
「そうそう、俺も見たぜ!にっこにこしてて気持ち悪いよな!」
接客業だぞ。にこにこしていて何が悪いんだ。
「“私可愛いです”オーラがウザいよな。結構頻繁にシフト入ってるみたいだし、“血の繋がらない家族の為に稼がなくちゃ!可愛くて可哀想な私”って感じ」
何を言ってるんだ、こいつは。
どういうイチャモンのつけ方だよ。
くだらない。相手にするだけ無駄だ。
俺は性悪たちの言葉を無視して竹箒で落ち葉を掃く。
「あの笑顔って嘘くさいよね。ああいう、いつもにこにこしてる人って大抵裏でヤバいことしてるんだから」
尚も続ける馬鹿女。
「そうそう。あの顔でオジサンに色仕掛けして、パパ活でもしてるんじゃね?それか、笑顔しか出せないようにプログラミングされたサイボーグなんじゃねえの?」
「それ言えてる。テレビに投稿したら取材来るんじゃない?“パパ活の傍らケーキ屋で働くニセモノの笑顔を貼り付けたサイボーグ”って」
「いいな、それ!」
ケタケタと耳障りな笑い声が響く。
「…おい、いい加減にしろよ」
俺は我慢できなくなり、真正面から2人を睨みつける。
「おっ?何だよシスコン」
「時透たちも可哀想。サイボーグに心を操られてるんだよ」
ギリリ…
竹箒を握り締める。
相手にするな。こんな馬鹿共の言動に耳を貸すな。
俺の反応を見て面白がってるだけなんだから。
そうは思っても。でも…でも!!
お姉ちゃんのことをこんなふうに悪く言われるのは耐えられない!!
何がサイボーグだ!何がニセモノの笑顔だ!何が私可愛いですオーラだ!
なんにも知らないくせに!
お姉ちゃんがどれだけ優しいか、どんなつらい思いをしてきたか!
確かにお姉ちゃんはいつだって笑顔だ。思い返せば怒った顔も泣いた顔も見たことがない。
でもそれはつらい経験をしてきたからこそ出せる優しさと、明るく振る舞う強さじゃないのか?
それを“気持ち悪い”だと?ふざけるなよ。
“可愛くて可哀想”だと?馬鹿にするな!
「ねえ、無視?何とか言ったら?」
「あ~、違う違う。全部当たってて何も言えねえんだよ!」
もう我慢できない。
暴力はいけないって分かってるけど。だめだ。もう耐えられない!
俺は竹箒を逆さまに持ち直して振りかざした。
その時。
バシャーーッ!!
「うわっ!?」
「ぎゃっ!?」
!?何が起こったんだ?
目の前の性悪たちは全身ずぶ濡れになっている。
周りの奴らもぎょっとしたように目を見開いてこっちを見ている。
「いい加減にしろ!!僕らのお姉ちゃんを侮辱するな!!」
声のするほうを見上げると、無一郎が2階から顔を出して叫んでいた。その手にはひっくり返ったバケツ。
無一郎は窓から近くの木に飛び移り、軽々と枝を伝って俺たちのいる場所に着地した。猿かよ。
「時透弟!何しやがる!」
「つめたーい!!しかもこれ雑巾洗った汚い水じゃん!くっさ!最悪!!!」
「パンツまでびしょびしょじゃねえかクソ野郎!!」
ずぶ濡れ性悪馬鹿共が無一郎を睨みつけて喚く。
「お前らが大声で人の家族の悪口言うからだ!お姉ちゃんのことなんにも知らないくせに!もいっぺん言ってみろ!鬼舞辻沼に沈めてやる!!」
普段温厚な無一郎が青筋立てて怒鳴る。
鬼舞辻沼とは、学校の敷地の隣にある、底なしと噂される沼だ。
「何だとシスコン!!」
「そうよそうよ!あんたたちはただのシスコンってヤツなのよ!!」
性懲りもなく喚き散らかす2人。
「シスコンで何が悪い!僕たちそれぞれの悪口には目を瞑ってやるけど、お姉ちゃんを…家族を侮辱する奴は許さない!!」
無一郎が俺の箒を奪い取り、剣道の竹刀のように構えて性悪共に向ける。
「こらーっ!お前ら何してるんだ!!」
厳しいことで有名な体育の先生が走ってきて俺たち間に割って入り、竹箒を取り上げる。
無一郎が更に手を上げる前に防がれた。
雑巾水でずぶ濡れの2人は保健室に連れて行かれ、俺と無一郎は職員室に連行された。
その場にいた他の奴らも先生たちから事情を聞かれ、起こったことの詳細が全職員に共有された。
まずは突然悪口を言ってきたあいつらが悪い。でも2階からバケツの水をぶっかけたり箒で攻撃しようとしたこっちも悪い、とお説教を受けた。
家に帰ると、学校から連絡を受けた両親が怒った顔で僕たちを出迎えた。
今日、父さんは夜勤明けで家にいて、母さんは仕事が休みの日だった。
「先生から聞いたぞ。無一郎、有一郎、何てことしたんだ」
「あいつらがお姉ちゃんの悪口言うからだ!なんにも知らないくせに!」
「そうだよ!確かに水掛けたのは悪いけど、根も葉もないこと言ってお姉ちゃんのこと侮辱したのはあいつらのほうだ!!」
父さんに反論する兄さんと僕。
「2人とも、黙りなさい」
普段優しい母さんまで眉間に皺を寄せて怖い顔をしている。
「どんな事情があっても、今日したことは許されることじゃないわ。……それにね、くだらない相手の攻撃に、まんまと乗せられるあなたたちも同レベルってことになるのよ」
それは屈辱だ。
「…だって……悔しかったんだ…」
隣で兄さんが声を震わせる。
「あんなに優しくて頑張り屋のお姉ちゃんを悪く言われて…サイボーグだのパパ活だの気持ち悪いだの、好き勝手言いやがって……!」
兄さんの言葉に、両親が怪訝な顔をする。
「…そんなこと言われたのか?」
こくん、と無言で兄さんが頷く。
膝の上で握り締めた拳に、ぽたぽたと涙が零れ落ちた。
父さんと母さんが顔を見合わせる。
どんな悪口を言われたか、その内容までは伝わっていなかったのだろう。
「…僕も聞いたよ。確かにそう言ってた。2階にいる僕にもはっきり聞こえるくらい、おっきな声で悪口言ってたんだ」
僕はあの時のやり取りの全てを話す。
怒りが蘇って、悔しさと悲しさに涙が滲んでくる。
父さんも母さんも、怒りに顔を歪ませた。
そして、静かに口を開く。
「2人とも、覚えておきなさい。世の中には自分の知らないことを勝手に想像して心無い言葉を浴びせてくる人がいることを。でもその人たちと同じ土俵に立つのはやめなさい。どんなに理不尽なことを言われても、手を上げてはこちらが悪くなる。反撃するなら毅然とした態度で、きちんと言葉で伝えなさい」
父さんの言うことがずしりと胸に響く。
「……苺歌のことを悪く言われて悔しいのは痛いほど分かるわ。…今回みたいに手を上げてしまったのはよくないけど、2人が大好きなお姉ちゃんを守ろうとしたのはとても立派なことよ」
いつもの優しい表情に戻った母さん。目を潤ませてにっこり微笑んでいる。
「…うぅっ……」
「……ひっく………」
僕たちは服の袖やティッシュで涙を拭った。
プルルルルルル
電話が鳴り響いた。
父さんが立ち上がり、受話器を取る。
「はい、時透です。…ああ、店長さん。いつもお世話に…え…?苺歌が!?……はい、…はい」
父さんの声に焦りの色が表れる。
母さんも僕も有一郎も何事かと身体を強張らせて父さんを見つめる。
「…はい、はい……。…分かりました。すぐ伺います!」
父さんが受話器を置く。
「どうしたの?」
心配そうにたずねる母さん。
「苺歌が大変なんだ。ちょっと迎えに行ってくる」
「え!?お姉ちゃんどうしたの?」
「何が大変なの?ねえ、父さん!」
ちゃんと事情を説明してくれない父さんに縋り付く。
「苺歌が過呼吸を起こしたって。詳しいことは後で話すから。母さん、一緒に来てくれ!車の中で説明する!」
「わ…分かったわ!……有一郎、無一郎。お留守番お願いね!」
2人はコートを羽織ってバタバタと慌ただしく家を出て行った。
過呼吸…って……。ものすごくきついって聞いたことある。
「…お姉ちゃん…大丈夫かな……」
「大丈夫じゃないから連絡が来たんだろ。……ごはん作っとくぞ。3人が帰ってきたらあったかいの食べさせてあげなくちゃ」
「……そうだね。僕も手伝う」
兄さんも冷静に言ってはいるけれど、動揺しているのか唇がカサカサに乾いていた。
2人で夕食を作り終えた時、3人が帰ってきた。
「おかえり!」
「父さん、母さん!お姉ちゃんは!?」
急いで玄関に行くと、母さんがお姉ちゃんの荷物を持って、父さんがお姉ちゃんを抱きかかえて家の中に入ってきた。
「…お…お姉ちゃん……?」
父さんの腕の中で、お姉ちゃんは真っ青な顔でぐったりしている。
「あなた。とりあえず苺歌をあったかいところに」
「うん、そうだな。有一郎、無一郎。どっちかでいいから毛布を持ってきてくれないか?」
「わかった!」
弾かれたように兄さんが2階に駆けていって、すぐに自分の毛布を抱えて戻ってきた。
父さんがそっと、お姉ちゃんをソファに横たえる。
「…ねえ、何があったの?」
僕の質問に、父さんが口を開いた。
「ケーキ屋の店長さんが現場を目撃した他のバイトの子から聞いたのは、苺歌が店の外でお客さんの呼び込みをしていた時に、通りすがりの大人の男同士がぶつかってどっちが悪いかで喧嘩になったらしくて」
話しながら、お姉ちゃんに毛布を掛けて頭を撫でる父さん。
「ヒートアップした2人が揉み合いになって、片方が拳を振り上げたのを見て苺歌が悲鳴をあげたそうなんだ」
僕たちは黙って話を聞いている。
「……迎えに行った時は過呼吸はおさまっていたんだけど、身体の震えが止まらなくて。頭を守るように両腕で覆って、“ごめんなさい、ごめんなさい、どうか殴らないで、いい子にしますから、痛いことしないでください、お願いします”って繰り返してた」
母さんの言葉にハッとする。
前に兄さんから聞いたことある。お姉ちゃんは小さい頃に虐待を受けてたって。
「…母さん、それってもしかして……」
兄さんが言いかけた言葉のその先と、母さんも同じことを考えていたのだろう。
「ええ。…多分、小さい時に虐待を受けてた時のつらい記憶がフラッシュバックしたんじゃないかしら……」
「フラッシュバック?」
僕が聞き返すと、父さんが答えてくれた。
「過去のつらい経験が、まるで“今この瞬間に”起こっているかのように突然、鮮明に蘇る現象のことだよ。……多分苺歌は、喧嘩して相手を殴ろうとした大人を見たのがトリガーになって、施設に入る前にいた家庭でのつらい経験を思い出してしまったんだ…」
お姉ちゃん…どんなに怖かっただろう。
食べ物も飲み物も満足に与えてもらえなくて、大の大人に力いっぱい殴られて、心無い言葉を浴びせられて。
そんなのトラウマ確定だよ。
思い出して過呼吸を起こしたって仕方ない。
『…ぅ………』
お姉ちゃんが小さく声をあげた。
「苺歌」
「お姉ちゃんっ!」
お姉ちゃんが重たそうに瞼を開く。
『……ぁ…お父さん…お母さん…ゆうくん…むいくん……』
「苺歌…気分はどう?………怖かったわね…」
ゆっくりと身体を起こすお姉ちゃんと、その手を握る母さん。
『……大丈夫よ。心配かけてごめんなさい。お店のみんなにも迷惑掛けちゃった……。お父さんにもお母さんにも迎えに来てもらっちゃって…せっかくおうちでゆっくりしてたのに、ごめんね 』
お姉ちゃんはまだ青い顔で微笑んだ。でも無理して笑っているのが分かる。
「…苺歌。つらい時は無理に笑わなくていいんだよ」
「そうよ。迷惑だなんて思ってないわ。むしろもっと困らせてくれたっていいのよ」
「君は今まで、一度も我儘を言わなかったね。…たくさん我慢をしているんだろうと思ってはいたよ……」
父さんと母さんの言葉に、お姉ちゃんが俯く。
『…ごめんなさい。……癖になっちゃってたの。“手のかからない良い子”でいようとするのが。…施設に行く前にいた家では、泣いたり大きな声を出すと殴られるし、蹴られるし、風邪を引いたら納屋に閉じ込められて、お皿を割ったり何かを零したり粗相をすると、首を絞められたり髪を掴んで引き摺り回されたりしたの…』
酷い。そんな酷いことができる人間がいるなんて。
『だから私…親戚の家にいた時も施設に入ってからも、“良い子”でいようとした。物を扱う時には細心の注意を払って、言われたことをひたすらにこなして。…学校の勉強は分からないところがあったらすぐ先生に聞きに行ったし、スポーツは上手な子からコツを教えてもらって練習した。…人からの頼まれ事も極力断らずに引き受けるようにして……』
勉強ができてスポーツもできて。優しくて。
何でもそつなくこなすお姉ちゃん。
そう思っていたけど違った。
僕たちの知らないところでたくさん努力して我慢してきたんだ。
「…安全な施設に入ってからもそうやって完璧でいようとしたのはなんで…?」
僕の問いに、お姉ちゃんが涙を浮かべる。
『……嫌われたくなかったの。必要とされたかったの。…誰かの憧れでありたかったの。……大事な人たちに、私を好きでいてもらいたかったの』
伏せた瞼から透明な雫が流れた。
睫毛を濡らし、頬を伝い、母さんに握られた手の上に落ちる。
初めて見る、お姉ちゃんの泣き顔。
泣いているせいか、お姉ちゃんの身体が普段よりひと回りもふた回りも小さく見える。
胸がぎゅっと締めつけられるように苦しくなって、僕の目からも涙が溢れた。
隣では兄さんも大粒の涙を流している。
「…お姉ちゃんは…うちにいるの、居心地悪い……?」
『えっ…?』
今度は有一郎がお姉ちゃんにたずねた。
「…同級生に言われたんだ……。“血の繋がらない義理の家族に囲まれて、さぞかし居心地悪いだろうな”って……」
言いながら、兄さんの目から止め処なく涙が零れ落ちる。
前に兄さんからお姉ちゃんの過去を聞いた時の話では、お姉ちゃんはこの家にきてとても幸せだと言ってくれたらしい。
その言葉を何の疑いも持たず信じていた。今までもこれからも信じていたい。
でも、それが本当は違ったら…?
『…居心地悪いなんて思ったこと、一度もないよ。……ゆうくんには話したことあるけど、私、このおうちに来たこと、後悔なんてしたことない。…毎日がとっても幸せで…時透家の一員になれたこと、すごく嬉しいって思ってるんだから…』
声を震わせながらお姉ちゃんが言う。
よかった。本当にそう思ってくれていたんだ。
「……苺歌は学校の成績もよくて、誰にでも分け隔てなく優しくて、家族を大事にしてくれて。ご近所さんからも“素敵なお嬢さんですね”って言ってもらって鼻が高いわ。私たちの自慢の娘よ」
「その通りだよ。…ただ…、僕たちは君がこの家に来てから一度も、君の怒った顔や泣いた顔を見たことがなかった。いつだって笑顔でいてくれたから……」
父さんと母さんの言葉を、お姉ちゃんは涙を流しながら聞いている。
「そんな苺歌がどれだけ、過去に経験したつらい出来事や記憶を押し殺してきたか…それがどんなに大変なことか……。気付いてあげられなかった。僕たちが、君が心の奥深い場所に負った傷にもっと早く気付けていれば、今回みたいに小さい頃の記憶がフラッシュバックすることも未然に防げたかもしれないのに。……ごめんね、苺歌」
『…っ…違うの、お父さん……。みんなはなんにも悪くないの…。私が勝手に“良い子”の鎧を纏ってただけなの……。ごめんなさい…』
謝る父さんを、お姉ちゃんが必死に否定する。
母さんも泣いている。
「…苺歌は…“良い子”でいようとするのは、つらくはなかったの?」
『……正直、時々つらかった。私にとっては我慢するのは当たり前で。…常に笑顔を絶やさないようにしなくちゃ、お勉強もスポーツもちゃんとできなくちゃ、誰にでも優しくできなくちゃ、っていつも考えてて……』
お姉ちゃんはポケットから取り出したハンカチで涙を拭っている。
そしてまた言葉を紡ぐ。
『後々勉強して気付いたことがあったの。…“良い子の苺歌”は、私が自分で自分自身を守る為に作り出した人格なんだって。理想的で模範的な、非の打ち所のない優等生のキャラクター……。そうしないと、あの頃の私は自分を保てなかったんだと思う…』
自分を守る為に……。
そこまでしないと耐えられないくらい、お姉ちゃんはギリギリの精神状態だったのか。
「…僕は…っ…僕たちは、どんなお姉ちゃんも好きだよ!」
「そうだよ!優しくて料理も上手で頭もいい“理想の”お姉ちゃんも大好きだけど、ちょっとくらい欠点や短所があっても俺たちはお姉ちゃんのこと、嫌いになんかならないよ!」
僕に続いて兄さんも泣きながら言葉を投げかける。
『…ありがとう。…さっき話したこととちょっと矛盾するかもしれないけど…、このおうちに来て、我慢することとかつらい思いをすることは殆どなかったの。とても心が安らいで、“良い子の苺歌”でいるのが当たり前な自分でさえ、時透家のみんなと過ごす時間を幸せだって心から思ってた』
涙で目の前のお姉ちゃんの顔がぼやける。
鼻が詰まって息もしづらい。
「…苺歌。もっと我儘を言っていいんだよ。怒っていいし、泣いていいし、反抗したっていいし…完璧な“良い子”じゃなくたっていいんだよ」
「そうよ。どんなあなたも、私たちは心から愛しているわ」
『……っ…うっ…』
父さんと母さんがお姉ちゃんを優しく抱き締めた。
小さな嗚咽と共にお姉ちゃんの目から再びぽろぽろと涙が零れて、白い頬にいくつもの筋を描きながら流れ落ちていく。
お姉ちゃんも2人の身体に腕をまわして服を握り締める。
兄さんと僕はティッシュで涙を拭いて、勢いよく鼻をかむ。
ぶびびびび……
鼻をかむすごい音が2人分、リビングに響いて、今まで泣いていたお姉ちゃんがふっと笑顔を浮かべた。
『…ふふふっ……ゆうくんもむいくんも、鼻をかむタイミングやそのやり方まで同じなんだね』
「!…まあね、双子だから 」
謎のドヤ顔を披露する有一郎。
それが可笑しくて、お姉ちゃんも僕も笑ってしまった。
父さんと母さんがお姉ちゃんの身体を離す。
入れ替わるように今度は僕と有一郎がお姉ちゃんを抱き締める。
お姉ちゃんもきゅっと僕らを抱き締め返してくれた。
『お父さん、お母さん、ゆうくん、むいくん。ありがとう。だいすき』
お姉ちゃんが、まだ涙の残った瞳でにっこり笑った。
もう、さっきみたいに無理した笑顔ではなかった。
ぐぎょろろろ……
ごごおぉぉぉ〜…
僕と兄さんのお腹が同時に鳴る。
「…ははっ、2人には敵わないなあ」
「ごはんにしましょうか」
『うん。お腹空いちゃった』
両親とお姉ちゃんが笑う。
「僕たち2人でごはん作ったよ!」
「温め直してくる!」
『ありがとう。私も手伝う!』
涙を拭いて、3人でキッチンに向かった。
初めて兄さんと2人で作った晩ごはん。
父さんも母さんもお姉ちゃんもすごく喜んでくれた。
我ながら、美味しくできて僕たちも満足だった。
つづく