〈ストーリー〉
天気は晴れ、澄みきった青空が気持ちいい。
なのに今日はやけに向かい風が強い。羽織った上着が、バタバタと音を立ててはためく。
一生懸命ペダルを漕いでいるけれど、だんだんと足が疲れてきた。
ここから少し行ったら、横にそれる小道がある。ちょうど風を凌げそうだ。
でも近道ではないから、時間には間に合わないかもしれない。
もっと早く出かけていれば、と後悔した。
きっと君は不機嫌だ。時間にはうるさいから。
言い訳を探しながら、待ち合わせ場所へと向かう。
小道を抜けると、古いタバコ屋さんが見える。そこを曲がったら、赤い屋根の家。
そして隣の家で飼われている大きな犬が吼えてくる。別に僕は悪いことなんかしていないのに、番犬よろしく追い払おうとする。
その鳴き声を合図に、君が通りに面した窓から顔を出して笑っている。それがいつも。
でも今日は窓に君の姿がない。やっぱり怒らせちゃったかな、と思案していると、「遅いよ」と玄関から飛び出してきた。
「ごめん、ちょっと向かい風が強くて進めなくてさ」
何それ、とむくれるがその目はどこか楽しげだ。
よかった、そんなに怒っていないかな。
庭に置いてあった自転車にまたがり、「早く行くよ」
僕より先に走り出した。
なぜか今度は、風が背中を押してくれる。言い訳が嘘になってしまうじゃないか。
先を行く君はかなり速い。「待ってくれよ!」って言いたいけど、待たせたほうだからな。
前に行っても、きっと追い越される。着くまではこのままで居よう。
でもやっぱり怒っていて、僕を置いていこうとしているんじゃないかと不安になった。
通りすがりの車に乗る人には、きっと変な2人組に見えているだろう。びゅんびゅんとペダルを漕いで追いかけっこをしているんだから。
でも追い風に乗ると、自転車はどんどん加速していく。開いていた君との間も埋まっていく。
僕はいっそう足に力を込めた。
けっこう走ってきたけれど、目の前にはまだ急な坂がある。
そこを登りきったら、青影トンネルだ。
車の排気ガスの匂いを我慢すれば、光が見えてくる。
トンネルを出ると視界が一気に開けて、目指す海が。
瀬戸内海だ。僕の好きな海。君も好きな海。
今日は空も晴れているし、水面もその明るい太陽と青を反射してキラキラと輝いている。特別綺麗な日だ。
君の機嫌が直ればいいな、と願う。
終わり
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