コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
◻︎離婚へ
桃子との逢瀬を堪能していたら、思ったより遅くなった。タクシーで家に帰ったらまだ愛美は起きていた。
遅くなると言っていたのに、なんだか押し付けがましいと感じて冷たく接してしまう。“私はあなたを支えています”そんな態度がこっちの負担になっていることなんて、きっと思いもよらないのだろう。よく言えば良妻賢母なのだろうが、女としては面白みがない。
そこに娘の絵麻が起きていて、宿題がどうとか言ってきた。
溜まっていたイライラが、抑えられなくなってしまい絵麻に当たってしまった。しまったと思ったけど、もう遅い。絵麻は愛美に慰めてもらっているのを見て、これでいいと密かに思った。子どもたちは愛美に引き取ってもらわないと困るからだ。
桃子との甘い結婚生活には、邪魔になるだけだから。娘は可愛いが、それだけのことだ。養育費は十分に払おうと決めている。それが父親としてせめてもの役割だろうから。
ごちゃごちゃと言い合った後、この家にはいたくないと本音を漏らしたら、愛美の顔色が変わった。
___離婚を切り出してくるか?
妻から離婚を切り出してくれば、離婚の条件がこちら側の有利になるだろう。桃子のことがバレない限り、夫婦間の問題だけで離婚にすることができる。
そう、ほくそ笑んでいたのに、その夜は、愛美は離婚を切り出しては来なかった。
◇◇◇◇◇
次の朝。
「昨夜はごめんなさい。絵麻にもよく言っておいたから…」
愛美から謝ってきた。どうしてなのだろう?絵麻を泣かせてしまったことに、もっと憤ってくるかと思っていたのに。
「そんなことか、もういい」
予想とズレていたことで、また苛立つ。
「そんなことって……でも、お願いだから絵麻の気持ちもわかってあげて。絵麻だけじゃなくお姉ちゃんのことも」
まるで、全部自分が悪いという被害者ヅラで愛美が言う。そのことにまたムカムカとしてくる。
「僕だって考えているよ!考えているけど……今は仕事が忙しくて、頼むから一人にしてくれ!!」
「え?一人に?どういうこと?私たち家族は必要ないってこと?」
「あー、そういうことだ、もうウンザリなんだよ。疲れて帰ってきても少しもくつろげないし、自由もない。これじゃ、ただ家族のためだけに仕事して疲れてるだけじゃないか!」
「……そんな言い方…」
俯いて、しばらく黙る愛美。そのあと、何かを決めたように顔を上げた。
「私たち家族は、必要ないのね?いらないのね?」
「あ、あーそうだ。その方がせいせいする」
売り言葉に買い言葉で答える。
「わかりました。私や娘たちがあなたの邪魔になっているというのなら……あなたが離婚したいと言うのなら、仕方ありません。私は娘たちを連れて出て行きます。でも、あなたにも父親としての責任があるから、養育費は払ってもらいますからね!」
こんなタイミングで離婚の話になるとは、思ってもみなかった。ここは一旦引き止めるべきか?いや、このタイミングで離婚を進める方が早いだろう。さて、どう答えようかと思い倦ねていた。
「こんなにあなたのことを思っていたのに、まさかあなたから離婚してくれと言われるなんて……」
___しまった!こっちから離婚を言い出したことになるのか
計画と少し違うが、それでも桃子との結婚へと一段階近づいたことは、うれしかった。
その日の夜帰ると、愛美と娘たちはもういなかった。
とりあえずは一人になった。
愛美はきっと子どもたちと実家へ帰ったのだろう。電車で二つめの駅から程近いところに、愛美の実家がある。父親は2年ほど前に他界して、今は母親だけのはずだから、きっと女ばかり4人で楽しくやっていくだろう。
仕事はいつもより早く終えて、桃子に一言だけメッセージを送っておく。
〈なんとか離婚できそうだ〉
ぴこん🎶
《ホント?やった!》
やったースタンプ。
桃子からの喜びの返事を見ると、これでいいんだと納得する。
ハラリ……と何かのメモがスマホケースから落ちた。
___なんだろう?
薄いピンク色のメモ用紙に、丸っこい文字が並んでいる。
『お父さん、いつもお疲れ様!冷蔵庫にスタミナドリンクあるからね、莉子からのプレゼントだよ』
どうやらそれは、長女からのものだった。
冷蔵庫のビール棚を見ると、少しだけ高級なスタミナドリンクが1本あった。小さなリボンがかけられている。きっとお小遣いで買ってくれたのだろうと思うと、チクリと胸が痛んだ。
___せめて、養育費は充分に渡そう、娘たちのために
その日は、自分の預貯金や掛けてある保険などを確認した。離婚届を出すその時までに、いろんなことを決めておかないと、桃子との生活を楽しめない。僕はまだ若い、だから桃子との生活費はこれから稼げばいいだけだ。
お金より何より、桃子といういい女を手に入れられる、それが一番なのだから。