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大事そうに本を抱えた日和美ひなみから、まくし立てるようにそう告げられて、「何だよそれ!」と反論する間も与えられず即行で逃げ帰られてしまった。

(連絡もすんなって……マジか……)


立神たつがみ信武しのぶとしての新刊を渡しても、ここまで言われたことはなかったのに。


改めて日和美は、萌風もふもふ側のファンなのだと思い知らされた信武だ。


はぁーっと大きな溜め息をついたところで携帯が鳴って。


もしや日和美か?と期待して画面を見た信武だったけれど、表示されているのは市内からの着信を現す数字の羅列のみだった。


未登録の番号からの着信で、今一番可能性が高そうなのは――。


(不動産屋か?)


引っ越しを決意して割とすぐ。

とりあえずと思ってネットや電話である程度希望を伝えて物件探しを頼んでいたいくつかの不動産屋のうちのひとつからの着信か?と思った信武だ。


「もしもし?」


『夜分に申し訳ありません。わたくし、ペリー不動産の中谷と申します。立神たつがみ信武しのぶさんの携帯電話でお間違えないですか?』


応答してみれば、矢張りビンゴ。

連絡していた不動産屋のひとつ――ペリー不動産が、信武の条件にハマりそうないい物件が出たのでご連絡を差し上げました、と言う。


問い合わせをしたどの不動産屋からも、『現行の物件でご満足頂けない場合、三月から四月辺りにかけての人の出入りが多い時期ならばまだしも、それ以外の時期――特に閑散期と呼ばれる梅雨時分から夏辺りにかけた丁度今時分は人の動きが鈍いぶん新しい物件自体出にくいのでお時間を頂くかも知れません』と言われていた。


日和美ひなみと一日も早く一緒に住みたいのは山々だが、だからと言って妥協はしたくなかった信武だ。

『出ねぇもんは仕方ないかしゃーねぇか』と長期的スパンで探すことも覚悟していたのだけれど。


期せずして希望に当てはまりそうな物件が出ましたと言われたら、見に行かないわけにはいかないではないか。


「――明日朝一でうかがいます」


引っ越しを決意した頃はじめじめと雨の多い梅雨時分だったけれど、今は残暑厳しい九月初旬。


真夏はもちろんのこと、晩夏に差し掛かった今日こんにちに至るまでほとんどエアコンのきいた部屋から出ていなかった信武にとって、夏の気配を残す日差しにさらされるのは正直うんざりだ。


だがそんなことを言っていては、いつまで経っても前には進まないから。


日和美ひなみからもつい今し方音信不通宣言を出されてしまったし、これはある意味その間に雑事をこなしておけと言う神の啓示けいじかも知んねぇなと考え方を切り替えた信武しのぶは、明朝早速不動産屋に出向くことを決めた。


正直引っ越したいと考えてから無駄に時間ばかり経っていたのも事実だし、今すぐ伺いますと言いたいところだったが、物件を見るのに陽が沈みつつある時間帯を選ぶのは得策ではない。


明るくなってから下見をして……もし気に入ればそのまま契約して引っ越しの手配に移るという流れもありだなと考えて。


もしそうなれば、萌風もふとしての新刊の仕事はひと段落付いたばかりだけれど、今度は立神信武としての原稿も待っているし、忙しくなるだろう。


正直なところ、バタバタと立ち居振舞っていれば二、三日くらいあっという間に過ぎる……と自分に言い聞かせたかっただけの信武だ。


なのに――。


不動産屋からの電話を切って、じゃあもう一仕事頑張るかね……と伸びをしたところで、突然部屋の中が一瞬だけフラッシュをいたみたいに明るくなって。

何事だ?と思う間もなく地響きを伴ったドォォォォン!と言う物凄い音がした。


「……雷?」


雨なんか降ってたか?と不審に思いながら外を見たら、程なくしてざぁーっという音とともに大雨が降り始めて。


いわゆるゲリラ豪雨ごううと言うやつだなと思った信武だったけれど、雨が降り始める前に見遣った外は、明らかに日和美の家の方角の方がこちらより煙って見えた。


恐らくはあちら側からこちら側に向けて雲が流れてきているんだろう。


(日和美のやつ、無事家に帰り着けただろうか)


車で来ていたので急な雨でもびしょ濡れになってしまったということはないだろうが、数メートル先も見えないような豪雨を見て、信武は無意識に眉根を寄せた。


(緊急事態だし……電話、かけても怒んねぇかな)


常とは違う状況だ。彼氏として大切な彼女の身を案じるのはきっと許されるはず。


そう思ってスマートフォンの画面と向き合ったと同時、突然着信音が鳴って、思わず肩がビクッと跳ねた信武だ。


また不動産屋かと思ったが、表示されたのが『山中日和美』の文字だったから、信武は慌てて通話ボタンをタップした。


日和美に見本誌を渡してから一時間も経っていない。


さすがにもう本を読み終えましたという連絡ではないはずだ。


とすれば、何かあったのかも知れない。


「もしもし?」と呼び掛けながら携帯を耳に押し当ててみたけれど、ガサガサと言う音が聴こえてくるばかりで、なかなか日和美が喋ってくれないから。


「もしもし? おい、日和美! 雨、すっげぇ降ってっけど……まさか何かあったのかっ? なぁ、無事なのかっ? おいっ! 返事しろって!」


気持ちが焦る余り日和美の言葉を待ちきれずに一方的にまくし立ててしまった信武だ。


『ふぇ……っ、……し、のぶっ。あ、のねっ、車で帰っ、てたらね……、きゅ、に……すっごいあ、めが降ってき、たの。それでね、ま、えがいきなり見えなくなっ、て……。わ、たしっ、すぐにスピード落と、し……たんだよ。だけど……だけど……。ねぇ……ど、しよう……しの、ぶっ。私、……私っ……』


どこか要領を得ない調子で、泣きじゃくる日和美からSOSを出された。



***



何とか日和美ひなみに場所を聞いて駆けつけてみると、現場は日和美のアパートまであと数百メートルと言った場所だった。


信武は少し広くなった路肩へハザードランプを焚いて愛車を停車すると、さっきまでの豪雨ごううが嘘みたいに止んだ、――だけどそこらじゅう水溜まりだらけの道路を足元が濡れるのもお構いなしに水を跳ね飛ばしながら日和美の車へ急いだ。


日和美の車にたどり着くなりコンコンと窓ガラスをノックしたら、日和美が窓にしなだれかかるみたいに項垂うなだれさせていた顔をノロノロとこちらへ向けて、ドアロックを解除してくれる。


駆けつけるまで電話を受けて五分も経っていなかったはずだ。


だけど、日和美は呆然としたままずっと泣き続けていたんだろう。


目を泣き腫らしてぐしゃぐしゃになっていた。



***



「……し、のぶっ」


信武が車のフロントドアを開けてくれるなり、日和美はシートベルトを外すことも出来ないまま懸命に信武にすがり付いた。


まだ風呂に入れていないらしいTシャツにスラックスというラフな姿の信武からは、嗅ぎ慣れた柔軟剤の香りと彼自身の体臭がふわりと香って。

日和美の動揺しまくった心を優しく包み込んでくれる。


信武にしがみ付いていてもなお震えの止まらない身体を、信武の大きくて温かい手がそっといたわるように撫でさすって。


「――何があった? ゆっくりで構わねぇから俺にも分かるように話せ」


信武が静かに問い掛けてきた。


そんな信武に応えようと、日和美は懸命に口を開いたのだけれど、出てきたのは「、っ……ぬ、が……」という意味不明な音だけで。


ちゃんと伝わるように話したいのに、思うように言葉が出てこないことをもどかしく思った日和美だ。


だけど要領を得ない日和美の物言いを、信武は微塵もイラついた様子を見せず「何のことか」と聞き返してくれるから。

日和美はひくひくとしゃくりあげながら、道路上にうずくまっていた小さな犬を跳ね飛ばしてしまったかも知れない、と泣きながら途切れ途切れ。


何とか信武に訴えた。


本当はすぐにでも車から降りて確認しないといけないのに怖くて出来なくて……。

自分がこうやってモタモタしている間にも車の下でワンコが苦しんでいるかも知れないのに……。


そう思うといたたまれない気持ちで押しつぶされそうなのに、日和美はまるで心と身体が分離したみたいに動くことが出来なかった。


そんななか、スマートフォンに搭載された音声入力操作AIアシスタントの力を借りて何とか信武に電話を掛けたことが、日和美に出来た精いっぱいで最良の方法で――。


信武がこの場に到着してくれてからやっと。

日和美は信武にしがみ付くと言う形で初めて自分の身体をぎこちないながらも動かすことが出来たのだ。



「ど、んなに頑張っ、ても……身体か、らだ、動、かなくてっ。外に出、ることさ、え出、来なかっ、たの。……も、しかしたらっ、車の下でっ、ワンちゃ、が苦しんで、るかも、知れ、な……ぃのにっ。……私、私……」


――最低だ。


泣きじゃくりながら、声に出せなかったセリフを心の中で付け加えて。

信武に懸命に訴えたら、彼がピクッと反応したのが分かった。


「し……のぶ……?」


日和美の呼びかけに「大体分かった……」とだけ告げて、日和美の腕を振り解くようにして信武が日和美のそばを離れてしまうから。


自分でも自覚していたとは言え、信武からも〝最低〟と言うレッテルを貼られたのかも知れないと思ったら、日和美は涙が次々と溢れて止まらなくなった。


不安でたまらなくて……すがるような気持ちで信武を見上げたら、「車の周り、確認してくるだけだから。お前も気になってんだろ?」と頭をふんわり撫でられた。



***



オロオロと涙目で自分を見上げる日和美ひなみのそばを離れると、信武はスラックスが濡れるのもお構いなしに日和美の車そばにひざまずいて車体の下を覗き込む。


暗くてよく見えなかったから、スマートフォンのLEDライトを灯してみると、助手席側ので、茶色いふわふわがつぶされていた。


雨に濡れそぼった路面のせいで血が流れているのか、雨で濡れ光っているのが判別しづらい。


信武は日和美に見えないよう小さく深呼吸をすると、助手席側に回った。


(頼むから違ってくれ)


信武だって生き物は嫌いじゃない。

自分自身、ちょっと前に可愛がっていた愛犬を亡くしたばかりでもある。

出来ればとうぶんの間、生き物の死骸なんて見たくなかったけれど、愛する日和美のためだと思ったら、自分を鼓舞こぶすることが出来た。


一度大きく深呼吸をしてすぐそばから確認してみると、タイヤ下でつぶれていたのは生き物ではなく何かの動物を模したぬいぐるみだったから。


「良かったぁぁぁー」


そのことに心の底からホッとした信武だ。



――日和美ひなみ、お前がいたのは生き物じゃねぇよ。


すぐにそう伝えて日和美を安心させてやりたくて立ち上がったと同時、信武の足に何かがまとわりついて来た。


「――?」


ライトを向けて足元を照らせば、それは生後三か月ぐらいのよく肥えた黒い子犬で。

四つ足の先全てと、尻尾の先だけが白い毛なのが、とても目立って見えた。


「ちび、お前、どっから


――黒毛だったから暗がりに紛れて見えなかったんだろうか。


そんなことを思いながらそっと抱き上げてみると、雨に濡れそぼっているからだろう。

子犬はふるふると小刻みに身体を震わせていた。


一瞬日和美が跳ね飛ばしたと言ったのはこいつだったか?と不安になった信武だったけれど、こうして抱き上げてみた感じ、どこからも血が出ているような気配はなくてホッとする。


あちこち撫で回してみたけれど別段痛がる様子もない。


信武が子犬を抱いたまま視線を転じると、すぐそばの建物の駐車場にある看板の支柱わき。

ぐしゃぐしゃによじれたブランケットと、ドッグフードの入った器が、倒れた段ボール箱の周りに散乱して、雨に打たれてドロドロになっていた。


暗くてよく分からなかったが、どうやら背後の建物は小さな動物病院らしい。

中の明かりはおろか、外に立てられた看板の照明すら完全に消えているところを見ると、診察時間は終わっているようだ。


信武が、亡き愛犬ルティシアを連れて行っていたのは別の病院だったからここへは来たことはないけれど、おそらくこの子犬、どこかのろくでなしがそこのスタッフに見つけてもらえることを期待して捨てて行ったんだろう。


「バカが……! 無責任なことすんなよ」


思わず信武が苦々しげに吐き捨てたのも仕方があるまい。


用意されていたのは深めのミカン箱だったけれど、子犬はじっとしていられなかったんだろう。

その箱から抜け出してウロウロしていたところに、折悪おりあしく日和美が居合わせてしまったのだ。


未遂だったから良かったようなものの、タイヤ下にいるのがこの子犬だったらと思ったら、日和美をどう慰めたらいいか信武にも分からなかった。


「……生きててくれてサンキューな」


幸い日和美がいたのは恐らくこの子犬と一緒に入れられていたぬいぐるみだ。


「お前は無傷……だよ、な?」


服や手が汚れるのもお構いなしに濡れた子犬をしっかり腕に抱いて撫でさすったら、まるで信武に応えるみたいに可愛い声で腕の中の小さいのが「クーン」と鳴いた。


信武は子犬を抱いたまま日和美のそばまで戻ると、「子犬、無事だったぞ」と日和美の前にプルプル震えている、黒いちっこいのを突きだして見せる。


「……本当ホン、トに? でも……私、確かに何かを」


「ああ、助手席タイヤ下にぬいぐるみがつぶれてっから多分それだろ」


信武の言葉に、日和美が心底ホッとしたように脱力した。

溺愛もふもふ甘恋同居〜記憶喪失な彼のナイショゴト〜

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