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レーナはローラとオリオンの結婚式からぼんやりとする日々が増えていた。
それは、自分の結婚する姿を想像していたからである。
「レーナ、最近ぼうっとしちゃってどうしたの?」
ノアに声を掛けられて、レーナははっとする。
そして、想いの丈をノアにこぼした。
「私ね、ノアと結婚した時のことを考えていたの。私とノアとおばあちゃんの三人でお店を切り盛りして、いずれ子どもが生まれて、とかね。別にそれが嫌ってわけじゃないの。ただ、変わっていくものがあるんだなあって思っただけ」
レーナの話を聞いて、レインはふと思い当たる現象を口にした。
「レーナ、あんたまさか、結婚はまだ先だってのに、もうマリッジブルーになってるんじゃないだろうね?」
「ええ? 違うと思うけどな」
「なんですって!? レーナ、アタシと結婚するのになにか不安や悩みでもあるの?」
ノアは血相を変えてレーナの肩を掴んだ。
「女ってのは、いくらでも不安を感じるものだよ。大丈夫、レーナとノアなら乗り越えられるさ」
レインの激励を受けて、ノアはレーナの肩をそっと離した。
「……レインがそう言うのなら、そういうものなのでしょうね。レーナ、何かあったらすぐ言うのよ」
「うん、分かった」
その日の晩、いつも通りノアと愛し合いながらレーナは疑問に思っていたことを聞いた。
「ねえ、ノア」
「なあに?」
「この家には空き部屋があるのに、どうして私の部屋で寝るの?」
確かに空き部屋はある。
しかし、その部屋はそのまま残ってあるのだ。
「空き部屋といっても、それはレイズとキースの部屋はそのままなのでしょう? せっかく残してあるのなら、大事にしなくちゃ」
「お父さんとお母さんは気にしないと思うよ。むしろ、使って欲しいって言うかも」
「でも……」
いくらレーナがいいと言ってもノアは躊躇った。こういう常識的なところもまたノアの好きなところであるレーナは「明日、おばあちゃんに聞いてみようよ」と促した。
すると、ノアはしぶしぶといった様子で「分かったわ」と言って、明日レインに相談することになった。
「おばあちゃん、おはよう」
「おはよう」
「ねえ、お父さん達の部屋をノア専用の部屋にしたいんだけど、いいかな?」
そう言うと、レインは「遅いんだよ」とレーナの頭を撫でた。
「やっと言ってきたかい。いつかそう言うだろうと思って、あらかた片づけておいたよ」
レインの言葉を受けて、ノアは躊躇いがちに言葉を発した。
「アタシは家族だけれど、まだ居候の気持ちでいたから……」
「普段は図々しいくせに、変なところで遠慮するんだから。そんなの気にしなくていいんだよ、私がノアを家族と思った時から考えていたことさ。さあ、次の休みにでも片づけておきな」
「……レイン、ありがとう」
魔女であるレインが家族だと認めた時点で、ノアはただの居候ではなくなっていたのだとようやく気付いたようだ。
「ほらね、大丈夫だったでしょう?」
レーナがノアの顔を覗き込んでにっこりと微笑めば、ノアも柔らかな笑みを見せた。
「そうね、もっと早く言っておけばよかったわ」
「そうだよ、変に気をつかって気持ち悪いったらありゃしない。いいかい、ベッドは布団だけ変えて使いな」
「ええ、そうさせてもらうわ」
次の休日、さっそく大掃除が始まった。
ノアの手伝いを進んで買って出たレーナは手伝いながら、荷物の移動を繰り返した。
レーナの部屋の前にある、レイズとキースが使っていた部屋は、今日からノアの部屋になったのだ。
「必要なものがあったら今度買い足しに行こうね」
「そうね、でも今のところ必要ないから大丈夫よ」
「でも、寝る時離れ離れになるのは寂しくなるね」
今まで同じ部屋で眠っていたので、いざ離れ離れになると思うと寂しい。
「あら、レイズ達のベッドはダブルベッドよ。レーナは今度からアタシの部屋で寝るのよ。早速必要なものができたわね、明後日にもローラの店に行って布団を新調しましょうね」
そういえば、両親の部屋のベッドはダブルベッドだったと思い出したレーナは、眠る時一緒に過ごせるのだと思うと嬉しくてノアに抱きついた。ノアは可愛い恋人の頭にキスを落とす。
「うん! 他にも空き部屋はひとつあるけれど、そこは未来の子ども達の部屋にしようね」
「そうね、それがいいわ」
そして、二日後。
レインに休みをもらったレーナとノアは、早速ローラの親が商いをしている寝具店へと向かった。
手をつなぎながら、ノアと初めてしたデート(?)を思い出す。
あの時はノアにされるがままだったが、今ではレーナの意思であれこれしたいと思うようになったので、それを感慨深く思えるようになるほど、付き合いが長くなっているのだなと実感する。
談笑しながら店まで歩いていると、あっという間に着いた。
あの頃は今と比べてぎことなかったと思う。
それでも、レーナにずっと話を振ってくれたのはノアだったのだ。
「私、けっこう前からノアに大事にされてたんだね」
「あら、今頃気づいたの? アタシは出会った時からレーナを大切にしていたわ」
「うん、ありがとうね」
「さあ、入りましょうか」
ノアがドアを開けると、ドアベルがチリンと鳴り来客を知らせる
「いらっしゃいませ! あら、レーナとノアさんじゃない、今日はどうしたの?」
「その、ダブルの布団を買いに来たの」
レーナが赤面しながら言うものだから、ローラはくすくすと微笑んだ。先日結婚したローラの薬指には、銀色の指輪が輝いている。
「仲がいいのねえ」
「そうよ、アタシ達もいずれは結婚するもの」
「そうね、式には必ず読んでちょうだいね。寝具はちょうどいいものが入ってきたばかりなの、それはどうかしら?」
「見せてくれる?」
「もちろんよ」
ローラが見せてくれたのは、アイボリーの柔らかな色合いをした羽毛布団だった。
「そういえば、ノアの使ってる布団も羽毛だったよね?」
「そうね、ここの布団はなかなかいいものを取り扱っているみたいだし、アタシも気に入っているのよ」
「ノアさんにそう言ってもらえると自信がつくわ、ありがとう」
なにしろノアは正真正銘魔界の王子なのだ、その彼が認めたということは、ある意味では王室御用達みたいなものである。
「アタシは嘘が嫌いなの、だから本当のことを言ったまでよ」
「それでも、ありがとう」
レーナとノアはその布団が気に入り、ノアが支払いをした。レーナも半分払うと言ったが「ここは男を立てるところよ」と言われ、バッグに財布をしまった。
そのまま配送手続きをして、ふたりは帰路に着く。
その日の夕方には布団が届き、早速今晩から使うことになった。
いつもはレーナの部屋で駄弁るのが習慣だったが、今日からはノアの部屋で一緒に寝ることになったので、レーナはなんだか不思議な気持ちになった。
ノアに抱きすくめられながら、体温を分かち合うこの時間がレーナは好きだった。
ふたりとも今日はそんな気分ではなかったので、身体を寄せ合いながら他愛もない話をする。
ノアもレーナと同じくらい髪が長い。普段はレーナ同様髪を結っているが、眠る時だけはその絹のような艶々とした髪はシーツに波のように流れる。
レーナも髪に気をつかっているが、ノアもまたヘアケアを怠らないのでレーナ以上に髪がサラサラしているのが悔しかったのだ。
「ノアはどこもかしこも綺麗でいいなあ」
レーナのぼやきを耳にしたノアは「なに言ってるの」とため息をついた。
「レーナはとっても可愛いわ。レーナの真っ直ぐな髪はきちんとお手入れされているから綺麗だし、その青い瞳にいつか吸い込まれてしまうんじゃないかって思うことがあるのよ。誰よりも頑張り屋さんで真面目に努力しているからこそ、あのレインだってあなたのことを魔女だと認めて店に出しているんじゃない。美しさは外見だけじゃないのよ、レーナは内面も美しいわ。眩しくて悪魔のアタシは目がくらみそうよ。それとね──」
いかにレーナが美しいか、可愛いか、その他諸々を延々と語るので、恥ずかしさでいたたまれなくなったレーナは「もう十分伝わったから! ありがとうね!」と、布団を顔まで上げて隠れた。
「そういうところがかわいいのよ、レーナちゃん」
ノアは布団越しにレーナにキスをした。
そして自分も布団に入り、レーナを抱き寄せてふたり仲良く眠った。
トート村はマイラ国の辺境にあるので、旅人達がたまに村を寄ることがある。
魔女の店を頼りにやってきたのは、若い旅人の男だった。
その男はノアを見て面食らったような表情をした。
それは、ノアが人外離れした美しさだったからである。
「……ここは魔女の店ですよね?」
確認するようにノアに問う男に、ノアは「そうですよ」と営業スマイルを浮かべて返した。
「旅人さん、いかがされましたか?」
世にも珍しい美しい男がいる店が魔女の店だと知って、旅人は安堵したらしい。男は「実は……」と話し出した。
「旅の道中怪我をしてしまって、薬を求めてこちらにやって来ました」
「そうでしたか、怪我とはどれくらいのものでしょう?」
「これです」
男はマントの下から右腕を見せた。応急措置を施したのだろう、右腕には包帯が巻かれ、うっすらと血が滲んでいた。
ノアは怪我人の治療をしたことがないので、レインを裏から呼んだ。
レインは包帯を解くと「こりゃひどい怪我をしたねえ」と言って、レインお手製の傷薬を塗ってやった。
魔女以外にも治療してくれる医者はいるのだが、診てもらうとなかなかの高額になるので、金持ちか貴族のお抱えになることが多い。ただの村人や旅人ではそんな簡単に払えないほど高額な値段を請求されるので、魔女を頼りにしている者が多いのだ。
「これを朝と夜に塗って清潔にしておけば、一週間くらいで治るだろうさ」
「ありがとうございます! それと、大変申し訳ないのですが、手持ちのお金がなくて……」
その言葉にノアは顔を顰めた。レインはこういうことを何度か経験してきたので、まずは怒らずに旅人の言い分を聞くことにした。
「僕はイリヤと申します」
イリヤの母は彼を産んでから身体を悪くしてしまい、イリヤが五歳の時に亡くなったそうだ。
その後孤児院で世話になり、十五歳で孤児院を出てからマイラ国中を旅をしていた。
トート村に近い魔女学園のある都市で三年ほど住み込みで働いていたが、そこに一通の手紙が届いたのである。
それは、イリヤがとある貴族の庶子として生まれたことが書かれた手紙だった。
最初はいたずらだと思い、世話になっている勤め先に手紙を見せたら、家主は血相を変えて「逃げろ」と言ったのだ。家主曰く、その貴族は最近長男を病気で亡くし、庶子として生まれたイリヤを探しているとのことだった。都市ではイリヤを探す紙が張り出され、それを見たという家主はまさかそれが自分のところのイリヤだとは思わなかったという。
その貴族はマッシュ家といい、あまりいい評判を聞かないことで有名だった。長女は魔女になると言って出奔して、ようやくイリヤを迎えることにしたのだそうだ。
そして、必要最低限の荷物だけ持って、夜逃げのようにトート村まで移動している最中、野生動物に襲われて腕を怪我をしたのだ。
一文無しなのも、トート村まで移動したり食費に充てたりして、ついに底をついたのだ──。
「……という訳なんです」
長話を聞かされたノアとレインは、この話が嘘ではないと思った。イリヤのきりりとした眉に切れ長の緑の瞳、薄い唇に黒色の髪は、どこから見てもただの村男には見えなかったからだ。
レインは「あんたの言葉を信じるよ」と言って、これからどうするか考えた。
「残念だけれど、うちは慈善事業でやってるわけじゃないんでね。いずれ代金は支払ってもらうよ」
「それはもちろんです」
「うちでは雇えないから、ほかを当たってくれないか」
それを裏からこっそり聞いていたレーナは気の毒に思った。
「働き口が欲しいんですよね?」
急に裏から出てきたレーナに驚いたイリヤは、可愛らしい容姿をしているレーナを見て、年頃の青年らしく赤面した。
それを見ていたノアはがっちりと腕にレーナを抱き込んで「この子は私の妻なので」と牽制した。
「もう、まだ妻じゃないでしょう?」
「未来の妻なんだからいいじゃない」
さっそくいちゃいちゃするバカップルにレインはため息をついた。
「あのふたりは放って置いていいから、話の続きをしようか」
「あ、はい」
「この村は広くないが、そこそこ栄えているからね。どこか人手が足りてないか、みんなに聞いてみるよ」
「ありがとうございます!」
「レーナ、ノア、店は任せたよ。ほら、あんたは着いてきな」
「はい!」
そう言ってレインとイリヤは『魔女商い屋』を出た直後、ちょうど店にやってきたリリスと対面した。
「レインさん、こんにちは。今日は父がぎっくり腰になっちゃって、薬をもらいに来ました」
「そうかい。あの子は頑張り屋だからねえ、無理をしたんだろうさ」
「そうなんです、お父さんみたに力がないから、仕入れ商品の運搬が大変になっちゃて……」
「その調子じゃあ、おまえさんの父親はしばらく働けないだろうねえ」
「普段お仕事を頑張っている父なので、たまには休んで欲しいと思ってたのでちょうどいいです」
「そうかい、リリスは孝高娘だねえ」
レインはリリスに薬を渡し、リリスは代金を支払って薬を受け取った。
「ところででリリス、紹介したいひとがいるんだけれど、いいかい?」
「? はい、どうぞ」
「ほら、イリヤ、あんたの番だよ」
話を聞いていたイリヤははっとして「僕はイリヤと申します」と元気よくリリスに挨拶をした。
見知らぬ若い男に色めき立つのが分かるリリスにレインは苦笑するが、イリヤが自分から説明して職を紹介してもらえないかと頼み込んだのだ。
「ええ!? 逆にいいんですか?」
「はい、このままでは魔女殿に恩を返せないので」
「じゃあ、うちに行きましょう! 着いてきてください、イリヤさん」
「よろしくお願いします」
「リリス、イリヤを頼んだよ」
「はい、任せてください!」
そして、イリヤは臨時でリリスの店に仕事が決まったのであった。