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「マジでヤベーよな。次の仕事先見つけねぇと、何もかもが止められちまう」
コンビニの本棚の前で、バイト情報誌に目を通していた。いろんなバイトを掛け持ちして、何とか食いつないでいたのだが、バイト先の先輩とすっげぇくだらない事で揉めてしまい、一箇所を首になっただけじゃなく、別な場所では後輩の失敗をまんまと自分のせいにされてしまったせいで、弁解虚しく首になってしまった。
「タイミングが悪すぎるぜ、まったくよぉ」
幸いなことに体力には自信があるので、肉体労働だろうがどんなキツめの仕事でもこなせるから、割と自給のいい仕事にありつける。手っ取り早く稼ぐには、3Kの仕事はもってこいなんだ。
「給料が安い、休暇が少ない、カッコ悪いが加わっちゃうトコは、絶対にパスしなきゃだな。6Kとかありえないぜ」
ブツブツ独り言を呟き、ぱらぱらとページをめくっていたら、トントンと肩を叩かれた。不思議に思って振り返ると、そこにいたのは見知らぬ男で、口元に笑みを浮かべながら、俺の顔をこれでもかと見つめる。
「バイト、探しているの?」
俺と同じくらいの身長で必然的に目線が同じ高さにあり、しかもソイツが遠慮なしに近寄ったゆえに、顎を引くことでしか距離を取れなかった。
「はぁ、まぁ……」
「君、10代?」
「いいえ。23ですけど」
「わっかく見えるなぁ、羨ましい!」
瞳を瞬かせ、更に俺を見つめる視線に堪えられなくなり、顔を横に背けてやりすごす。
「ど、どうも」
男に褒められても嬉しくないのに、これでもかとガン見してくるせいで、変にキョドってしまった。何なんだ? このラブラブな眼差しはよぉ。
「ねぇ君、ウチで働かない? その素材を、フルに生かしてあげるからさ。きっと、ナンバーワンになれると思うんだ」
「なんばーわん?」
首を捻りながら、改めて男の容姿を眺めてみる。
見るからにさらさらしている、少しだけ茶色い髪とその下にある、切れ長の涼やかな一重まぶたは、やや垂れ目気味の自分には羨ましい感じだなと思われ、それだけじゃなく――すっと通った鼻筋の下にある、厚すぎず薄すぎずな唇は、さっきから頬笑みを絶やさない。
黒っぽいシャツの上にグレーのスーツをカッコよく着こなしていて、どこかのブランド物なんだろうなぁと推測したのだが。
(コイツ、芸能関係者なんだろうか? どこにでもいそうな俺を、こうやって簡単にスカウトして夢を語るとか、どう考えても頭が可笑しいと思えるぞ)
「う~ん……君の童顔を生かすのもアリだけど、それだとウチにいるコと被っちゃうんだよなぁ。ここはあえて、改造してみるのもいいね。よしっ!」
頭の先から足先まで眺め倒し、まだOKしていないというのに俺の腕を掴んで、さぁ行こうと強引に引っ張る男。慌てて、力任せに振り解いてやった。
「おい待てって、いきなりどこに拉致るつもりなんだよ? 職種も聞いてねぇのに、ついて行けるかって」
「ごめんごめん。君があまりにもステキなもので、つい。俺はこういう者だよ」
何故かカラカラ笑い出して、胸ポケットから慣れた感じで名刺を取り出し、頭を下げながら俺に手渡してきた。
「……メンズキャバクラの店長、さん?」
それには大倉秀彦(おおくら ひでひこ)と書いてあり、そのお店もこのコンビニの近くにあるようだった。
「ところで君の名前、教えてくれないかな?」
「あっ、スミマセン。俺は北条聡(ほうじょう さとる)です。あの、メンズキャバクラって何ですか?」
「そうだな。簡単に説明すると、ホストクラブよりも敷居が低い場所って、表現すべきかな。癒しを求めてやって来る女性客を、キャストと呼ばれる男性従業員がおもてなしするところだよ。ホストと呼び名は違うけれど、やっていることはほとんど同じ」
つまりそのキャストにすべく、スカウトされちゃったんだ俺――
「つぶらな君の瞳は、間違いなく女性客を虜にするね。顎についてるホクロも、何気にセクシーだし、間違いなくナンバーワンになれる素質を持っている!」
「はあ……」
熱く語ってくれても、どうにもピンとこない。客商売をしたことがないワケじゃねぇが、ホストみたいな仕事がこの俺に、ちゃんとできるんだろうか?
「まずはその童顔を大人っぽく見せるべく、日焼けサロンに行こう! それから間髪おかずに美容室に行って、派手目の金髪にしてっと」
「ちょっ、たんま! そんなナリしてたら、今やってるバイトがクビになるんだけどさ」
「ちょうどいいじゃないか。辞めちゃいなよ」
おいおい、冗談じゃねぇぞ。バイトを全部辞めたら、確実にライフラインが止められるっちゅーの!
「そんなん、できるワケねぇだろぉが」
「だったら俺が、支度金を出してあげる。今働いてるトコの月給と、探してる仕事の給料を合わせてね」
「は?」
「そしたら何も気にすることなく、俺の店で思う存分に働けるだろ。遠慮することないよ、さぁ行こう!」
俺の意見も何のその。勝手に話を終わらせて、ズルズルと言われた場所に、連れて行こうとする。
(コイツ、人の話を全然聞かないヤツなんだな――)
「ちょっ、いきなりどこに連れて行くんだ?」
「うん? さっき言ったろ、日サロだよ。あっ、もしもし。いつもお世話になっております、大倉でぇす♪」
大倉さんは俺の右腕を掴んだまま、大通りに出て辺りをキョロキョロ窺いつつ、スマホの相手に話し出した。
「あのさ、機械空いてるかな? 新人のコひとり、ぶち込みたいんだけど。おおっ、何ていうタイミング! 今から行くわ。じゃあね」
ピッと音を立ててスマホを切り、満面の笑みを浮かべ俺の顔を見る。
「機械、空いてるってさ。早速、焼きに行こうか」
「待てよ……俺まだ、働くなんて言ってないんだけど」
「そうだっけ? でもついて来てるのが、了承の証だよね」
「は? アンタが勝手に俺を引っ張って、外に出たんだろうが!」
まるで人さらいだ。強引にも、程があるっちゅーの。
「イヤならこの手を、さっさと振り解けば良かったんじゃないのかな?」
ニヤニヤしてわざわざ掴んでる腕を見せるとか、どんだけイジワルなんだコイツ。
「だってよ、振り解く暇がないくらい、さっさと……っ、冷たっ!」
唐突に降り出した雨が、俺の頬を濡らした。
「日サロのタイミングは良かったけど、空のタイミングは悪いみたいだね。しかもタクシーが拾えないっていう」
ボヤキながら空を見上げた大倉さんの頭に、そっと傘を差し出してやる。
「午後からの降水確率、80パーセントだったぜ。日サロの場所、どこなんだよ?」
「あ、その、歩いて10分くらいのトコだけど」
「だったら歩いて行こうぜ。そのくらいの距離でタクシー使うの、勿体ねぇからさ」
吐き捨てるように、そっぽを向きながら言ってやった。それくらいの距離で自分のために、ムダな金を使わせたくはない。
「雇われてくれるの?」
その言葉にチラッと大倉さんの顔を見たら、キラキラした目で俺を見ている様子に、慌てて視線を逸らしてやる。
「……何か、アンタ一生懸命そうだし。お金くれそうだから、生活も何とかなりそうだしな」
「やった! 金の卵をゲットしたぞ!! この雨にあやかって君の源氏名は、北条レインに決定だ」
「北条レイン……何か胡散臭そうな名前だな」
「何を言ってるんだ。水も滴るいい男って意味だよ、レインくん」
相合傘の中、褒められながら肩をぽんぽん叩かれても、全然嬉しくねぇ。
その後、渋い顔をしたままの俺を連れ、日焼けサロンに並んで歩く。向かう道中、大倉さんは俺に今までの生活を質問をしまくり、ぽつりぽつりと語ってやったのだが、俺以上に饒舌に話をしてくれたお陰で、会話が途切れることがなく、無事に到着する。
さすが客商売のプロ、相手を退屈させない会話術には舌を巻くしかなかった。
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