「──苦っ」
ブラックコーヒーを一口すするとアンジュは眉間にシワを寄せた。
「それはそうだろう。ミルクと砂糖を入れてないのだから」
「こんなに苦いなんて思わなかったんだよ」
赤いドレスをまとった美人──マギサ・ナシュライティスはアップルパイをほおばる。
「さすがここのアップルパイは格別だ。きみも頼めばよかったのに」
「……何が悲しくてアップルパイを頼まなきゃいけないんだ」
「おや? アップルパイ嫌いだったか?」
「別に嫌いじゃないけど、どっかの誰かのせいで食べ飽きただけ」
ブラックコーヒーにミルクと砂糖を入れ、一気に飲み干す。さっきの苦味よりマシになったが少し甘すぎてしまった。
(……甘さの調整が難しい)
今度からは普通のを頼もうとアンジュは心に誓った。
(久しぶりにシャハルの首都オルトロスへ来たけれど、いつも以上に賑わってる気が……)
チラッと目を窓に向ける。国民たちはお祭り気分で通りを闊歩していた。
「気になるのかい?」
「……」
「三日後、この国──シャハルの皇太子が貴族の姫君と婚礼の義を行うそうだ」
「だから人が多いのか」
「自国だけじゃなく、他国からも観光客が来てるらしいからね」
「……ごった返す前に帰った方がいいな」
「まあ待ちたまえよ。せっかく来たんだ」
彼女は妖しく微笑む。
「婚礼の儀のあとにパレードがある。わたしたちも参加しようじゃないか」
「は? 何言ってんの……?」
思わず唖然となる。
「宿なら安心していいぞ。運よく取れた」
「……いつの間に? いやそうじゃなくて」
平常心を保ちつつ、アンジュはマギサに向き合う。
「ボクはお前の買い出しに付き合わされただけだ」
「それは感謝しているよ」
「パレードに参加したいんなら、お前ひとりで勝手に参加しろ」
「きみは参加しないのかい?」
「当たり前だ。ボクは“冥界の門の番人”だぞ? 三日も留守にするわけにいかない」
「心配なくてもいい。わたしの強力な結界を施してある。誰も“冥界の門”に近づけないさ」
「……」
“深潭の森の魔女”は大陸全土の一、二を争うぐらい最強を誇る魔女だ。
(そんな“魔女”の施した結界なら、たしかに大丈夫なんだろうけど……)
「──アイン・アフトクラトル」
「…………」
「十年以上前、きみが助けた子供の名前だ」マギサは淡々と口にする。
「当時迷子だった彼は成長し、そして──」
「いやはや立派な青年になったね」
「……」
「祝福の言葉を彼に捧げたって罰も当たるまい」
「……お前、知っててボクを連れてきたな」
苦虫を噛み潰したような顔になる。
「さてなんのことだか?」
「──なんて言おうとボクは参加しないから」
そのあとしばらく押し問答が続いた。
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#TELLER民ワンドロ・ワンライ お題 : 苦味 (+56min) ひぃぃ(^p^)かなりかかってしまったよ……_:(´ཀ`」 ∠):