74
先生の部屋は、相変わらず煙草の匂いが少しする。
私はソファに腰掛けて、先生はキッチンでコップにコーヒーを注いでる。
「ほい。どーぞ」
『ありがとうございます…』
コップを受け取ると、先生は私の隣に座った
1口飲むと、苦いのが喉に突っかかって、スルりと抜けていく。
『先生…?』
「ん?」
『なんで…お家に連れてきてくれたんですか』
緊張で手が震えそうで、力を入れてグラスを包む。
「だって、何か拗ねてたから」
『……』
「あのまんまは帰せないでしょ」
『……』
「言いたいことあんなら言いなさい。『何でもない』は嘘なんだろ?」
先生が、私の手からグラスを取って、テーブルに置く。
「言わなくても分かってくれる、とかは無理なんだよ。察してってのは。」
『……』
「それとも、オレに話したくない?」
『…先生』
彼は、何も言わずに首を傾げた。
『私、『可愛い』って言われて、初めて嬉しくなかった…』
「うん」
『子供扱いされてる、って思っちゃって。』
「うん」
『なんか⋯悔しくて。』
「そうだよなぁ」
先生は、優しく笑った。
私の、大好きな笑い方。
「大丈夫。〇〇は大人だから」
『先生⋯』
「気にすんな。な?」
そう言って頭を撫でてくれる。
これだって、子供扱いってなるのに。
⋯嬉しい
『…運転免許、取ります。 』
「へ?」
『そしたら、お酒飲めるし!雨の日の迎えだってできます!』
「ふはっ、何だよそれ」
『私も、頼りにされたい⋯彼女だから。』
ふんわりと抱き締められる。
ふふっ、って笑う先生が揺れる。
「そんなコト考えてたの?」
『…私は、真剣に考えたもん』
「ふふっ、わるい。」
『…』
「嬉しいよ。マジで」
そう言って、優しく唇が触れた。
「俺の彼女はイイオンナだね」
『そんなことは⋯』
「じゃないの?」
『⋯なりたい、って思います』
「うん。」
唇が、
頬に触れて
鼻先に触れて
顎に触れて。
先生を見上げると、
彼は眉間に皺を寄せて何だか辛そうな表情で
けど決して悲しい顔じゃなくて。
だとしたら、私もこんな表情してるなって思うんだ。
『…せんせ…』
名前を呼び終わる前に、唇があたる。
いつものように優しくて。
一瞬離れる。
先生は、小さく息をして、もう一度触れて。
いつもより、もっと長くて。
大人で。
ゾクリと背中が泡立った。
でも、嫌なんかじゃない。
その逆。
身体に力が入った。
その瞬間、先生が離れる。
「…ごめん」
『…え、?』
「もう遅いから送るよ」
『…っ…』
送るって⋯。
『私、明日仕事休みです…!』
「そっか。じゃあ明日も会えるんだな」
ニコッと微笑む先生を見ても、今は喜べない。
『…もう…大丈夫です』
「〇〇?」
『…帰ります。1人で。送ってくれなくて大丈夫です』
頬に触れていた先生の手を振り払うようにして立ち上がって、鞄を持って玄関に行く。
「〇〇!ちょっと待って!」
先生に腕を掴まれて、持っていた鞄が落ちて
中から、歯ブラシや、メイク落としや、下着を入れていたポーチが散乱した。
「お前…これ…」
慌てて座り込んで散らばったものを鞄に詰めて入れていると、涙が込み上げてくる。
『…先生が1番…私を子供扱いしてます…』
「…」
『私は大人だって…言ってるじゃないですか』
「〇〇…」
『魅力、そんなに無いですか…?』
「…」
『もう…分かんないんです』
もう、先生の顔なんて見れなかった。
鞄を抱きしめてそのまま、走って。
走って。
走って。
足を止めると、どんどん涙が出てくる。
…もう、駄目かもなぁ…
先生に、飽きられたよなぁ…
冷静になってから、自分がしてしまった行動にすごい後悔してくる。
せっかく、恋人になれたのに…
私、馬鹿だよ…
大切な物。全部自分から失ってしまった。
「…〇〇」
何も聞こえなくなった時に聞こえた1つの声。
振り返ると、ハァと先生はため息をこぼした。
「何なんだよ。」
「追い掛けてきてるとでも思ってたワケ?」
『……』
「駆け引きかよ。」
『……』
「オレ、そーゆー面倒い事1番嫌い何だけど」
冷たい目。
先生の言葉に、自分の行動が不正解だって思わされる。
私は
間違えたんだ。
コメント
2件
天才すぎるよ .. 続き待ち遠しすぎる 😴😴