時間は17時。
そろそろ空も、夕闇の色に深く染まる頃――
「……あ、あの」
冒険者ギルドに入るなり、私たちは声を掛けられた。
振り返ってみれば、そこには初老の男性……指輪探しの依頼主が立っていた。
「こんばんわ。
あれ、どうしたんですか?」
私が返事をすると、男性は少し声を弱めて続けた。
「いや……依頼の状況が気になってしまって。
居ても立っても居られず、ここで待っていてしまったんだよ……」
探し物の指輪は、今は亡き奥さんの形見なんだよね。
気になってしまうのは当然のことだ。
……ああ、そうだ。
昼に拾った指輪で合っているか、本人にも確認してもらおうかな。
「早速探してきたんですが、この指輪ですか?」
「えっ? も、もう!?」
私が指輪を見せると、依頼主は声を上げて驚いた。
「……おお、これです!
ありがとう……、ありがとう……ッ!」
嗚咽のような声をもらしながら、涙をこらえながら何度も頷いている。
こういう光景を見ると、こちらも涙腺が緩んでしまうというものだ。
「このままお渡ししたいところなのですが、受け渡しに冒険者ギルドの窓口が指定されていましたので。
少しお時間を頂けますか?」
「おっと、そうだった。
すまんね、手順を飛ばしてしまって……」
「いえいえ。よろしければ、一緒に行きますか?」
「それでは、そうさせてもらおうかな」
冒険者ギルドの窓口に向かって、まずは私たちが指輪の納品手続きを行う。
そしてそのまま、依頼主が指輪の受け取り手続きを行う。
「はい、これで終わりましたね。
今回はありがとうございました!」
「こちらこそ、本当に助かったよ」
「それにしてもその指輪、とても素敵ですよね。
デザインも素材も素晴らしくて――」
「もしかして、素材のことは……分かった、のかな?」
「はい。とても貴重なものを使っているようで」
使われている素材はミスリル以下、金やダイヤモンドなどだ。
ただ、具体的に口で言ってしまうと――
……ここでは誰が聞いているか分からないからね。
そこは伏せておくことにした。
「そうか……、
そこまで分かっていたのに、ちゃんと持ってきてくれたんだね……」
「え?」
「本当はダメ元だったんだよ。ただでさえ報酬が安かっただろう?
仮に依頼を受けてくれる人がいても、そして指輪が見つかったとしても――
……素材が知られてしまったら、そのまま依頼を破棄してしまうかもしれない……ってね」
少し考えて、私はようやく理解した。
今回の依頼の報酬は、金貨1枚と銀貨25枚だ。
しかし仮に、この指輪を捨て値で売ったとしても……その額は、報酬の金額を軽く上回ってしまうだろう。
「そういえばそうですね……。ご心配お掛けしました」
「いやいや、何であなたが謝るのかね……」
依頼主は、申し訳なさそうに言ってくる。
……何でだろう? そういえば、私たちは何も悪くないよね?
ああ、これが日本人気質ってやつなのかな……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「はい、今日もお疲れ様でした!」
「「お疲れ様でした!」」
今日も依頼を無事に済ませて、宿屋の食堂で労いの挨拶をする。
「困っている人を助けるのは、やっぱり良いですよね!」
「まったくです!
やはりアイナさんは、救済の旅をしている方がお似合いだと思います!
それなら折角ですし、ルーンセラフィス教に――」
「入信はしませんよ!」
「くっ」
隙を突いて、エミリアさんが勧誘をしてくる。
しかしここは普通に却下だ。
「ルークさんも、いかがですか?」
「私はアイナ様を信じておりますので、アイナ様が入信されるのでしたら」
「ぐぬぬ……」
「……というか、ですね。
私はルーンセラフィス教の信徒ではあるんですよ」
ルークが言葉を続けた。
「そういえば、メジャーな宗教なんだっけ?」
「ええ。
ただ、一般の信徒とエミリアさんのようなプリーストは色々と違いますからね。
エミリアさんが求めているのは、後者での入信なのかと」
なるほど。
この国に広く普及されている宗教とはいえ、どれだけ信仰に自分を捧げるかで色々と変わってしまうようだ。
「……さて、それは置いておいてっと。
それにしてもラージスネイクとの戦いは、お二人とも凄く格好良かったですよ!」
「そうですねー、やはりルークさんがお強かったですね。
このまま旅を続けていけば、もしかして英雄クラスにまで……!?」
私の言葉に、エミリアさんは嬉しそうに続ける。
でも私から見れば、エミリアさんだって十分に格好良かったんだけどね。
「いえいえ、それはさすがに買い被りすぎです。
英雄だなんて、それこそ実力や資質が問われますし……」
「でも私は、ルークがあんなに強いだなんて思っていなかったよ?」
私の言葉に、ルークがすぐに食い付いてくる。
「え? 何故ですか……?」
「だって、あんなに強かったら……クレントスで、もう少し違う仕事があったでしょ?
あんなに強いのに街の守衛だなんて、もったいなくない?」
「……あぁ、なるほど」
ルークは私の真意を察して頷いた。
そしてしばらく考えた後、言葉を続ける。
「実は、私はある方に気に入られていなかったので……守衛に回されていたんです」
「へぇ……?
ルークでも嫌われることがあるんだね」
嫌われる要素なんて、特に見当たらない好青年に思えるんだけど――。
「……ははは。
まぁ、名前を出してしまうとすぐにバレてしまうのですが」
「ルーク君?
そこまで言うと、ヴィクトリア以外には思い浮かんでこないよ?」
「あっ」
私がじとっとした目で見ると、ルークは『しまった』という表情を浮かべた。
「はは……。ご、ご明察です……。
理由はちょっと言えないのですが、そんなわけでして……」
……はぁ。ヴィクトリアは何人の運命を変えているんだ……。
私が不在の間に、是非ともアイーシャさんには頑張って頂きたいところだ。
「クレントスですか~。
いろいろあったんですねぇ……もぐもぐ」
「――そうだ!
ミラエルツに来てからずっと依頼を受けていましたけど、明日は自由行動にしてみませんか?」
不意に、私は話題を変えることにした。
頑張って依頼をこなしているのだから、少しはのんびりしても良いよね……という提案だ。
「自由行動ですか。
それなら私は、アイナ様をお護りするためにご一緒させて頂きます」
「あ、ずるい! わたしも一緒に行きます!」
え? それって、そうすると……いつも通り、三人一緒ってこと?
……自由行動とは、一体。
「えぇ……?
それじゃ、明日は三人で……街でも見て回ります……?」
「それは良いですね。
昼と夜ではまるで違いますし、しっかりと昼の姿も見ておきましょう」
「お店もたくさん、開いてますからね!」
そういえばミラエルツって、鉱山都市だけあって鍛冶屋も多いんだっけ?
色々なお店を見て回るのも楽しそうかな? ……お金はそんなに無いけどね。
「それじゃ、明日はそんな感じにしましょうか。
行きたいところがあったら考えておいてください」
「「はい!」」
……というわけで、明日はミラエルツの街を回ることになった。
良いものがあれば買いたいところだけど、それとは逆に……欲しいものを目指してお金を貯める、っていうのも良いかもね。
むしろ後者の方が衝動買いが無い分、計画的に買い物が出来そうだし……。
ああ、でも衝動買いも楽しいんだよなぁ……。
そんなことを悶々と考えながら、私の夜は静かに更けていった。
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