テラーノベル
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そして、週末。
元貴は、約束の時間よりもずいぶん早くに身支度を終え、ソワソワと落ち着かない様子でスマホを眺めていた。滉斗の家に行くのは、あの朝以来だ。少し緊張する。
時間になり、元貴は滉斗のマンションのインターホンを鳴らした。すぐにガチャリとドアが開く。
「いらっしゃい〜」
滉斗はラフなTシャツ姿で、いつもの優しい笑顔で元貴を迎えてくれた。その笑顔に、元貴の緊張が少しだけ和らぐ。
「お邪魔します…」
靴を脱ぎ、部屋に足を踏み入れる。リビングからは、美味しそうな匂いが漂ってきた。
「夕飯、簡単に作ったんだけど、先に食べる? それとも映画?」
滉斗が尋ねると、元貴は顔を赤らめた。
「あ、いえ、お気遣いなく…先に映画で」
「そっか。じゃあ、飲み物とか準備するから、元貴は先にソファ座ってて」
滉斗はキッチンへと向かい、元貴は言われた通りソファに座る。あの朝、滉斗が寝ていた場所だ。
滉斗が飲み物とスナックを持って戻ってくると、二人は並んでソファに腰掛けた。少し距離が近いような気がして、元貴は思わず身じろぎする。
「よし、じゃあ電気消すぞ〜!!始まるよ」
滉斗がそう言いながらリモコンを操作すると、部屋の明かりがゆっくりと落ちていく。完全に暗くはならず、映画のスクリーンから漏れる光だけが、部屋を淡く照らした。
薄暗い部屋の中で、二人の間にあったはずの僅かな距離が、まるで魔法のように縮まっていくのを感じる。
映画が始まり、スクリーンから放たれる光が、二人の横顔を交互に照らした。
元貴は映画の内容よりも、隣にいる滉斗の存在に意識を奪われていた。
時折、滉斗の横顔に目をやる。スクリーンに映し出される光に照らされた彼の横顔は、いつも以上に魅力的に見えた。真剣な眼差し、時折口元に浮かぶ優しい笑み。
(……かっこいい…)
そう、心の奥で呟く。滉斗に気づかれないように、そっと視線を送る。
その視線に気づいたのか、ふと滉斗が元貴の方を向いた。
「どうした? 怖い?」
滉斗が小声で尋ねると、元貴は慌てて視線を映画に戻した。
「い、いや! 大丈夫…」
心臓がドクドクと高鳴る。顔が熱くなるのを感じた。
滉斗はそんな元貴の様子に、気づいているのかいないのか、くすりと笑い、再びスクリーンに視線を戻した。
映画が進むにつれて、二人の距離はさらに縮まっていく。思わずヒヤヒヤしてしまう危険なシーンで、元貴は思わず「うわっ」と声を上げ、隣の滉斗の腕に軽く触れてしまった。
「ご、ごめん…!」
元貴が慌てて手を離そうとすると、滉斗は元貴の手をそっと掴んだ。
「んーん、大丈夫だよ笑」
そう言って、滉斗は元貴の指先に、そっと自分の指を絡ませた。温かくて、少しごつごつした滉斗の指の感触に、元貴の心臓はさらに大きく跳ね上がった。
薄暗い部屋の中、スクリーンの光だけが絡み合った二人の手を照らす。
映画はクライマックスに差し掛かり、主人公のスパイと、彼が任務の途中で出会った女性が、切ないキスを交わすシーンが始まった。海外映画特有の、濃厚で情熱的なキスシーンだ。
元貴は、画面に映し出される二人の姿に、思わずごくりと唾を飲み込んだ。
薄暗い部屋の中で、滉斗と繋がれた手の温もりが、妙に生々しく感じられる。
そしてその手のひらから、微かな震えが伝わってくるのを感じた。それは、自分だけのものじゃない。滉斗の手も、ほんの少し震えている。
「……っ」
元貴は、気まずさで顔を覆いたくなった。隣に滉斗がいるという状況で、こんなキスシーンを見るなんて。
画面の中の二人は、呼吸も荒く、愛しそうに唇を重ね合っている。その音が、やけに鮮明に耳に響いた。
ちらりと隣を見ると、滉斗もまた、スクリーンを見つめている。その表情は真剣そのものだが、どこか緊張しているように見えた。
(滉斗さんも…意識してる…?)
そう思った瞬間、元貴の心臓はさらに激しく打ち鳴った。繋がれた手のひらから、滉斗の体温がどんどん伝わってくる。
手のひらが、じんわりと汗ばんでいくのを感じた。
映画のキスシーンは、まるで永遠のように長く感じられた。二人は、その間ずっと手を繋いだままだ。
画面の中の情熱的なキスが、薄暗い部屋にいる二人の間に、目に見えない電気を走らせているようだった。
映画の内容など、もう二人の頭には全く入ってこない。ただ、互いの手の温もりと、そこから伝わる微かな震えだけが、二人の間に存在する確かなリアリティだった。
ようやくキスシーンが終わり、物語は次の展開へと進んでいく。
映画のエンドロールが流れ始め、部屋に再び明かりが灯った。滉斗はリモコンをそっと置き、繋いでいた元貴の手をゆっくりと離した。その温もりが消えた瞬間に、元貴は寂しさを感じた。
「…面白かったね」
滉斗が最初に口を開いたが、その声はどこか控えめだった。元貴も頷く。
「はい…すごく。まさか、あそこで裏切るとは…」
映画の感想を伝え合おうとするが、どうにも会話がぎこちない。先ほどのキスシーンの残像が、二人の間に漂っているようだった。言葉の端々に、互いを意識しているような気まずさが滲み出る。
「でも、あのキスシーンは、ちょっとドキドキしたな。海外の映画ってああいうの多いよな」
滉斗が、あくまで映画の感想として、それとなく切り出した。元貴は、心臓が跳ねるのを感じた。
「そうですね…! あれは…ちょっと、その…」
元貴は言葉を選ぶが、適切な言葉が見つからない。顔が熱くなる。滉斗も、元貴の反応を見て、ふっと視線をそらした。彼の頬も、少し赤みを帯びているように見えた。
二人の間に沈黙が流れる。心地よいはずの映画の余韻が、今はなぜかソワソワとした緊張感に変わっていた。
「そろそろ、夕飯にするか?」
滉斗がその沈黙を破るように立ち上がった。
「あ、はい!」
元貴も慌てて立ち上がる。
ダイニングテーブルには、滉斗が事前に作ってくれていた夕食が並べられていた。温かいスープと、サラダ、そしてメインの肉料理。どれも手際よく作られたことが分かる、美味しそうな料理だ。
「いただきます」
二人は向かい合って座り、静かに食事を始めた。しかし、映画の時と同じように、目の前の料理に集中できない。会話も途切れがちで、小さな物音すら妙に大きく聞こえる。
元貴は、スープを一口飲んだ後、ふと滉斗の顔を見た。
そして、吸い寄せられるように、彼の唇に視線が吸い寄せられる。先ほどの映画のキスシーンが、鮮明に脳裏に蘇った。
もし、あの時、手を繋いでいた滉斗と、自分が…?
想像しただけで、元貴の顔がカッと熱くなる。慌てて視線を皿に戻し、口をもぐもぐと動かした。
一方の滉斗も、食事をしながら、何度か元貴の方を見ていた。元貴が視線をそらしたことに気づくと、彼の視線もまた、元貴の唇へと向かう。普段は少し閉じられがちな、形の良い唇。
そこに自分の唇が重なることを想像し、滉斗もまた、勝手に頬が赤くなるのを感じた。
(まさか、こんなこと考えるなんて…)
滉斗は、まるで熱があるかのように、自分の顔が熱くなっていることに気づいた。自分がこんなにも簡単に感情を揺さぶられていることに、少し戸惑いを感じる。
二人は向かい合って食事をしているが、心の中は互いへの意識でいっぱいだ。料理の味も、ほとんど分からないほどだった。
今回意識して書いたスパイ映画、OO7なんだけど!
家族でOO7見てて、マジで濃厚すぎるキスシーンのとき本当に気まずかった。
だから今作に絶対入れ込んでやろうと思って
入れました
実体験です
早くこの二人キスしないかなぁ
コメント
6件
うひゃあぁぁぁぁ!! う、初々しすぎて終始ニヤニヤしながら拝読しました(←もはや変態) キス……する?しないの?……若井頑張れって!!あ、……あ〜しなかった……って感じで終始心の声もめちゃくちゃでした。笑 荒ぶってすみません……続きを楽しみに待ちます。
初々しっ! 手繋いで映画観てる二人が想像できちゃうもう可愛いほんとに
なんか恋してる気分になった(?)