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そのあと、ちょっと夜景を眺めて、帰ろうとしたのだが。


「あのー、電気、エンプティになってます」


「レッカーを呼ぶか、車を押すか」

と言う渚に、


「そこの道の駅に充電スタンドがあったはずですけど」

と国道の方を指差した。


すぐそこに道の駅の灯りが見える。


二人で車を降り、その灯りを眺めた。


近いと言えば、近い。


「お、押しましょうか」

と蓮は車の後ろに回ってみる。


車の造りがコンパクトなので、押したら軽く動きそうな気がしたのだが、当たり前だが、動かなかった。


渚も一緒に押してみていたが、そんなには動かない。


押しながら、蓮は笑い出す。


「あのー、今日はお姫様扱いしてくれるんじゃなかったんですか?」


なにか頬に当たるな~、と思ったら、しまいには、雨まで降ってきていた。


「いやいやいや。

これはこれで、楽しいだろう? お姫様」


滅多に出来ない経験だ、などと渚は言い出す。


「見てみろ、蓮。

雨に工場の光が滲んで綺麗だぞ」


「本当ですね」

と笑いながら、二人で少し車を押してみたが、すぐに挫折して、レッカーを呼んだ。




「渚さん、先にお風呂使っていいですよ」


「いい。

お前、入れ」

と渡したタオルで髪を拭きながら、ラグに座る渚が言う。


あのあと、車を道の駅まで運んでもらって、充電し、家まで送ってもらったのだ。


「……一緒に入るか?」

と笑って言うので、


「嫌ですよ」

と言うと、じゃあ、先に入れ、と言いながら、渚はラグの上で、新聞を読み出した。


さっさと入って代わってあげようと思い、蓮は急いでシャワーを浴びる。


あー、あったかい。

生き返る~。


寒さで固まっていた全身の血が一気に流れ出す感じがした。


それにしても、とんだ初デートだったな、と思い出し、笑う。


雨の中、駆けつけてくれたJAFの人が一瞬、ぎょっとして、こっちを見たあと、視線をそらすなあ、と思ったら、まだティアラをつけたままだったし。


髪を洗っても、まだ笑っていると、誰かがドアを叩いてきた。


「あ、まだ入ってますー」

とトイレのように返事をしたあとで、ん? と思う。


すりガラスの向こうに誰かが居る。


誰かって。

この家には、自分の他には、渚しか居ないはずだが。


「は、入っちゃ駄目ですよっ」

とドアの鍵を閉めると、


「莫迦か、お前は。

この鍵、こっちからも開くだろうが」

とすぐに向こうから開けてくる。


そ、そうだ。

この鍵、両側から開くんだった。


小さい子供の事故防止のためについているだけなのか。

どちらからも鍵の開け閉めができる。


蓮は身体でドアを抑えて言った。


「そこを開けたら、自決しますっ」


江戸時代か、と呟いたあとで、渚は首を捻りながら言う。


「どうせ、いつかは見るのにな」


見せませんよっ、と言う前に居なくなっていた。


つ……疲れる人だ。




「そこを開けたら、自決しますっ」


背中ですりガラスのドアを押さえて、蓮が言う。


莫迦か。

そんなに引っ付いてたら、逆に丸見えだ、と渚は笑う。


元より、本気で開けるつもりはなかったのだが、案の定、蓮の反応は面白い。


自決と来たか。


「江戸時代か。

……どうせ、いつかは見るのにな」

と言ってやる。


そこだけは冗談ではない。


本気だった。


見せませんよっ、とわめく姿も今は可愛らしい。


そんなことを考えていると、チャイムが鳴った。

こんな時間に? と時計を見る。


蓮はシャワーの音で聞こえていないようだった。




インターフォンで確認し、渚は鍵を開けた。


「あれっ?

今日も来てるの? 社長」

と小さな紫の風呂敷包みを手に未来が笑う。


「来ちゃ悪いか。

日曜だしな」

と言うと、平日も居るじゃん、と未来は言った。


「……ねえ、蓮と子供とか作っちゃ駄目だよ」


そう未来は笑ったまま言う。


「なんでだ?」


「そこでなんでだって言う人、初めて聞いたけど。

あとで、貴方自身が困ったことになるからだよ、稗田ひだ社長」


そう警告するように、未来は言ってくる。


「貴方には貴方の事情があるんだろうけどね」

と言う未来に、ノブを握ったまま、


「……俺の事情ってなんだ?」

と問うと、呆れた顔で、


「貴方、子供がいるんでしょ? 急いで」

と言ってくる。


「そうか。

忘れてたな」


そう呟くと、

「その台詞、蓮に聞かせてやった方がいいよ。

たぶん、まだ、自分は子作りの道具にされてるだけだと思ってるから、あのヒト」


世間知らずの癖に、変に警戒心が強いとこがあってさ、と未来は言う。


「困った人なんだよ」

と言うが、微笑ましげに笑っていた。


「それで、お前が蓮のお守りをしてるわけか」

「まあ、今は近くに住んでるからね」


ああ、わかってるんだ? となにがとも言わずに、未来は言った。


「それで?」

「いや」


「そう。

じゃあ、よく考えて動いてね。


これ、蓮に渡して。


蓮のお母さんから。

蓮が好きな水ようかん」


じゃあね、と未来は手を挙げ、行ってしまう。


高そうな店の水ようかんだ。


それを目の高さに掲げて、眺めたあとで、

「……そういえば、忘れてたな」

と呟く。


蓮を妊娠させないといけないんだった。


だが、そんなことをまた口に出したら、殺されそうだな、と思う。


特に、今は――。


「渚さん。

渚さーん」

と風呂を出たらしい蓮が呼んでいる。


エレベーターホールに消えた未来の姿はもうない。


中に入り、鍵をかけた。




「あれ?

誰か来てたんですか?」

と言う風呂上がりの蓮に、無言で包みを突き出す。


「……未来?」


「そう。

お前の母親から預かったそうだ」


蓮は一瞬、黙ったが、

「美味しいんですよ、これ。

お風呂上がりに食べませんか?


冷やしておきますから」

とすぐに笑ってみせる。


そのまま、冷蔵庫にしまいに行ってしまった。


お母さん、か、とパジャマなんだかホームウェアなんだかわからない格好をしている蓮を見送った。




渚が風呂に入っている間、蓮は炭酸水を飲みながら、ソファでぼんやり考え事をしていた。


その視界に、テーブルの上のティアラが入る。

部屋の明かりでもよく輝いた。


いろいろ思い出し、笑ってしまう。

これをつけたまま、雨の中、車を押したこととか。


通りがかりの人が見たら、ギョッとしたろうなとか。


「気に入ったか?」

と後ろから渚の声がした。


振り向くと、バスタオルを腰に巻いただけの渚が立っていた。


「……すみませんが、服を着てくださいませんか?」


「お前が用意してくれた服、入るわけないだろうが」


うーん、と蓮は困る。


そう言われても、あのサイズを間違えて買ったパジャマ代わりのスウェットの上下が我が家では最大サイズの服なのだ。


「しかも、お前。

可愛いクマちゃんまでついてるじゃないか」

と胸許の小さなプリントを見せて言う。


「そりゃ私のですからね」

と言い、蓮は笑った。


渚が、その可愛いクマちゃんのスウェットのパーカーを着たところを想像したのだ。


「服、早く乾くといいですね。

浴室で乾燥にかけときますよ。


今日、どうやって帰りますか?」


その格好じゃ帰れないですよね、と言うと、渚はソファの背もたれに手をかけ、

「帰らないって言わなかったか」

と言ってくる。


「……さっき、未来がちゃんと言えって言ってきたぞ」


「え、なんて?」


「子供が欲しいからお前と居たいんじゃないって」


「なんで、未来、その話……」


言い終わらないうちに、渚が肩を抱いて、口づけてきた。

また逃げそびれてしまったのは、本当は逃げたいと思っていないからだろうか。


ふとそんなことを考えてしまう。

離れた渚に言う。


「服、急いで乾かしますから、帰ってください」


「乾くわけないだろ。

濡れたまま帰れとか鬼か」

と言いながら、片手で顎をつかんでくる。


「鬼でもいいです。

帰ってください」


帰らない、と真正面から蓮の瞳を捉え、渚は言う。


そのまま唇を重ねてきた。


「……私、今日は妊娠しませんよ」

「しなくてもいいから、今日したい」


駄目だ……。


もう駄目かな、と思う。


この人に抵抗するのも、もう限界かな、と思っていた。


強引だからじゃなくて。


幾らでも逆らうチャンスも跳ね除けるチャンスもあったはずなのに。


「愛してるよ、蓮……」


いやいやいや。

子供が欲しいだけだとか言ってたくせに。


何処まで本気なんですか、と訊きたかったのだが、声に出せなかったし、渚からも、もう返事はない気がしていた。












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