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テラーノベルの小説コンテスト 第4回テノコン 2025年1月10日〜3月31日まで
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朝、秘書室で、葉子と話しながら、デスクを拭いていると、渚が来た。


「おはようございます」

と二人で頭を下げる。


渚が、おはよう、と言いながら、こちらを見たが、蓮は視線をそらしてしまう。


そのまま、社長室の扉は閉まった。


「あら、よそよそしい。

なにかあった? 蓮ちゃん」


布巾を手に、葉子がにんまりと笑う。


怖いよ。

こういうときの浦島さんは怖い。


言い逃れできないような雰囲気を醸し出しているからだ。


すぐにまた扉が開いた。


「なんか機嫌悪いのか、蓮」


ぎゃーっ。

戻ってきたっ。


蓮は何故か葉子の後ろに隠れてしまう。


渚は、なんなんだ? という顔をしたあとで、

「後でお茶持ってこい」

と蓮に言って扉を閉める。


渚が消えるのを待って、葉子は笑い出した。


「やだーっ。

蓮ちゃんって、わかりやすいーっ。


結局、社長の押しに負けたのね」


隠す気もない社長と対照的ね、と言われてしまう。


「な、なんでわかるんですか?」

と何故か喜ぶ葉子を見て、恨みがましく見て問うと、


「いや、社長。

この間まで、仕事中はさすがにケジメをつけて、蓮ちゃんに対して遠慮がちだったのがなくなってるから」

と言う。


そ、そうなんですか。

すごいですね、浦島さん、と思っていると、


「やっぱりねえ」

と葉子は言った。


「なにがやっぱりなんですか?」

と訊くと、


「いや、蓮ちゃんは絶対、社長と付き合うと思ってたわ」

と言い出す。


「いや……なんでですか」


自分でもまさかこうなると思ってはいなかったのに、と思い、問うと、

「なにかこう、初めて見たときから、しっくりくるものがあったのよ。

何処か似てるところがあるって言うか」

と言われ、不本意だ、と思っていた。


一体、何処が似てると言うんだ、と思ったからだ。


「おっと。

この話は此処までね」

と言う葉子は、急いで仕事に戻っていた。


すぐに秘書室のドアが開いて、脇田が現れる。


なんで来るのがわかったんだ。

足音だろうか。


さすが秘書の鑑だ、と思っていると、脇田が社長室に入るのを見て、葉子は小声で言ってきた。


「まだ、脇田さんには、社長と付き合ってるって言わない方がいいわよ」


「なんでですか?」


職場恋愛は禁止だと怒られるとか? と思っていると、うーん、と葉子は困った顔をしたあとで、


「ま……社長がつるっとしゃべるとは思うけどね」

と言っていた。




「何処かスケジュールは空いてるか?」


社長室に入るなり、いきなり、そう言ってきた渚に、脇田は、

「なにか用事でも入りましたか?」

と訊いた。


「蓮と結婚しようかと思って」


ちょっと反応が遅れてしまった。


「それ、秋津さんに許可貰いました?」


案の定、渚は、いや、と言う。


「……渚」


社長室で勤務時間にどうかと思ったのだが、此処は友人として、一言、と思い、言ってしまう。


「お前、そういうことを一人で決めるなよ」


椅子に座ったままの渚がこちらを見上げて言う。


「もちろん。

蓮の親にも言うよ。


ちょっと手間取るかもしれないが」


「そうじゃなくて、秋津さんは、それでいいって言うのかって訊いてるんだよ」


「蓮は反対しない。


……と思う」


さすがにそこは言い切らなかった。


少しは人のことを考えるようになったか、と思う。


そういう意味では蓮と出会ったのはいいことなのかもしれないが、と溜息をつく。


「何処か空いてる日があったら、教えてくれ。

蓮にも訊いてみるから」


「……わかった」

と言い、特に用はないが、そのまま社長室を出て行った。



「あ、脇田さん」

と受話器を手にした葉子が立ち上がる。


電話のランプを見ると、内線電話のようだった。


「ごめん。

すぐ戻るから」

と急ぎの用がある風を装う。


顔を上げ、こちらを見ていた蓮をちらと視界に入れたあとで、秘書室を出た。




脇田が出て行ったあと、渚は、黙って椅子に座っていた。


……だから、いっそ、早い方がいいかと思ったんだがな。


脇田の消えた扉を見る。


脇田が蓮に惹かれているのには気づいていた。

ならば、長引かせるより、早くにケリをつけた方がいい気がしたのだが。


遅すぎたのか。

元より、そんなことでは解決できないことなのか。


わからんな。

今まで、恋とかしたこともなかったから。


仕事の交渉なら、駄目になる交渉でも、早い方がいい気がするんだが。


うーん、と思っていると、扉がノックされる。

その音だけで、何故か、蓮だとわかった。


「はい」

と言うと、案の定、蓮がお盆を手に入ってきた。


お盆を片手に、一度後ろを向いて、扉を閉めるという動作が、不器用な蓮には難しいらしく、ちょっと危なかしい感じだった。


側に行き、お盆を支えてやると、こちらを振り返り、蓮が苦笑いする。


「す、すみません」


「いや……」

と笑うと、蓮は照れたように視線を外した。


ほんと、可愛いな、こいつは、と思い、思わず抱き締めると、

「やっ、やめてくださいっ。

仕事中ですよっ」

と逃げようと身をよじる。


「莫迦っ。

お前、お茶引っ繰り返るだろうがっ」


「すっ、すみませんっ」


扉の向こうから、葉子の抑えた笑い声が漏れ聞こえてきた。


蓮にもそれが聞こえたらしく、しまったー、という顔で赤くなっている。


「お盆、置いてこい」


「は? はいっ」

と慌てて、蓮はデスクにお茶を置き、お盆を部屋の隅の台に置いてきた。


「なんでしょう?」

と生真面目に訊いてくる。


いや、別に仕事を申しつけようってんじゃないんだが、と苦笑いしたあとで、蓮を抱き締めた。


「いや、ですから。

仕事中は……」

と言う蓮に、


「わかってる。

今だけだ」

と言い、逃げられないよう、腕の力を強くした。


そのうち、蓮も逃げようとするのをやめた。


蓮の髪のいい香りが鼻先でする。


学生時代から気が合って、というか、よく俺の面倒見てくれてたな、と脇田のことを思い出す。


無理やりこの会社に引っ張ってきて、秘書をやらせて、悪かった、とは思っていたが、それでも、自分の選択は間違ってはいないはずだと思っていた。


脇田も口ではなんだかんだ言いながら、楽しそうに秘書の仕事をやっていたし。


もし、嫌なら、自分が引き止めたところで、振り払って辞めるくらいの意志の強さは脇田にはあるから。


でも……。


「もしかしたら、今度は駄目かもな」

と呟く。


え? と蓮が自分を見上げたようだった。


その顔は今は見えないが、声色が心配そうだった。


「いや……なんでもない」


脇田が思ったより本気なら、ちょっと揉めそうだな、と思っていた。


自分が蓮に相手にされていないうちは、まだよかったのだろうが。


本来、天秤にかけるものではないのだが。


無理やり連れてきた脇田が離反するかもしれないとわかっていて、蓮を手に入れたことで。


なんだか、脇田と蓮を天秤にかけて、蓮を選んだみたいになってしまったのも問題だろう。


「一回だけ、キスしていいか?」

「はい?」


「そしたら、今日一日、頑張るから」


抱いていた手を離し、視線を蓮の位置まで下げて問うと、彼女は赤くなって言った。


「だから、わざわざ断らないでくださいって言――」


言い終わる前にキスしていた。

そう言うということは、いいんだろうと思って。


「愛してるよ、……蓮」

そう囁くと、蓮はもうこちらも見られないくらいに赤くなって俯いている。


なんでこんなに可愛いんだろうな、と思いながら、

「お前は言わないのか」

と訊くと、


「言えません」

と言ってくる。


「言え」

「言えませんっ」


「言え!

社長命令だ」


「ええっ?

じゃあ、会社辞めますっ」


「莫迦め、お前、派遣社員だろうが。

この会社、配属されてるだけじゃないか」


ああっ、そうだったーっ、という顔をし、

「じゃあ、派遣会社辞めます~っ」

と叫び出す。


「あのマンションの金、払えるのか?

俺は払わないぞ」

と言ってやると、蓮は、ぐっと詰まった。


あのマンションは蓮にとって、大事な自立の証のようだと気づいていた。


「ほら、言え。

『愛してる、渚』って」


言えるか~っ、という顔を蓮はしている。

「わかった。

じゃあ、お前の方からキスしてみろ」


「……自決してもいいですか?」


「追い詰められるな……。

何事もやってみなきゃわからんだろうが」


「偉く前向きな発言に聞こえるけど、違いますよっ?」


堪え切れなくなったらしい、葉子の笑い声が扉越しにもはっきりと聞こえてきた。















派遣社員の秘め事  ~秘めるつもりはないんですが~

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