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はあーっと一気に堪えていたため息をついた。心臓に悪すぎる。
とりあえず新藤さんが戻ってくる前に着替えてしまおう。完全にパジャマとわかるようなものは恥ずかしいので、有名なスポーツメーカーのロゴが入った紺色のジャージを着た。
それからすぐ、職場の上司である水谷佐知(みずたにさち)に連絡を入れた。明日、病院行くことになりましたので、出社ではなくリモートでの仕事ににさせて下さい、自宅で仕事をやります、と。
送信してすぐ、キラキラのスタンプで『OK!!』更に『その代わり、りっちゃんのおっぱい触らせて♡』と返ってきたので、思わず『×』のスタンプを送信した。
水谷佐知――通称・さっちゃんは、私の一歳年上の先輩で、職場のゆるキャラ的存在。背がとても小さくて、百五十センチもない。
低身長のチャーミングでカワイイ容姿しているのに、なぜか私のおっぱいを揉むのを生きがいにしている変態上司。ちなみに独身。眼鏡オタク同盟仲間だから、新藤さんは絶対さっちゃんに紹介できない。
さっちゃんは肉食獣だから、新藤さんを見つけたら獰猛に狙うことは間違いない。新藤さんが食べられてしまう。
それだけは阻止しなきゃ!!
もやもやしていると、再びさっちゃんから連絡があった。何故か怒りマークがいっぱい付いたスタンプが返って来た。
おさわり許可しなかったから、怒っている模様。どうして私が怒られなきゃいけないの。
はぁ…もう。
さっちゃんには報告を入れたけれど、職場には明日また改めて連絡して挨拶に行こう。リモートでも問題のない自由な職場だから、こういう時は本当に助かる。ありがたい。
光貴には絶対に直接言いたいから、『お疲れ様、打ち上げが終わったらなるべく早く帰って来て』とメッセージを入れておいた。
忘れないうちに、リビングの椅子にかかっている光貴の脱ぎ散らかしたズボンを回収して、洗濯機の中に放り込んで蓋を閉めた。ふぅ。これで片付いた。見られて困るようなものは、これで片付いたかな?
白斗のフォトスタンドやポスターは片付けると却って不自然だろうから、そのままにしておこう。
あぁ。新藤さんがもう一度この部屋に戻って来る……。
もうそろそろかな、と思っていた所で、チャイムが鳴った。
ドキドキしながら待っていると、玄関が開いて新藤さんが戻って来た。ビニール袋を手に提げていて、その中には飲料水を始め、たくさんの食料品が詰め込まれていた。
「こんなに沢山買ってきてくださって、ありがとうございます。お代、払いますね」
財布を取ろうと思ってソファーから立ち上がると、グラリと視界が揺れた。
そのまま新藤さんに抱き留められて、無茶はいけませんよ、お代は結構ですから、と微笑まれた。
距離が近い。ドキドキしてしまう。
私の激しい動悸が、どうか新藤さんに伝わりませんように。
「もう横になられた方がいいですよ。色々購入してきましたので、お好きなものを取って、後は冷蔵庫にでもしまっておいて下さい。お食事はできるか解らないので、サンドウィッチとおにぎりを買ってあります。ゼリー飲料なども入っていますから」
「ありがとうございます」
新藤さんから袋を受け取って、中身を冷蔵庫に移した。思った以上に沢山頂いてしまったので、今度何かでお礼をしよう。
飲みやすそうな飲用水を取り、リビングのテーブルに置こうとしたら、再びひどい立ち眩みがした。
「律さん!」
新藤さんが駆け寄って支えてくれた。肩を抱いてくれている。細くて長い指。力強い腕にしっかりと支えられている。
ああ、どうしよう。みるみる顔まで赤くなってしまった。新藤さんに見られたら困るので、誤魔化すように俯いた。
……光貴、どうして今日に限ってライブなの?
いつも一緒にいるのに、肝心な時にいつも外してくる。今日が一番大事な時なのに、どうして私の傍にいないの――責任転嫁して、光貴を責めた。
本当はわかっている。既婚者のくせにグラつく自分が一番悪。
でも、こんな弱々しい時に優しくされたら・・・・堕ちてしまいそうになる。
光貴早く帰って来て。
今、一番光貴の笑顔が見たい。
私をちゃんと捕まえておいて。
自分を奮い立たせるためにも、光貴のことだけを考えるように努めた。
三次元の男性以外に、浮ついた気持ちを持つなんて、絶対やっちゃいけないこと。光貴が大事。私には、光貴だけだから。
大丈夫。私は光貴との愛の結晶を宿したの。
本当の、本物のお母さんになるんだから!
これ以上新藤さんのことは考えないように、全ての思考をシャットアウトして邪な気持ちは自分の中から追い出した。
「律さん。ご自宅のスペアキーをお借りしても問題ありませんか?」
「えっ。どうしてですか?」
「律さんが眠るまで、傍にいさせてください。眠られたら、スペアキーで玄関を施錠して帰ります。預かったキーは、明日返しに参ります」
「……新藤さん」
私が断わる前に新藤さんの口が動いた。「貴女が眠るまで、傍にいさせてくれませんか」
新藤さんが私の手に指を絡ませ、鋭い目線で私を見つめた。「このままでは律さんのことが気がかりで、帰る途中に事故に遭ってしまいます。なので、私が安心するまで、見届けさせて下さい」
有無を言わせぬ威圧感があった。
どういうわけかこの人には逆らえない。捕らえられた獲物のごとく、私は彼の言うことに従ってしまう。
私はそのままベッドに入った。私を見つめる新藤さんと目が合う。
ドキドキする。恥ずかしくあまり見つめないで欲しいと思う反面、もっとして欲しいと思っていまう。思考がおかしくなる。
「目を閉じると、すぐ眠れますよ。お休みなさい」
よく響く、低い声。
素敵なイケメンに手を握って貰って、甘い声を聞いてキュンとして、体調悪いヒロインが眠るまで傍にいてくれる――まるで乙女ゲームのようだ。
ごめん、光貴。
これはゲームだから。
非日常をリアル体験している、オタクの妄想(ゆめ)を見ているだけ。
目を閉じていると、色々あって疲れていたせいもあり、次第に意識が薄れてきた。
『空・・・・』
そら?
誰のことなのかな?
もしかして妹さんの名前?
きっと辛い過去を思い出しているんだろうな。
彼が私に親切なのは、妹さんにできなかった罪滅ぼしをしているだけ。
『……』
掠れるような新藤さんの呟きが聞こえたけれど、なにを言ったのかまではわからなかった。
私は彼の温もりを感ながら、そのまま意識を手放した。