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グレイスは、立ち上がるとアゲルをゆっくりと見下ろす。
「遅かったですね」
「やはり、バレちゃっていたようですね」
二人のやり取りに、僕は頭が追い付けずにいた。
「えっと……どういう……」
すると、アゲルは珍しく従順に、こちらを振り返ってグレイスを手で指し示し紹介した。
「彼が……いえ、 彼女こそが、僕たちの探していた風の神 ヒーラです」
すると、グレイスの姿は、みるみる長髪で豊かな緑を思わせる、ドレス服の女性の身体へと変貌した。
「ヤマトさん、今まで騙してしまっていて申し訳ありませんでした。アゲルさんの正体に気付いたのも、あの戦いの時です。私こそが、自然の国 風の神 ヒーラです。巻き込んでしまった貴方達には、ちゃんと全てをご説明します」
そう言うと、ヒーラは岩肌に腰を掛けた。
「グレイスさんは守護神で……でもいなくて……あれ……?」
「混乱されるのも無理ないでしょう。ただ、グレイスは私が創り出した幻想の人物ではなく、過去に実在していた人物なのです」
「どうして……成り変わっていたんですか……?」
ヒーラは空気中に茶葉を集め、昨日のように器用にお茶を注ぎ、僕らの手元へ差し出した。
「自然の国には元々、自然街を守る緑服の兵士、荒野地帯を守る茶色い服の兵士たちがいました。自然街の兵士長を務めるのは、今戦っている水魔法のバルトス。そして、荒野地帯の兵士長がグレイス。二人はとても仲が良く、流通がうまく行われていたのも、そんな二人の仲の良さが、周りの支えになっていたのです。私が成り変わった二年前になりますか……。私の、神の加護、疾風を持ってしても気付けない程の早さで、グレイスは、とある一味に殺されてしまいました。私の使命は、自然の国の人民を守ることなのに、グレイスのことを守れなかった。グレイスが死んでしまったことはバルトスも知っています。何故なら、彼こそが本当の風の神の守護神なのです」
「バルトスはなんとか流通を円滑に進めようとしましたが、荒野地帯の兵士たちを宥めるグレイスの存在はあまりにも大きく、グレイスの存在無しではやはり上手くは成り立ちませんでした。私も、直ぐに国の変化を危惧して、それからずっと成り変わってはいましたが、やはり中身が違えば国は変わっていくものです……。そんな折、私は思ったのです。どうして、一人の人間だけが全てを担ってしまっていたのか。他の人たちは、他の全ての人民たちは、何故協力しようとはしないのだろうか、と……」
「だからって……内乱を黙って見ているんですか……!!」
「そうですよ。アゲルさんも仰っていましたよね。どちらかを完全に滅ぼすか、内乱を起こさせるしかない、と」
「そんな……」
「バルトスが言っていました。僕が彼ら全員の捌け口になってみせると。だから私も、この国の神として、約束をしました。誰一人として死傷者は出さないと」
「死傷者を出さない……? 戦争ですよ……?」
いつの間にか、激しい戦いの音は止んでいた。
立っていたのは、バルトスただ一人だけだった。
「さて、ここからが私の仕事ですね」
負傷した兵士たちは全員、バルトスの水球に閉じ込められていると思いきや、他の攻撃から守られていたのだった。
「恐らく、あの水球、水のバリアが、風の神の守護神バルトスの守護の加護。人を守る力。加護魔法なのでしょうね」
バルトスは部隊長たちを相手にしながら、他の兵士全てをその手で守っていたのだ。
「お疲れ様です、バルトス。貴方の責務と意志、しっかりと見届けました」
「ありがとうございます。ヒーラ様。僕は……少し休ませて頂きます。流石に……疲れました……」
そう言うと、バルトスはヒーラと対面するや否や、その場にバタリと寝転がってしまった。
「ヤマト、よく見ててください。神の魔法です」
“風神魔法 フルフィール=フルヒール”
ヒーラが目を瞑り、両手を空に上げると、見渡す全ての負傷兵たちが浮き上がった。
そして、彼らの傷はみるみる内に治癒されていった。
「これが風の神ヒーラの風神魔法。一瞬にして、どんな人数だろうと治癒させられる力です」
「魔法だけでこんな凄いのに、バルトスさんにも、ヒーラさんにも、まだ加護の力があるんでしょ……?」
「そうですね。バルトスさんであれば、本来は武器経由でしか魔法は発動できないですが、守護の加護の力で、風のある場所全てから、守る為の水球のバリアを出現させられる。それから、先の壁のように、国を断裂させるほどの膨大な魔力量でしょうか」
やがて、治癒が終わると兵士たちは再び、静かに地面へと降ろされた。
「そして、ヒーラの受けた加護、疾風は、風の速度でこの国のどこへでも駆け巡ることができる」
「はい。しかし、グレイスを殺されてしまった……」
俯きながらも、ヒーラは僕に近付いた。
「旅人ヤマト様、貴方に、風の加護を……」
「えっ……でも……僕は何も……」
「そう、何も出来ないんです。神も、人も、天使でさえも。一人では、何も出来ないんです」
そう言いながら、ヒーラは空を見上げていた。
こうして僕たちは、自然の国を発つことになった。
カナンの母親をヒーラに尋ねたが、全く見たことも聞いたこともないらしい為、カナンの母親探しも兼ねて、旅に同行させることになった。
「で、風の加護を受けたわけですが、どんな力なんだろう?」
「実際に使ってみたらどうですか?」
「それが手っ取り早いかぁ……」
そして僕は、以前のように身体の奥に巡るエネルギーを感じ取り、その言葉を口にする。
“風神魔法 ウィンドストーム”
「うわっ!!」
足元に陣形が現れ、考えていた目の前の木まで一瞬で移動してしまった。
「凄いですね〜! 風神魔法! これで近距離戦闘でも両手が使えますね! ま、ヤマトには人は殺せないですけど!」
「う、うるさいな!」
「それで次の国まで乗せてってくださいよ!」
「無理だよ! 二人も担げない!」
次の目的地は楽園の国。
炎の神がいると言うが、観光地として有名な自然の国ですらこの有様だった。
どんな波乱が待ち受けているのか、不安ではある。
でも、案外楽しいと感じている自分もいた。