テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
𝕔𝕠𝕔𝕠
9,008
abc
730
#さのじん
さき
1,092
夢と自覚しながら見る夢を明晰夢と呼ぶらしく、疲れている時に見られることが多いと聞いたことがある。
厄介なソレに頭を悩ませる日々が続く中、その夜、もれなく俺は疲れていた。翌日に控えた雑誌の撮影で久しぶりに彼に会わなければならないこともあり、寝付くまでに相当時間が掛かったと記憶している。だから、できることなら夢を見ないほど深く眠ることができたらベストだったのに。
ああ夢を見ているな、と思いながら目の前の景色を眺めていた。いつの間にか立っていたのは、自分の部屋によく似た空間だった。違うのはダブルのベッドが中心にひとつだけあるところ。そこには、俺に背を向けて誰かが腰掛けていた。
どうせあれだろう、昔の自分とか友人、家族あたりだろう。だいたい夢の登場人物は決まっている。文句をたれたところで仕方がないのは重々承知だが、強いて言うなら見慣れた自分の寝室っぽいのが絶妙に生々しくて嫌だ。夢ならもっと夢らしく、雲の上とかファンタジックな状況とかであればいいものを。あと、どうせなら楽しい思いがしたいし、現実では有り得ないような経験をしてみたい。
そんな夢だから許されるご都合主義な展開を考えながらベッドに近づくと、朧気な幻影だったものが徐々にはっきりと形作られていく。
「は、……なんで」
「……仁人?」
思わず溢れた声に反応したらしい耳触りのいい声に呼ばれて、心臓がじわりと熱くなる。声の主なんて確かめるまでもなく、俺の記憶の中で一人しかいない。
首を捻って、男がこちらを振り返った。こんな時でも整った顔立ちは見惚れてしまいそうに美しい。普段プライベートで見るようなラフな格好をした姿の彼が口を開く。
「そんなとこに立ったままだと、足が冷えるよ」
頭の中で思い描いていたふたつ年上の彼が、ふわりと目元を緩めて俺を手招きする。夢は願望の現れだというから、こんな夢を見ている時点で俺の勇斗への懸想は本物だ。目が覚めてから羞恥で頭を抱える自分が目に浮かぶ。それでも、目の前に想い人がいれば単純に嬉しかった。
吸い寄せられるように歩み寄って、彼の隣に座る。間に空けた拳一つ分のスペースは、一秒にも満たない感性と理性のせめぎ合いの末の結果だ。
そう自分に言い聞かせながらも、いやでもこれは所詮は夢で他の誰かに見られるわけでもない、良くない浮かれた思考回路が頭を侵食し始める。
ほんのちょっとだけ欲を出して、肩をくっつけた。そろりと顔を見上げれば、優しく笑って肩を抱き寄せられた。ほっと息を吐きそのまま体重をかけて凭れ掛かり、肩に頭を預ける。驚かれたり困惑されたりしないだろうか、なんて不安はとっくに無くなっていた。だって、ここは俺の夢の中なのだから。冷静な頭の隅でそう思うのに、しなやかな筋肉と骨を感じる硬い感触がこの上なく幸せだった。いつの間にか隙間なく詰められた距離、頭の上から彼の心地良い声が響く。
「仁人、疲れてる?」
そんなことを聞いてくるこの男は、当たり前ではあるが現実の勇斗と地続きではないらしい。きっと、俺の考えた最強の佐野勇斗、みたいな自分にだけ都合のいい作りものだ。そうでなければ、こんなの許されるはずもない。
「あー……どうだろ。疲れてる、のか……?」
「なぁんで、疑問系なの」
俺のふわふわした返事に軽く吹き出すように笑って、まるで幼い子どもを褒めるように、よく頑張ったね、なんて頭を撫でてくる。ふっと力の抜ける感覚に一瞬自分らしくないなと思ったが、まあ夢だしどうでもいいかと小さく笑って優しい手つきに身を委ねた。
「そういえばこの間さ……」
そのまま仕事であったことやプライベートのこと、他愛のない話をだらだらと続ける。合間に聞こえる相槌すら心地良くて、このままだと抜け出せなくなりそうだなとぼんやり思いながら、そういえばこの男のことを何も聞いていないなと肩に乗せていた頭を上げる。不思議そうに首を傾げる彼を上から下まで確認する。
「……あのさ、こんだけ喋っといてすごく今更なんだけど。お前は、『サノハヤト』でいいんだよな?」
「……へ?」
きょとんと何度が瞬きをしていたかと思ったら、次の瞬間には聞き覚えのありすぎる快活な笑い声が空間に響いた。
「え、すげぇ笑われた……」
「ふっ……、や、だってそれで、俺が違いまーすって言ったらどうすんの」
「とりあえず殴る」
「理不尽すぎるだろ」
彼の態度に思わず拳を胸元へぶつけようとしたが、分かりきっていたかのように大きな手に包み込まれきゅっと握られる。温度のないそれに、ああやっぱり夢なのかと改めて感じて少し虚しくなった。拳を解かれ、逃さないと言わんばかりに指を絡め取られる。
「仁人の目には、今、サノハヤトって人間が映ってるんでしょ」
「そう、だけど」
「なら、仁人の潜在意識がその人を求めてるってこと」
「……つまり、俺がお前を生み出した?」
「まあ、そういうことになるよね」
それは即ち、俺が他のなにかに強く惹かれれば目の前の彼は消えて、いや、成り代わってしまうのか。もしかすると一旦この夢が終わって目が覚めるような感覚がきっと近いのかもしれない。
いずれにせよ、こんな状況になっている以上自分の脳内のどれほどを彼が占有しているのか。考えなくとも明白なソレに深いため息がこぼれた。己の深層心理がこの男の存在理由になっているのならば、それは、つまり。
「……あー、お前はさ、その、どこまで知ってんの」
「仁ちゃんの考えてることならなんでも」
「……なるほどね」
ガックリ項垂れた俺に悪戯っぽく笑った彼を、ジトッと見つめる。本人と同じ見た目のヤツに図星を突かれているような感覚に内心ぐっと身が固まったが、まあそれならそれでいいかと思い直す。
所詮朝が来れば全部消える幻想なわけだし。
「──だからさ、仁人」
「え、なに……ちょっ」
抵抗する間もなく不意に身体が包み込まれた。抜け出そうにも背中に回された腕はキツくて簡単には解けそうにない。敵わない体格差を感じて鼓動が速くなる。いつか夢見たこの感覚は、心から嬉しいはずなのに、なぜか目の奥が熱くなって、咄嗟に目の前の肩口に伏せた。
「……あのさ、もっと」
強くして。そう言い終わらないうちに痛いくらいの力で抱き締められた。痛いんだけど、なんて俺の悪態なんてお構いなしにぐりぐりと頭を首に寄せてじゃれついてくる。柔らかい髪が触れる感触がくすぐったくて、いつの間にか笑っていた。
コメント
1件
せ、切ない……!