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心配はしていたものの、連絡を取る術が無かった羽衣子は高校を卒業し、都内の短大へ進学する為に叔父宅を出て学生寮で一人暮らしを始めた。
すると、どこから聞きつけて来たのか突然訪ねてきた兄は、どこかやつれた様子だった。
「悪いんだけどさ……ちょっと金、貸してくれないか」
困っているのは明らかで、聞きたいことは山ほどあるものの、ひとまず叔父から、「何かあった時のために」と生活費とは別に渡されていた十万円を差し出した。
「返すのは何時でもいいけど、連絡だけは取れるようにして? それと、ちゃんとご飯食べて」
そう言った羽衣子に兄は少しだけ目を伏せて、
「……分かった。ありがとな」
それだけ言うと自身の電話番号を言い残して去っていった。
それから暫くは電話を掛ければ短いものの話は出来ていたので羽衣子も安堵していたのだけど、ある日を境に再び連絡は途絶え、どこで何をしているのかも分からないまま時間だけが過ぎていった。
「……何で、今更……」
あの頃も思っていたが、今回にしても何故この住所が分かったのか。
正直疑問は尽きない。
羽衣子は急いで階段を駆け上がって部屋へと戻ると封筒を開き、中に入っていた便箋を取り出してゆっくり目を通す。
「…………」
そこに書かれていたのは、再び音信不通になってしまったことへの謝罪と、
「……あの時のお金を返したい、から……一度、会いたい……?」
借したままになっていたお金のことだった。
ずっと連絡も無かった兄からの突然の便りは嬉しいはずなのに、どこか不安も大きかった。
「……どう、しよう……」
だから、会いたいと言われても迷ってしまう自分がいて、すぐに書かれていた電話番号へ連絡することが出来ないでいた。
その日羽衣子は兄に連絡を取ることはなかった。
突然の手紙に気持ちが追いつかず、ただ封筒を机の上に置いたまま何度も視線を向けては逸らすことを繰り返すだけだった。
そして翌日、外へ出る気にもなれない羽衣子は部屋で一人、手紙の内容について考え続けていた。
(……会うべき、だよね)
謝罪と返金の申し出。
それだけ見れば、きちんと向き合おうとしているようにも思える。
けれど、あの時と同じようにまた突然いなくなるのではないか――そんな不安も拭えなかった。
「……どうしよう……」
小さく呟いたその時、ベッドの上に置いていたスマートフォンが鳴り響く。
「……え?」
手に取り、誰からの着信かを確認する為に画面を見ると、その名前に少し驚きながらも羽衣子は通話ボタンを押した。
「もしもし」
『……突然すみません、京極です』
「いえ……どうかされましたか?」
『実は昨日、吾妻先生がうちにポーチを忘れていまして、それを届けに伺おうかと』
「え? 本当ですか!?」
言われた羽衣子が急いで鞄を見てみると、確かにいつも入れている小さめのポーチが見当たらない。
「すみません。でも、わざわざ届けてもらうのは申し訳ないので大丈夫です。次に保育園でお会いする時に――」
『いえ、実はもう近くまで来ていまして』
「え?」
思わぬ言葉に聞き返した羽衣子。
『外、見ていただけますか』
言われるままに窓へ近付きカーテンを少し開けてみると、
「……あ」
アパートの前には見覚えのある車が停まっていた。
「す、すぐ行きます!」
慌てて通話を切り、羽衣子は急いで部屋を飛び出した。
階段を駆け下りていくと昴が車から降りてきた。
「すみません、わざわざ……!」
息を切らしながら駆け寄る羽衣子に、昴は小さく首を振った。
「いえ。むしろ、勝手に来てしまってすみません」
「そんなことないです! わざわざありがとうございます……」
差し出されたポーチを受け取りながら頭を下げた羽衣子は、
「希海くんは大丈夫ですか?」
気になっていた希海の様子を尋ねると、昴は僅かに表情を緩めた。
「ええ。熱も少し下がってきて、昼には食欲も戻ってきました」
「本当ですか……よかった……」
それを聞いてホッとしたように胸を撫で下ろす羽衣子。
その安堵した様子を見つめながら、昴はふと視線を細めた。
「……吾妻先生」
「はい?」
「何か、ありましたか?」
唐突な問いに、羽衣子は一瞬言葉を失う。
「顔色が、あまり良くないように見えたので」
ほんの少しの沈黙の後、羽衣子は首を横に振る。
「……いえ、大丈夫です」
「そうですか」
昴はそれ以上は追及せずに小さく頷くと、
「それでは、失礼します」
「はい……ありがとうございました」
軽く会釈を交わして車へと戻っていく。
そして、去っていく車を見送りながら羽衣子は無意識に手紙のことを思い出していた。
(びっくりした……いきなりあんなこと聞かれるなんて……)
普通に接していたつもりだった羽衣子は悩んでいることを見透かされていたことに驚きつつ部屋へ戻ると、すぐに机の上の手紙を手に取る。
それから少しだけ深呼吸をしてスマートフォンを手に取り、記されていた番号へ発信した。
『……もしもし』
すると数コールの後、電話が繋がり、
『もしかして、羽衣子か?』
兄が嬉しそうに声を上げた。
「うん……久しぶり」
『元気だったか?』
「うん……お兄ちゃんも、元気?」
『まあ、うん』
どこか歯切れの悪い答えに違和感を覚えつつも、手紙の内容を切り出した。
「……手紙、びっくりしたよ」
『ごめんな、いきなり……。突然訪ねるのはさ、お互い心の準備が必要かと思って……とりあえず、手紙を送ったんだ』
「……そっか……。でも、どうして私が住んでる所が分かったの? 叔父さんに聞いたとか?」
『いや、流石に叔父さんに会わせる顔が無いから会ってない。探偵雇って探してもらったんだ……羽衣子のこと』
「探偵……。そっか……」
それならば居場所が分かったのも頷けるとそれについては追求せず、
「……その、お金のこと、だけど……」
『ああ、今までごめんな。あの時は色々あってさ……どうしても返せなかったんだ……』
「そっか……」
『それで、いつなら会える?』
「……えっと、早くて来週の日曜日……かな。土曜日は仕事があるから……」
『分かった。それじゃあ来週の日曜日、羽衣子の家に行くよ。いい?』
「うん、分かった」
こうして羽衣子は来週末に兄と会う約束を交わして電話を終えた。
「……お兄ちゃんと会う……。久しぶり過ぎて、何だか緊張するな……」
唯一の家族である兄と会えることはやはり嬉しい。
今度こそ連絡が途絶えることなく家族として繋がれたら良いなと思いながら兄への思いを馳せた。
コメント
1件
うわ、今回もじわじわ来る話だな……。兄貴、探偵使って居場所突き止めて手紙送るって、ちょっとガツガツしすぎじゃね? でも「久しぶり」って嬉しそうな声にはこっちもホッとしたわ。昴さん、顔色見抜くの早すぎて草。羽衣子の不安そうな心情、すごく伝わってきた。来週の日曜、どうなるんだろうな……。続きが気になる🔥
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