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夏祭りver.
今年初めての夏祭りの夜。
夜空に花火が上がるたび、浴衣姿の人たちがわっと歓声をあげる。
その喧騒の中、おらふくんが僕の隣で少し浮かれた顔をして、リンゴ飴を口にくわえていた。
「ん〜これおいしい!おんりーも食べてみて?」
「僕はいいよ。甘いの、ちょっと苦手で……」
「え〜〜〜? じゃあさ、はい、あーん」
そう言って、笑いながらリンゴ飴を僕の口に向けてくる。
断れなくて一口かじると、想像よりもずっと甘くて、口の中がきゅんとなった。
「……めっちゃ甘い」
「でしょ〜? でも、ね、こうやって一緒に食べると美味しく感じるよね」
おらふくんが笑うと、花火の光がその横顔を照らす。
その一瞬が、まるで映画のワンシーンみたいで、僕は思わず目を逸らしてしまった。
「ねえ、おんりー」
「……ん?」
「今日さ、なんで浴衣着てくれたの?」
「おらふくんが、“着てほしい”って言ったから」
「ふふ、そっか。……似合ってるよ。……すごく、かっこいい」
おらふくんの目が真剣で、そんなふうに見つめられると、胸が痛いくらいに熱くなる。
僕たちは付き合っていない。
でも、こうやって時々、心が触れる。
「手、つなぎたいな……」
おらふくんが、ぽつんと呟いた。
周りは賑やかで、誰も僕たちのことなんて見ていない。
なのに、彼のその小さな声が、胸の奥にまっすぐ届いた。
僕はそっと、彼の手を握る。
浴衣の袖からのぞく指先は少し汗ばんでいて、それでもずっと繋いでいたくなる温度だった。
「……こっち、来て」
僕はおらふくんを人混みから抜け出して、神社の裏の静かな場所へ連れて行く。
蝉の声も、太鼓の音も遠くなって、夜の風が肌を撫でていく。
「ここ、誰も来ないね」
「うん。ちょっとだけ……二人だけになりたかったから」
おらふくんが僕を見上げて、少し照れくさそうに笑う。
でもその目は、いつもよりずっと真剣だった。
「ねぇ、おんりー。……今日、どうしてそんなに優しいの?」
「……君が可愛いから。浴衣姿も、嬉しそうな笑顔も、全部見たら……我慢できなかった」
その言葉に、おらふくんの目が潤んだように揺れた。
そして、静かに僕の胸元に顔を寄せてくる。
「ねぇ……キス、してもいい?」
「……僕のほうこそ、したいって思ってた」
重なる唇。
どちらからともなく、引き寄せ合うように抱きしめた。
ほんのりした金魚すくいの水の匂い、甘い綿菓子の香り、遠くで聞こえる最後の花火の音。
すべてが混ざって、僕たちの世界だけが静かに息をしていた。
「……おんりー、もっと触れて」
おらふくんがそう言って、僕の胸元に手を滑らせてくる。
触れ合う指先、吐息の距離、どれもがゆっくりと熱を帯びていく。
でも、今はまだ。
僕たちはゆっくりでいい。
焦らなくていい。
想いが、もっと深くなる時間を、花火のあとに重ねていこう。
「おんりーと夏祭りに来て、本当によかった」
「僕も。君といるこの時間が……ずっと続けばいいって思った」
お互いの体温を確かめるように、強く抱きしめ合う。
付き合ってないふたりの恋は、確かにそこにあった。
言葉じゃなく、重なった手と、唇と、胸の鼓動で。
花火よりも強く、静かに、僕らの恋が咲いていた。
良き良き👍️
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