テラーノベル
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第2話 便利さの代償
放課後。
夕焼けに染まる街を、僕は一人で歩いていた。
学校から駅前まで続く商店街は、いつも賑やかだ。
この世界では、能力を使うことは特別じゃない。
建設現場では、怪力の能力者が重機の代わりに鉄骨を運び。
花壇では、植物を育てる能力者が色とりどりの花を咲かせている。
そして空を見上げれば、物流会社の制服を着た能力者たちが、大きな荷物を宙に浮かせながら運んでいた。
念力能力者による空中物流。
十五年前に始まったそのシステムは、今や世界中で使われている。
「便利な時代だよな……。」
思わず、小さく呟く。
昔は全部、人の手や機械で運んでいたらしい。
能力が当たり前になった今では、そんな光景を想像する方が難しかった。
その時だった。
道路の向こう側で、小さな女の子が嬉しそうな声を上げた。
「ねこさん!」
白い野良猫が、路地裏からひょこっと顔を出している。
女の子は、お母さんの手を離して一歩前へ出た。
その隣では、若いお母さんがベビーカーを押していた。
中には、一歳にも満たないくらいの女の子。
ぐずり始めた妹をあやそうと、お母さんはほんの少しだけ視線を落とした。
その、ほんの一瞬だった。
「……あ。」
女の子が、道路へ駆け出した。
同時に、空から誰かの叫び声が響く。
「危ない!!」
見上げると、念力能力者が運んでいた大型の荷物が、大きく揺れていた。
能力者が耳元の通信機に応答した、その一瞬。
集中が切れたのだろう。
宙に浮いていた荷物が傾き、落下する。
ドォンッ!!
地面に叩きつけられた荷物を避けようとして、一台の車が急ハンドルを切った。
タイヤが悲鳴を上げる。
その先にいたのは――。
「アリス!!」
母親の叫び声が聞こえた。
考えるより先に、身体が動いていた。
僕は鞄を放り投げ、道路へ飛び出す。
小さな女の子を抱きかかえ、そのまま勢いよく転がった。
アスファルトが手のひらを擦り、焼けるような痛みが走る。
でも、そんなことはどうでもよかった。
「大丈夫?」
腕の中の女の子は、大きな目をぱちぱちさせながら僕を見上げていた。
「……うん。」
その返事を聞いた瞬間、胸を撫で下ろした。
だけど、事故はそれで終わらなかった。
急ハンドルを切った車は、電柱に衝突して止まっていた。
運転席では、男性が苦しそうに身動きが取れなくなっている。
「誰か!」
僕は夢中で叫んだ。
「手を貸してください!」
周りには能力者がたくさんいる。
だけど、誰もすぐには動けなかった。
「俺の能力じゃ……。」 「待て、救急隊が……。」 「車体が歪んでる!」
その時だった。
「……どいて。」
後ろから、低い声が聞こえた。
振り返ると、一人の少年が立っていた。
制服姿の、僕と同じくらいの年齢。
どこか気怠そうな目をしている。
その指先で、小さな青白い火花が弾けた。
「そこの人!」
僕は思わず叫んだ。
「お願い! 中に人がいるんだ!」
少年は少しだけ驚いた顔をした。
「……俺に頼むのか?」
「早く!」
少年はため息をつきながら車の前へ立つ。
そして、静かに右手をかざした。
バチッ。
空気が震える。
次の瞬間。
轟音と共に、青白い雷が車体を駆け抜けた。
歪んでいたドアが弾け飛び、周囲から歓声が上がる。
「すげぇ……!」
「雷の能力者だ!」
「もしかして……。」
誰かが息を呑む。
「あれ、神童輝羅(しんどう あきら)じゃないか?」
その名前を聞いても、僕にはよくわからなかった。
そんなことより。
「大丈夫ですか!」
僕は急いで運転席の男性を支えた。
救急車のサイレンが近づいてくる。
男性を担架に乗せ、ようやく一息ついた時だった。
「お兄ちゃん。」
小さな声がした。
さっき助けた女の子だった。
「ありがとう。」
そう言って、僕の右手をじっと見つめる。
「……手、痛い?」
手のひらを見ると、いつの間にか血が滲んでいた。
「ああ、これ?」
僕は笑って答えた。
「大丈夫。かすり傷だから。」
女の子は少し安心したように頷いた。
その時、遠くから母親が駆け寄ってきた。
「アリス!!」
母親はアリスを強く抱きしめる。
「よかった……本当に……。」
そして、涙を浮かべたまま僕に深く頭を下げた。
「ありがとうございました……!」
僕は慌てて首を振る。
「そんな、僕だけじゃなくて……。」
そう言って、さっきの雷の少年を探した。
少し離れた場所で、救急隊員と話している。
アリスもその姿を見つけたらしい。
小さな指を伸ばして言った。
「あのお兄ちゃんも、助けてくれた。」
「カミナリのお兄ちゃん!」
僕は思わず笑ってしまう。
「そっか。」
「カミナリのお兄ちゃん、か。」
その頃。
当の”カミナリのお兄ちゃん”は、救急隊員から事情を聞かれていた。
「神童くん、今日は能力者育成プログラムの帰りだったんだよね?」
「ああ。」
「助かったよ。君がいなかったら大変なことになっていた。」
輝羅は、何も答えなかった。
ただ、少し離れた場所で、血の滲んだ手のひらを気にもせず、アリスと笑っている少年を見つめていた。
その夜。
ニュース番組は、昼間の事故を大きく取り上げていた。
『本日、都内で発生した能力物流事故。』
『能力物流システムの問題なのか、それとも人的ミスなのか。社会に大きな波紋を呼んでいます。』
画面には、事故現場の映像が流れる。
そして、雷を纏う少年の姿。
『現場では、偶然通りかかった高校生能力者、神童輝羅さんが迅速な救助活動を行いました。』
レポーターがマイクを向ける。
『神童さん、迷わず人命救助に向かわれたそうですね!』
輝羅は少しだけ面倒くさそうに答えた。
「……いや。」
「俺が着いた時には、もう先に飛び込んでた奴が――」
『さすがですね! やはりトップクラスの能力者ともなると判断力が違います!』
言葉を遮られ、輝羅は少しだけ眉をひそめた。
「だから、俺じゃなくて……。」
けれど、その言葉はキャスターの声にかき消され、そのままCMへ切り替わった。
テレビを消しながら、僕は小さく呟く。
「神童輝羅、か。」
「ああいう人が、本当の能力者なんだろうな。」
僕は知らなかった。
その頃。
帰りの車に乗り込んだ神童輝羅は、窓の外を流れる街並みを眺めながら、隣に座るスタッフへぽつりと聞いていた。
「なあ。」
「今日、最初に飛び込んだあいつ。」
スタッフは首を傾げる。
「え? あの無能力者らしい子?」
輝羅は少しだけ目を閉じる。
頭の中に浮かぶのは、迷いなく少女を助けに走った後ろ姿。
そして、あっさりと言ったあの一言。
『……僕、能力ないから。』
輝羅は窓の外へ視線を戻し、小さく呟いた。
「……あの無能力者、ちょっと気になる。」
第2話 便利さの代償 完
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コメント
3件
「無能力者だから」って言い切った主人公が、真っ先に飛び込んでアリスを助けたシーン、すごく響きました。能力社会の便利さの裏で、誰かの“集中の一瞬”が事故を生む——その“人間らしさ”を忘れてないところが、この作品の好きなところです。最後に輝羅が「気になる」って言ったのも熱いですね。ふたりの価値観の交差、どう育っていくんだろう。これからも静かに追いかけます🌙