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しかし年々クリスマスの特別感など薄れてきている。大人になればなるほど、誰だってそうじゃないんだろうか? 少なくとも坪井はそう感じていた。
特に働き始めてからは尚更だ。長期休暇前の月末で繁忙期。曜日の感覚もない。
その為イベントごとに張り切って会いたがる女は面倒になってきていたし、咲山のように強引な相手でなければ会社にいるか、家で寝て終わるか。
そんなものだったんだろう、ここ最近のクリスマスなんて。
でも、それはきっと、これまでの話だ。
今、胸の中を占める感情が、言葉が。
無意味だったものに”特別”を望み始めている。
無理やり感満載で刷り込まれてきた作り物のイベントに、だ。
しかし思ったところで、どうしようもない。それは真衣香が隣にいなければ成り立たない”特別”なんだから。
「……朝からテンション下がるって」
自分以外の、誰もいない部屋の中で苛立ちをあらわす舌打ちが虚しく響いた。
それを、ため息で誤魔化しながら洗面台に向かい、うがいをして顔を洗う。敢えて冷たい水で目をしっかりと覚まさせた。
そんな一連の流れの中にも、真衣香の声を思い出す。
『冬の朝は絶対水なんて使えないよ〜。だからお湯使っちゃって、手が、ほら。カサカサ』
差し出された小さな手。撫でるように触れたこと。
(バカの一つ覚えみたいにさ、あいつのことばっか)
禁断症状でも出ているのかと勘ぐりそうになるが、あながち、勘違いではないのかもしれない。
気持ちを切り替えるように深く息を吐く。シャツを羽織りジャケットに袖を通し、髪を整えネクタイを締め――
鞄を手に取ろうとして、ふと、何も食べていないことに気がつく。
基本的に朝食は食べない。そんなこと、ひとり暮らしを始めてからずっと当たり前のことだった。それなのに。
『朝ごはんは食べなきゃ元気でないんだよ』
どうやら、切り替えることはできなかったらしい。よみがえる、優しい声。
いつだったか、誰に強制されたわけでもない。
そして誰かが見て、評価してくれるわけでもない。そんな朝の清掃をせっせと頑張る真衣香に言われた言葉が……思い出された。
基本的に朝食は取らない、と。何かの流れでそんな話題になっての言葉だったと思う。
『手伝ってくれてありがとう。ね、坪井くんちょっとこっち。きてきて』
思いついたような無邪気な声に手招かれ、その朝掃除していた開発部を出て総務のフロアに入った。
『私も今日しんどいなぁって朝ごはん食べてこなかったんだけど、やっぱお腹空いてきちゃった』
そう言って恥ずかしそうに笑う。
『お弁当に持って来てたの。ね、一緒に食べようよ』
これならすぐ食べれるでしょ?と、バッグの中から取り出した巾着袋を広げて、白く小さな弁当箱をパカっと開く。そうして、にっこり笑いかけてくれた。
手元の弁当箱に再び目を向けると、サンドイッチが4つ、きっちりと詰め込まれているのが見えた。
その視線に何を感じたのか、真衣香は慌てたように声をあげる。
『あ、大丈夫! 朝作ったし傷んでないからね、もう寒いくらいだし。変なのも入れてないよ……たまご焼きとハムとレタスくらい』
真衣香の満面の笑みを前にして、ともに食べた朝食は美味しかった。情けないけど涙が出そうになるくらい暖かくて。
お前、昼飯どーすんの? って誤魔化すよう、からかうように聞いてみたら。
『八木さんと買いに行こうかなぁ』
なんて困ったように笑ったから。
チリチリと胸が痛んだことも、よく覚えてる。
あの時は認めてなんていなかったけど、そんなつまらないことで嫉妬していたんだ。