「朱里ちゃんからメッセージだ」
彼はそう言って、液晶画面を私に見せてきた。
【こんばんは。突然すみません。今、恵の側にいますか? 恵は大丈夫ですか?】
まっさきに私の心配をする朱里の言葉を見て、涙がこみ上げる。
「恵ちゃん、今日は混乱していると思うし、警察の事情聴取にも応じないとならないと思うから、明日は会社を休んで」
「……はい」
その言葉を聞いて、私は素直に頷いた。
自分としてもとても疲れ切っていて、こんな精神状態で明日出社したとして、いつも通り働ける気がしない。
腕時計をチラッと見たら二十二時半前だ。
これから家に帰ったとしても、興奮と不安とで眠れるか分からない。
PTSDとか、トラウマとかよく分からないけれど、あの家で一人で過ごしていたら、また誰かに襲われるかもしれない不安に襲われるだろう。
涼さんは目の前で、朱里に返事を打っている。
【無事で良かった。恵ちゃんと俺はいま病院にいて、彼女は無事。検査をしたけど異常なし。明日は会社を休んでもらう事にした】
そのあとも、彼は私に画面を見せながら朱里とメッセージを交わしていった。
どうやら私のスマホは朱里が持ってきてくれるらしい。
【恵ちゃんにスマホを渡すね】
やがて彼は朱里にそう返事をすると、通話ボタンをタップして私に「はい」とスマホを手渡してきた。
《もしもし、恵?》
朱里の声が聞こえ、私はホッと息を吐く。
彼女の声はいつもと変わりなく、声だけなら元気そうだ。
けれど第一声にどう伝えたらいいか分からず、私は沈黙する。
何回か朱里に名前を呼ばれた私は、おずおずと謝った。
「……ごめん」
《大丈夫だよ! ホラ、めっちゃ声が元気でしょ? しかもお腹空いてるの》
こんな時までお腹が空いていると言う朱里の言葉に、思わず笑ってしまった。
私を気遣っているのか、素なのか分からないけれど、そんな朱里が愛しくて堪らない。
《落ち着いたら一緒にご飯食べに行こう? お酒も飲んで、パーッと騒ごう!》
「……うん」
また朱里と一緒に日常に戻れるんだ。
そう思うと、フ……ッと抱えていたものが少し軽くなった。
《恵は大丈夫だった? 怪我してない?》
心配そうな声で尋ねられ、私は頷く。
「……うん。大丈夫」
本当は「朱里は?」と聞きたかったけれど、軽い怪我とはいえ、彼女が自分のせいで傷付いたのが申し訳なくて言い出せなかった。
《私、いま病院に向かってるんだ。同じ病院らしいから、待ってて》
「分かった」
そのあと、電話は切れた。
「ありがとうございます」
涼さんにスマホを返した私は、自分が先ほどより精神的に安定しているのを感じた。
「〝ふり〟か分かりませんが、朱里、元気そうで良かったです。お腹空いたんですって」
「じゃあ、病院が終わったら四人で夜ラーメンでも行こうか」
「ふふっ」
朱里が喜びそうな提案を聞き、私はつい笑顔になった。
そのあと、少し沈黙してからおずおずと涼さんに言った。
「……同棲の話なんですけど」
「うん」
彼は先を急がず、穏やかに私の話を聞いてくれる。
「……今の家って、割と立地がいいし家賃も安いし、人通りの多い所にあるから滅多な事は起こらないと思っていたんです。今回は田村が犯人だった。……でも今後、他の犯罪者が襲ってこないとも限らない」
「そうだね」
「前に涼さんに防犯を心配された時も、『大丈夫だって』と思っていた自分がいました。……自分だけは大丈夫だという過信があったんです」
俯くと、耳元でサラリと髪が流れた。
「……涼さんに心配されていた通りの事が起こりました。先日すぐに同棲していたら、田村は家まで来られなかったでしょう。……あなたの心配を無視してしまってごめんなさい」
涼さんは謝った私の手を握り、ポンポンと軽く叩く。
「確かに、物凄く心配した。……でも終わった事をグチグチ言うのはやめよう。恵ちゃんはこうして打ち明けてくれたし、同棲したいと思ってくれている……、ととってもいい?」
尋ねられ、私はコクンと頷いた。
「事件が起こってから、『やっぱり怖いから一緒に住んで』なんて図々しい事を言ってすみません。……でも、今後私の身に起こる事は、私一人の問題じゃなくて、涼さんや朱里を心配させる事だって理解したんです」
……と言っても、理解するのが遅すぎる。
私はいつものように「自分は女子らしくないし、何かがあっても大丈夫」と押し切って、結果的に皆に迷惑を掛けてしまった。
本当に最悪すぎる。
コメント
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辛い事件は起きてしまったけれど、これを機会に恵ちゃんと涼さんの同棲の話が進んだのは 本当に良かったね....👩❤️👨🔑💕