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――やはり、洞窟は迷宮になっていた。
(もう……どれくらい、魔物を倒したのだろう?)
次から次へと出てくる魔物を、片っ端から倒していく。魔物の種類なんて、もうよく分からない。
終わりの見えない、暗い洞窟の中。沙織とシュヴァリエは、徐々に強くなる澱んだ空気を感じていた。
普通なら、下層に行くに従って強い大物の魔物が出るそうだが――。なぜか、それが上層……しかも、洞窟の外へ出ようと入り口付近に溢れていたのだ。
(つまり、異常事態ってことよね……)
洞窟の奥で何かが起こっていると、シュヴァリエは言った。
洞窟内を進み、少しだけ魔物が減ってきた場所で、束の間の休息をとる。
「それにしても、この迷宮……魔物の様子が、変……です」
珍しく、シュヴァリエの息が上がっている。
「シュヴァリエ? 大丈夫?」
「はい……サオリ様こそ、大丈夫ですか? 魔力の方も、減っているのでは……ないですか?」
「うーん。減ってる感は全く無いかも……。でも……ここって、重いような変な空気よね?」
沙織の言葉に、シュヴァリエはハッとした。
「――サオリ様! 此処の空気を、吸ってはいけません!!」
「えっ?」
急いで軍服に装備してあった布を、口と鼻に当てるよう沙織に言うと、シュヴァリエも同様にする。
「何処からか……瘴気が、出ているのかもしれません」
「瘴気?」
「毒性の有る……悪い空気。そんなところです」
毒に耐性のあるシュヴァリエさえ、顔色はどんどん悪くなる。ついには、立っていられなくなった。
洞窟の壁に凭れ掛かるように、シュヴァリエを座らせる。冷や汗を浮かべるシュヴァリエの額に、沙織はそっと手で触れた。
突然、触れられたせいか、シュヴァリエはビクッ――と身体を強張らせる。
「すごい汗……大丈夫?」
「大丈夫です……申し訳ありません」
沙織に心配をかけまいと、シュヴァリエは辛いと言わず謝る。
(こんなに苦しそうなのに――私は何とも無い? おかしいわ。もし、私にだけ影響が無いのなら……この瘴気の正体は)
「これは、ただの毒では無さそうね。シュヴァリエ……ちょっとだけ、ごめんなさい」
蹲み込んでいるシュヴァリエを、優しく包み込むよう腕をまわす。
(これは、何か良くない物……光と相反する力が働いている筈だわ。それなら、私が浄化させてみせる)
そして、強くイメージする。
(シュヴァリエの身体から、この毒を吸い出し――癒しをっ!)
沙織の腕の中でシュヴァリエが光った。何かが浄化して行くのか、キラキラと粉のように舞っていく――。
二人の周囲だけ、瘴気が消えた。
「……サオリ様、今のはいったい?」
掠れていたシュヴァリエの声も、もとに戻っている。体内の毒素が消えて、苦しさも無くなったのだろう。
「毒が消せたのねっ……良かったぁ!」
思わず腕に力を入れて、シュヴァリエを抱きしめると……ホッと息を吐いた。
(いつも……)
クールで顔色を変えず、物事を達観していているようなシュヴァリエが、苦しそうにしている姿は――本当に不安だったのだ。
苦しさが消えたシュヴァリエは――。
沙織のその細い腕の、何とも言えない温もりに安らぎを感じる。そして背中に手を回して、そのままギュッと抱きしめた。
(……ふえっ!?)
ドキンッ――と、沙織の心臓が跳ね上がる。
(どっ、どうしたのかしら!? ……シュヴァリエも不安だったのかしら? あうっ、でもこの状況は……っ!)
頭の中は完全なパニック状態だ。
さっきまでシュヴァリエは苦しんでいた。
だからこそ、優しく頭でも撫でてあげた方が良いのか、公爵令嬢としては突き放した方が良いのか……。そんな事を考えてしまい、暫くそのままの状態で身動き出来ずにいた。
静寂の中、聞こえるのは二人の鼓動と息遣いだけ。ほんの少しの時間が、とても長く感じた。
このまま時が止まってくれたら――シュヴァリエはそう思ってしまうが。ふうっと息を吐くと、我に返った。
「サオリ様……ありがとう、ございます」
ようやくシュヴァリエは、抱きしめていた腕を緩め、沙織から離れた。
「い、いえっ。シュヴァリエが無事で良かったわ!」
心臓が口から飛び出でしまうのではないかと思う程、沙織の胸の鼓動は速くなっていた。
それをシュヴァリエに気付かれないように、こっそり深呼吸して、自分の仮説を話し始める。
「この死の森は、あの山の麓へと繋がっているわよね? 私達、洞窟の中をかなり走ってきたじゃない? ここが、もしも……あの山の真下だったとしたら?」
沙織の仮説に、シュヴァリエは一瞬言葉に詰まらせるが、暫く考え肯定した。
「その可能性は有ります。ここは、磁場がおかしいのか、方向感覚が狂っている感じがしますから」
「さっきの瘴気に、私の光の魔力が効いたのなら……。瘴気は呪いの影響で出ているのではないかしら?」
「でしたら……漏れ出た瘴気を抑えなければ、魔物の凶暴化は止められないですね」
「瘴気の出ている場所を探しましょう!」
顔を見合わせ頷いた。
持っていた布に光の浄化作用を付与して、シュヴァリエの口元を覆い、後ろで結んであげる。
「これで、瘴気は吸わずに済むわっ」
沙織は安心させるようニッコリ笑いかけた。
口元は見えなかったが。シュヴァリエも、微笑んだ気がした。
――そして、更に重くなる空気の中を進んで行った。