何が起ったか皆目見当がついていない状況であったが、コユキは気に掛けるでもなく、善悪に近付いてその安否を確認する。
鼻を摘まみ、口を確りと塞いで数十秒すると、ピクピク痙攣した後、
「ぶはぁ!」
と勢い良く上体を起こす善悪を、満面の笑顔で迎え、安心し気が抜けてしまったのか、コユキは声を上げて泣き出してしまうのであった。
五分ほどして、漸(ようや)く泣きやんだコユキと善悪は、オールスターズの面々にお礼を伝えて、お帰り頂くことにした。
色々話しを聞きたそうにしているメンバーもいたが、兎に角疲れたと言って納得してもらう事に成功したのだ。
皆を送り出した二人は急いで本堂へと入っていった。
コユキが、善悪を救った声の主は、オルクス君だと思うと、既に伝えていたからである。
御本尊の右側に立たせていた筈の、ソフビフィギュアは台から転げ落ち、本堂の床にうつ伏せの形で倒れていた。
近付いて行った二人だったが、揃って急に足を止め、目の前の出来事を凝視する事になった。
コロリと転がっていたフィギュアの周囲五ミリ位の範囲が、うっすらと純白のオーラに包まれると、両手を床についてその上半身を起こしたのだった。
驚いて言葉も出ない二人を尻目に、続けて片膝を立ててからスック! と立ち上がったフィギュアは、その場で大きく伸びをするように腕を頭上に持ち上げている。
余りに自然なその動きに忘れてしまいそうになるが、そもそもこのフィギュアには手足を動かす仕組みの類は存在していなかったのだ。
ウエスト部分で上下に分けられる以外では、どこにも可動部分はなかった筈だ。
そう善悪が考えていると、フィギュアはこちらに気がついた様で、テクテクと器用に歩いて近付いて来るでは無いか。
目を見張ってその様子を凝視する善悪の横から、コユキがフィギュアに声を掛けた。
「若(も)しかして…… オルクス君?」
すると、歩いて来たフィギュアは一旦立ち止まり、オルクス君がやるように、一瞬周囲のオーラを輝かせるのだった。
それを見た二人は、今度は自分達からフィギュア、オルクス君に向かって近寄り、善悪が優しくその体を持ち上げて不思議そうに言う。
「あれぇ? おかしいでござるっ? ウエストの開口部が無くなってしまっているでござるっ!」
「えっ!」
善悪の言葉に、コユキが焦ったようにオルクス君の胴体を覗き込んだが、確かにそこに有る筈のスリットは無く、ツルンと一体化しているではないか。
確認したコユキは当惑を浮かべながら呟いた。
「センセイどうしよう…… オルクス君出してあげられ無いですね……」
「う、うむ、確かに…… まぁ、このフィギュアには悪いが、オルクス君には変えられないのでござる…… 切断する! ちょっとハサミ取って来るのでござ……」
「ダイジョ…… ブ…… ダヨ…… キル…… ホウガ…… ヤバイ……」
「「えっ?」」
いつもの片言でオルクス君が話した事は、二人とも直ぐに分かった、にも関わらず揃って驚きの声を上げた理由は、その声が頭の中に直接届いたのではなく、フィギュアの口を僅か(わずか)に動かしてオルクス君自身が実際に発声した物だったからであった。
まだ、驚きすぎて無言のままの二人に対して、小さな口を動かしてオルクス君が話を続けた。
「……ヨリシロ…… ドウカ…… シタ…………」
その後暫くの間、オルクス君は話しを続けた。
曰く、
訓練中のあの事故を目にした時善悪を助けようと思った事。
その為には、自分のスキルを使うしか無いと判断した事。
スキル使用には発声が不可欠な為、肉体が必要であった事。
他に選択肢も無かったので、この人形を依り代にして受肉を果たした事。
受肉すれば、存在を維持していた魔力を、スキル能力に回せるので効果が増した事。
今後、魔力が十全に戻れば、本来の姿に戻れるであろう事。
拙い言葉であったが、一所懸命に話した内容は概(おおむ)ねこんな所であった。
さらに、善悪に向かって、大日如来像の台座部分に、ビニールロープを挟んで、床近くまで垂らしてくれと頼んできた。
早速、善悪が言われた通りにすると、両手でロープを掴んでスルスルと昇り始め、あっと言う間にいつもの定位置に立って言った。
「ツカレタ…… ネムル……」
それっきり何も言わずに体を覆ったオーラも静かに消え去って行った、おそらく眠りについたのだろう。
コユキと善悪の二人は、オルクス君を起こさないようにそっと本堂を後にして、台所へと向かうのであった。