「……あ、ごめんなさい……」
恵は爆弾を落としたと自覚していなかったみたいで、今になって焦っている。
「いや、いいのよ、いいのよ。よく言われるから。それに物怖じしない娘、好きよ~」
春日さんは片手で恵を制し、魚料理用に合わせた白ワインをクーッと飲んで言った。
「いやー……、よく分からないのよね。……なんだろ。中途半端に妥協して付き合ってイライラするぐらいなら、ジムに行って鍛えて、ショッピングして友達と食事したほうがずっと楽しいし自分のためになるんじゃ……って思っちゃうの。男性からのお誘いがない訳じゃないけど、なんか……どいつもこいつも考えている事が透けて見えるのよね。『三ノ宮グループの令嬢』『美人だから連れて歩いたら気分がいい』『金銭的に支援してくれる』……って」
彼女はハーッと溜め息をつき、水を飲む。
「それに私、付き合ったら全力で貢ぐ体質で、気がついたらバブちゃんができあがっているのよ。別れた男はもれなく紐体質になったらしいから、世の女性のためにも軽率に付き合わないようにしているの」
「うわぁ……、業が深い」
恵はドン引きしている。
「逆に春日さんは、どういう人がタイプなんですか?」
恵に尋ねられ、春日さんはニマニマして言う。
「うーん、理想が高い訳じゃないんだけど、私を引っ張ってくれる人かなぁ? 私自身、部下をビシバシ指導していくタイプだから、意見がぶつかり合う時もあると思うんだけど、そういう時に喧嘩腰にならずに、大人らしく対応できる人がいいなぁ。見た目にはあまり文句をつけないけど……、『いい男だなぁ』って思えたらいいわよねぇ……」
その時肉料理が運ばれ、ピンクの断面が美しい牛ロースに私は胸をときめかせる。
お皿の手前には岩塩と胡椒、山わさびがちょこっと添えられていて、赤ワインと肉汁をベースにしたソースもあるけれど、好きに味変して食べられるようになっている。
そして毎回、フレンチやイタリアンに来てお肉料理が出ると思う事だけど、この時だけよく切れる専用のナイフが出てくるので、その形状や切れ味を確認するのも一つの楽しみになっていた。
「……で、喪女なんですか?」
恵がまたズバッと聞くと、お肉を一口食べた春日さんが固まる。
そののち、モッシャモッシャとお肉を咀嚼してから溜め息をついた。
「……うっかりハズレを引いてしまったのよね。いわゆるガシ系。食事中に失礼。それに私もプライドが高いから〝女〟になりきれなくて……。それで男をホテルの部屋から追い出したのよ。そのあと、そいつは悔し紛れに私の事を『不感症』とか言っていたみたいで、『うるせー』と思ってたんだけど、もう何もかも面倒になっちゃって……。『この人でいいか』って妥協して、また同じ目に遭ったら嫌だし。……自分でも守りに入ってるって分かってるんだけど、どうしようもないのよね。なんか『この人に抱かれたい』って思う人がいないんだもの」
私はモグモグとお肉を食べながら神くんの事を思っていたけれど、なかなかオススメできずにいる。
私は春日さんと神くんを知っているけれど、二人はまったく面識がない。
「お似合いだと思うから」と引き合わせて、もしもうまくいかなかったら申し訳ないし、何より神くんは私に好意を抱いていてくれた。
先日だってとても立派な贈り物をくれたのに、その気持ちを蔑ろにして別の女性を薦めるなんて鬼畜の所業だ。
今日、二人と恵を会わせたのだって、本当は「合わなかったらどうしよう」とドキドキしていた。
私にとってエミリさん、春日さんがいい人で、恵が親友だとしても、三人の馬が合わなければ、会わせる事自体が余計なお世話になる。
自分にとっていい人=友達にとってもいい人とは、必ずしも言えない。
(だから今日はうまくマッチングしてくれて、本当に良かったんだけど)
そう思っていたのに四人で会おうと思ったのは、私が女子会をしたと報告したあたりから、恵が二人を気にする素振りを見せたからだ。
会わせず〝気になる人〟でい続けるよりは、どんな人か知ってもらって、あわよくば仲良くなってもらえたら……と思った。
(なんとかして、自然に神くんと春日さんを会わせられないかな)
そう思っているうちに会話は進み、お肉も食べ終わり、仕上げに苺のジェラートが添えられた苺のミルフィーユを食べる。
「まぁ、出会いだけはタイミングと運ですよね。私も副社長秘書にならなかったら、風磨さんとお付き合いしなかったと思いますし」
エミリさんが言い、私たちはうんうんと頷く。
食後のエスプレッソと小菓子を食べたあと、春日さんがお手洗いに立った。
これはお会計をしてくるつもりだと思った私は、ハッとしてバッグに手を伸ばし、腰を浮かせる。
先日の女子会で大いにご馳走してもらったので、自分で支払える金額なら払わないと駄目だ。
そう思って彼女を追いかけようとしたけれど、エミリさんに「まあまあ」と止められてしまった。
「春日さん、嬉しいのよ」
言われて目を瞬かせると、エミリさんは微笑んで脚を組む。
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