テラーノベル
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―――無垢の陰陽師。それは太古の昔から日ノ本を護り続けてきた種族“陰陽師”の一人。
陰陽師の中でも魔術と妖術、両方の扱いに長けており、陰陽師以降に現れた術師に対しても術の師になるほどのお人好し。
「君たちは私より強くなって欲しい。」
というのが口癖で、人柄も良く、“可逆魔術の陰陽師”と“可逆妖術の陰陽師”からは尊敬の眼差しを向けられていた。
様々な人と出会い、知識を積み重ねた無垢の陰陽師は、陰陽師を育てる存在へとなっていた。
しかし、とある出来事をキッカケにその思考と無垢の陰陽師の心は完全に変わってしまう。
「……………。」
天社神道禁止令が発せられた後に勃発した『妖術師一掃作戦』だ。
陰陽師達は人間とは違い、寿命が長く何世代もの刻を生きる事が出来る。
それ故に、無垢の陰陽師は『妖術師一掃作戦』の起きた時代も体験している。
ただ、無垢の陰陽師が見たのは“魔術師”と名乗る可逆魔術使いが妖術師を蹂躙する場面では無い。
―――魔術師を追い詰めた妖術師が、その一族を根絶やしにする瞬間だった。
「…………さぬ。」
更に不幸な事に、なんとその一族の娘である女性と無垢の陰陽師は、数日後に結婚式まで行う予定だったのだ。
「…………許さぬぞ。」
嫁を失ったことによる怒りと悲しみ。そして殺す必要の無いはずの彼女らを殺したことへの復讐心。
感情の矛先は必然的に、妖術師の師である“可逆妖術の陰陽師”へと向けられた。
「…………絶対に、お前たち妖術師は許さぬぞ」
その日を境に、無垢の陰陽師は自らが持ち得る魔術の全てを行使して妖術師を殺し続けた。
雨の日も風の日も、夏も冬も一切辞める事なく無垢の陰陽師は妖術師を探しては殺し、探しては殺しを繰り返していた。
そして、魔術師と無垢の陰陽師による妖術師一掃作戦が終盤に差し掛かった頃。
これまで行方を眩ませていたはずの“可逆妖術の陰陽師”が、彼の前へと姿を現したのだった。
「………無垢の陰陽師、俺の弟子達がしたことは全て知っている。それ故に、俺が弟子達を責めたりはしない。それが正しい事であると思っているからだ」
可逆妖術の陰陽師への接触を果たした無垢の陰陽師は、対話による冷静的な対応を考えていたが、実際に合うとその余裕はすぐに消えた。
「自分は悪くない」「全ては仕方がないことだ」と、無垢の陰陽師よりも圧倒的に冷静な姿に無性に腹が立っていた。
「………私の妻を殺したのが、正しい事だと!?仲間を殺すのは人としての道理を外れている事も分からないのか!?貴様ら妖術師はどこまでも外道なんだ!!」
言っている事、その主張全てが矛盾に塗れ、間違っていると自分でも気付いていた。
この言葉は偽物、可逆妖術の陰陽師と妖術師を正す言葉など必要ない。ただ無垢の陰陽師にある感情は“怒り”だけだった。
「………外道?俺たちを外道と言ったか無垢の陰陽師」
その言葉を聞いて、可逆妖術の陰陽師の雰囲気が一変する。
沙桜
1
#ファンタジー
masyu
121
「全ての元を辿れば、お前が師を務めていたはずの魔術師が大量虐殺などしなければ、妖術師一掃作戦など企てなければこんな事にはならなかったのだぞ」
冷静かつ適切な指摘。
可逆妖術の陰陽師の言い分は何一つ間違っていないし、全ての事の発端は“魔術師”だ。
「それを棚に上げて俺たち妖術師を非難するなど、一体どちらが外道なのだか。少し頭を冷やして考えれば分かる事だろう?」
それでも無垢の陰陽師の感情は“怒り”まみれ、その許容量を越えた辺りで限界を迎える事になった。
「無垢の陰陽師。敵を見誤るなよ」
一言。たった一言によって無垢の陰陽師は、完全に感情が崩壊した。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
この怒りが妖術の陰陽師に向けられるのはお門違いだと、私の中では分かっている。
憎むべきは始まりの魔術師であり、私の家族になってたであろう人たちを殺した妖術師だ。そこを間違えてしまえば、私は本当に『人間』ではなくなってしまう。
人としての感情を失った俗物に堕ちてしまえば、もはや“陰陽師”とすら呼べぬ怪物へと化すだろう。
―――そう分かっていても、それでも。あの時に話し合った時点で、私の心は酷く荒んでしまった。
私の中で呼応し続ける。私の中で叫び続ける。
妖術師を殺せ。妖術の陰陽師を、殺せ。魔術師を殺せ、術師は全て殺せ。
それが、人ならざる者となった私の役割だ。
「…………お願いします。もう、もうやめてください!!家族が居るんです、これ以上はもう耐えきれません!!」
私の目の前で泣き続ける男が一人。その辺で出会った妖術師の仲間。
だがもう、私にその声は届かない。
私の妻であった彼女たちも、同じことを言って、同じように命乞いをしていただろう。それを殺したお前たちも、私も同類だ。
陰陽師は、殺すべき存在だ。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
「―――目が覚めたか。妖術師」
ついさっきまで聞いていた人の声。その声に反応して、俺の瞼が開かれる。
視界に入るのは辺り一面が炎に包まれ、目に見える人間は全て斬り殺されている、何とも悲惨な光景。
「………ンな胸糞悪いやつを見せられて、呑気に寝てられッかよ」
ただし、その光景は時間が止まっているかのように静止しており、こちらから物や人間に触れることは出来ない。
そしてその空間で焦げた椅子に座って寛いでいるのは、俺の肉体を乗っ取り、自身の欲望の為だけに動く殺戮兵器。
「―――これはテメェが見せてるのか?無垢の陰陽師さんよォ」
「いいや、私は何もしてない。ただこの空間に入り込んだだけだ。私に記憶を見させる術も無いし、なにより私にとっては知られたくなかった事だ」
知られたくない過去。ということはやはりコレは、本当に起きた出来事を元に作られた『記憶の空間』。
「恐らく、不完全状態だった君の精神世界が、妖術と魔術の両方を扱う“私”という異物の介入によって活性化され、本来作られるべきだった空間を『私の記憶』と『妖術師の記憶』で無理やり補完して作り出したのだろう」
相互の記憶の混濁による、強制補完。
それがこの精神世界に広がる光景。無惨にも巻き戻す事の出来ない、無垢の陰陽師が取り戻したかった命の数々。
その怨念か、執念か。
強い意志が俺の精神世界で増幅させられた事で、空間の主である俺は部外者の記憶を見ざるを得なくなった。
惨いとはいえ、どちらにも正しい理由があった記憶を見せられた今。俺が無垢の陰陽師に聞きたい事はただひとつ。
「………無垢の陰陽師、テメェの目的は何だ」
「―――単刀直入だな。良いだろう答えてやる、私の目的は“可逆妖術の陰陽師”の粛清だ」
“可逆妖術の陰陽師”となれば、恐らく俺の祖先にあたる人物だろう。妖術の祖であり、無垢の陰陽師に激しい憎悪を向けられている陰陽師。
魔術師による一掃作戦を耐え抜いた果てに、その命を以て戦いを終結へと導いた人物。
「………やつはそんな大層な人間じゃないと言うのに、私たちから何もかもを奪った、だから私は可逆妖術の陰陽師を粛清する」
「可逆妖術の陰陽師の粛清だァ?陰陽師ってのァもう寿命で死んでるンじゃねェのか?」
陰陽師が全盛の時代となれば、平安時代から陰陽寮が撤廃される明治初年の辺り。
それよりも長い年月が経ち、既に元号が幾度も変わっている現代日本において、陰陽師は存在しない。はすだ。
「―――その通り、私たち陰陽師は既に死んでいる。長い刻を生きるとはいえ、今の時代までは不可能だ」
無垢の陰陽師がこう言っているのなら本当、なのだが………“存在:Aに喰われたあの陰陽師”が居た時点で少し疑わしく感じる。
いやそもそもアレは陰陽師だったのかどうかも分からない。
確か、『後続伝承のなんとか』という術を使っていたような気がするのだが。
「…………“アレ”はまだ生きて………いや、死んだのか。だが気にするな、奴は人としての感情と倫理を失った醜き俗物にすぎない」
あの陰陽師を知っている?ということはやはりアレは本物の陰陽師だったのか。
だとすればどのくらいの時間を生き長らえていたのだろうか。それに、人としての感情等を失った俗物と言うのは一体―――。
「………あ?」
―――何だ。今の一瞬、何かがおかしかった。
会話の中ではこれと言って違和感を感じる箇所は無かった。陰陽師の生死についての矛盾点も無い。
なのに、俺の中で疑問が残り続けている。本能的な………間違いを見過ごせない性格故の、違和感。
本当なら有り得ない事を目の前でされた感覚。それも、した本人ですら無自覚だからこそ気付かない。
何だ、今の会話の何がおかしかった。
思い出せ、あの一瞬の違和感。
会話の中で魅せられた無自覚の行動、無意識な反射的反応。回答の自動返答―――。
「―――お前今、俺の思考を読んだか?」
一瞬、陰陽師の話題で頭がいっぱいだったが、それよりももっと重要な事を見落としていた。
先程の会話からずっとそうだ。この無垢の陰陽師との会話で、俺は二回しか発声での会話をしていなかった。
この精神世界での主導権が、狂刀神達同様に向こうへと渡っている。
俺の精神世界なのに、対話相手に空間の権限が握られている事実がそもそもの特異だ。
「………言っただろう、この精神世界は互いの記憶によって作り出されている。故に、妖術師に与えられるべき権限は道を違え、辿り着くべきではない者へと譲渡されてしまった」
そう。いまこの空間で主導権を握っているのは俺じゃない。
記憶の混合による主導権の迷走。与えられてはならない対象へと移ってしまった権限を、取り戻すすべを俺は知らない。
この手の空間で主導権を渡してしまえば、コイツが何をしでかすか分からない上に、俺の身体が人質に取られているも同然だ。
なら、まずはそのふざけた不条理をぶっ壊して、この身体から無垢の陰陽師を引き摺り出す。
「―――テメェの目的は“可逆妖術の陰陽師”の粛清だろ?その陰陽師ってのが死んでンなら、目的はもう果たされたンじゃねェのか?」
もう既に、この世に“可逆妖術の陰陽師”は存在しない。それは無垢の陰陽師本人の口からも明言されていた通り。
なら何故、既に居ないはずの陰陽師の名を出し、俺の身体を奪い取る行為までもを行ったのか。
それを知れれば、反撃のヒントになるかもしれない。
「まだだ、まだ私の使命は果たされてなどいない。確かに可逆妖術の陰陽師は死んだ、それは私とてこの目で見たから断言出来る」
一歩、そして二歩三歩と無垢の陰陽師は前に進む。
両手を広げ、凄まじいまでの憎悪と屈辱の表情を浮かべながら、復讐で燃え上がる焔の中を歩き続ける。
「だが奴は、可逆妖術の陰陽師は絶対に作り出してはならない禁忌の術を、自らの手で生み出した。名は『輪廻』と呼び、その効力は任意の対象と記憶、人格、精神を入れ替える事が可能な術だ」
「禁忌の術を、作り出した……ンな事有り得ねェだろ……」
禁忌の術については“術師が触れてはいけない境界線を越えた術であり、その生まれは今も不明”としか聞いていない。
それに『輪廻』という禁忌の術は知らないし、これまで見てきた文献の何処にも記載されていない未知の術。
可逆妖術の陰陽師は、禁忌の術を生み出した。
その一言がもし知れ渡りでもすれば、Saofaが『禁忌の術を作り出せるかもしれない存在』という爆弾を抱えていると政府に目をつけられ、解体……下手すれば術師の捕縛も有り得てしまう。
もっとも、ただの術師に禁忌の術が生み出せるかどうかは不明だが。
「禁忌の術を行使した可逆妖術の陰陽師は、未だにこの世で生き続けている可能性が高い。他者の肉体を奪い、その生を謳歌する―――、そんな悪行が許されていいはずがない」
無垢の陰陽師が片足を強く地面に叩き付けると同時に、周囲の風景が移り変わる。
その光景は俺が見慣れた現代の都市、東京の渋谷だ。それも『大規模魔法事件』が起こる前であり、大量の人々で溢れかえっている。
「それが有り得てしまうのだよ。そして、可逆妖術の陰陽師が身体を入れ替えた人物。陰陽師としての存在を秘匿しながら活動出来る存在………それは、妖術師であるお前が最も有力な候補だ」
可逆妖術の陰陽師はお前だ。そう言い切るにふさわしい言い方をする無垢の陰陽師。
もちろんのこと、俺は可逆妖術の陰陽師の記憶など持ち合わせていないし、禁忌の術である『輪廻』のことも知らない。
「だから、私はお前を探し出した。探し出した末に、霊体として肉体に舞い降りて奪い取る手段に出た」
無垢の陰陽師の背後、つい先程までそこには無かったはずの太刀が地面に突き刺さっている。
俺はそれを目撃し、一瞬にして理解する。
「―――つまりテメェは、俺を殺して全てを終わらせるってか?」
その問いに対して、無垢の陰陽師は答えない。
答えはしないが、背後の太刀を引き抜き、『戦闘』という形で俺に応える。
俺が少し視線を離した隙に、無垢の陰陽師は抜刀し、すぐ目の前まで迫って来ていた。
咄嗟に影へと手を伸ばす。武器を取り出す為に影に触れるが、影は何も起こらない。影の中に手が入らない。
「領域が機能していないだ―――とォ!?」
片腕が宙を舞う。
俺の左腕、影へと手を伸ばしていたはずの左腕が綺麗さっぱり消えていた。
バランスを崩した俺を見て、無垢の陰陽師は素早く下顎に蹴りを入れる。
頭へと強い衝撃を受けた俺は脳震盪を起こし、何も出来ずその場で倒れ込んだ。
「どうした、可逆妖術の陰陽師。お前の強さはそんな物じゃないだろう。立て、立って私を倒してみせろ、お前の正しさを証明してみせろ!!」
胸ぐらを掴み、無垢の陰陽師は俺の身体を持ち上げて近くの電柱へと投げ捨てる。
明らかに人ではない力で放り投げられた俺の身体は電柱へと強く叩き付けられ、衝撃を受けた背骨からボキっと骨の折れる音が聞こえる。
背中に激痛が走り、立ち上がることすら不可能………ではなかった。
「…………あ?なンだこれ、全然痛くねェな」
痛みが無い。それ以前に、背骨が折れている感覚が無く、攻撃で受けたダメージは何一つ身体に現れていない。
「言っただろう。ここは記憶の世界、記憶外で起きた出来事は記録されない。幾ら戦おうが、幾ら殺し会おうが、幾ら破壊しようがそれは全て『無かった事』になる」
両者の記憶補完による空間の形状記憶。
記憶として現れた空間に対して、記憶外の行動を起こす俺たちは認識されない。
それ故に、こうして攻撃を受けたとしても、それらは全て『無かった事』へと収束されてしまう。
「………無かった事になるならよォ。俺の腕、戻って来てもいいンじゃねェか?」
確かにダメージはゼロだ。身体は最高潮に軽い上に、妖力の乱れも何一つ感じられない。
だが、斬られた俺の腕だけは『無かった事』へと収束していない。
無垢の陰陽師の発言に、俺の身体で起こっている矛盾。それが表している物となれば―――、どこからともなく顕現したあの太刀。
禍々しい雰囲気を漂わせているとは思っていたが、なにか細工がしてあるに違いない。
「お前の腕は戻らない。何せ、お前の腕を斬り落としたのはただの太刀じゃない。神ですらその一刀を恐れる神器『天叢雲剣』だ」
神殺し、ではない。
天叢雲剣。別名を草薙剣とも呼ぶその剣は、日本神話にて素戔嗚尊が八岐大蛇を退治した際に尾から発見された一振の剣。
その剣から放たれる不気味な雰囲気。
俺が今まで見てきた武器の中で、最も神聖力が強く、人ならざる者を殺すのに特化した剣はコレが初めてだ。
「この精神世界は『記憶による空間の形状記憶』の特性を持ち、私の持つ天叢雲剣は『事象の上書き』の特性を持つ。君なら、意味が分かるだろう?」
無垢の陰陽師の言う『記憶による空間の形状記憶』は、記憶外にて殴る、蹴るなどの攻撃が発生し、それが“事象の確定”がされる前に、全てが無かった事になる。
事象の確定を取り消し、元に戻す特性を持ち合わせている。それは先程説明した通り。
そして、もうひとつ。
陰陽師の所持する天叢雲剣の特性。同様の例えに加え、追加要素となる天叢雲剣による斬撃が行われた場合。
天叢雲剣の特性による『事象の上書き』が必ず発生し、“事象の巻き戻し”は行われずに『斬った』という事象が上書きされた状態で事象が確定する。
「……その武器、外の空間で使えるなんて事ァねェよな」
そんな規格外の神器が現実世界で振るわれでもしたら、過去の確定など神に等しい行為となり、誰も手が出せない最強の存在になる。
本当にそうなった場合、不明の魔術師よりも圧倒的に厄介な相手になるだろう。
「さぁ、どうだろうな。お前の身体の主導権は私が握っているのは既に知っているだろう。現時点で私と戦っている相手は『孤影系統魔術師』と『創造系統偽・魔術師』の2人―――、いや3人か」
一瞬、無垢の陰陽師はニヤリと不敵な笑みを浮かべる。
無垢の陰陽師の言う3人目、それが誰なのかは1人だけ検討がつく。まぁ、偽・妖術師だが。
俺が意識を飛ばす寸前まで見えていた景色から、創造系統偽・魔術師は魔術師相手と手を組まず、一人で俺を助ける方針で動いていた。
それに対して、孤影系統魔術師は俺からの攻撃を受け流し、逃げの算段を立てていた。
あの瞬間から既に数十分は経過している。
賢い創造系統偽・魔術師であれば、既に無垢の陰陽師の強さに気付き、一旦撤退を行うはずだ。
それに、孤影系統魔術師であれば隙を見て即逃げれるはずだが、今も戦っているとなれば、2人にとってそうは出来ない理由があるのだろう。
もし戦っているのが偽・妖術師だとしても、孤影系統魔術師が残り続ける必要性は尚更無い。
「一体、誰と戦ってンだ………?」
「色々と気になるでしょう。だが、この後すぐに死んでしまうお前に伝える必要は無い。潔く殺してやるから、大人しく死ぬがいい」
外が一体どうなってて、俺の身体に何が起きているのか気になって仕方がない。
でも、今俺が集中すべきは目の前にいる無垢の陰陽師に対してだ。この戦いが終わらない以上は、何も得られない。
「―――構えろ、妖術師。己の技量を全てさらけ出せ」
黒影・深層領域から武器を取り出す事は出来ない。どうやこの空間内で妖術の使用は禁じられているようだった。
武器が無く、妖術が扱えない以上、俺が無垢の陰陽師に勝つ未来は無い。
どうする。
俺がこうして思考出来るのはせいぜい5秒程度。その位の猶予しか与えられない以上、武器の調達は不可能。
素手、は論外だ。武器を持つ相手に勝てるわけがない。
武器を奪うか。………いや、それこそ無理だ。あんな禍々しい武器に触れたら、一振する前に俺が死んでしまう。
かくなる上は逃亡か、それとも―――。
「………なぁ、無垢の陰陽師。この空間は俺とお前の両方の記憶から形成されてるンだよな?その記憶とやらは、過去だけじゃなくて“未来”の記憶でも反映されるのか?」
見つけた。逆転の一手、その切り札となる抜け道が1つ存在していた。
精神世界のルール、それを逆手に取る。
この精神世界が過去の記憶を元に作られているなら、この先起こるであろう未来の記憶だって構わないはずだ。
「―――未来の記憶を投影し、自己を救う魂胆か。あまりにも浅い思考だな、妖術師。言ったはずだ、この空間の主導権は私だ。お前の記憶一つで変わるなどと思うなよ」
「………ハッ!!律儀に俺の思考を読んでまで答えてくれるとはなァ。そんなお優しいテメェの為に、感謝を添えたプレゼントをやるよ!!」
“大戦は苛烈を極め、凄まじい轟音と共に俺は躍動する。
最後の標的である不明の魔術師による攻撃が止むことなく降り注ぐ中、俺は『黒鶫』で全て受け流し、地道に距離を詰めていく。”
“背後で多数の術師の悲鳴が聞こえるが、今の俺に構う余裕など持ち合わせていない。
真っ直ぐ一直線に不明の魔術師へと近付き、渾身の一撃を決め込めるタイミングを今か今かと見計らう。”
“同じ攻撃は無く、見るもの全てが初めての術。そんなチートの様な貯蔵量を持つ魔術に、俺は次第に圧倒される。
どこか一瞬だけでも、隙が生じれば、勝つ道筋は開かれる。何か、イレギュラーが起きでもすれば―――。”
“刹那、俺は何も無い空間に違和感を覚える。どこかで見たような、それでいて、何かをしなければならないような感覚。
絶対にそこじゃないとダメだと、俺の第六感が告げている。”
“戦場で武器を手放すなど負けを認めるも同然。だが、この場合に関しては、戦況が一気に一変する予感しかしない。
だから俺は、その何も無いはずの空間に―――『黒鶫』を投げ付けた。”
「……………ッなァ!!!??!」
放たれた『黒鶫』は何も無いはずの空間。
否、俺たちの居る精神世界を切り裂き、その空間へと大きな亀裂を生じさせた。
歪む。空間が歪み始める。
ついそこにあったはずの俺と『黒鶫』は消え、ノイズが走ったかのように景色が不安定になって行く。
次第に空間は不安定になり、映し出されていた風景は一変して、何も無い真っ白の空間へと戻って行く。
「―――なァ、無垢の陰陽師さんよ。俺の思考を読むって事ァ、テメェにもその状況、風景、そして行動が『記憶』されちまうンだろ」
相互の記憶による空間の確立が行えると言うのなら、空間変化へと大きく影響を与える記憶を、2人同時に同じモノを見せればいい。
記憶として俺が選び出したのは、俺が視た不明の魔術師との最終決戦の前日。未来で起こるであろう出来事の一片。
妖術師である俺であれば、確実に放つ一刀。その刀の名は『黒鶫』であり、俺に宿る神『狂刀神』が所持する神器。
その『黒鶫』がどんな特性を持ち、この空間を打開するのに適しているかどうかは分からない上に、知らない。
それでも俺は、賭けに出た。『黒鶫』が空間を越え、時間軸すらも越えると信じて。
「記憶の投影、ご苦労ォ様」
完全に真っ白へと変わってしまった空間。
その中で俺は自らの影から『太刀 鑢』を取り出して、呆然としている無垢の陰陽師へと構える。
『黒鶫』の介入により、記憶再現の精神世界は崩壊。空間の主導権は無垢の陰陽師では無くなった。
それ故に、空間で設けていた縛りは消え、俺も心置き無く妖術が扱える。
「………き…貴様ぁあああああ!!」
「―――悪ィが、俺の持つ禁忌の術は『未来視』だけなんでな。その『輪廻』とやらに覚えはねェよ」
天叢雲剣で斬られた左腕を影で復元し、俺は無垢の陰陽師に向けて首斬りのジェスチャーを見せつける。
とはいえ、この空間内で妖術が使えるようになっただけで、無垢の陰陽師の戦闘能力が低下した訳ではない。
単純な剣技であれば、圧倒的に無垢の陰陽師が強い。
どうする。このまま戦いを続けるか、この精神世界から現実世界へと戻る為の手掛かりを探すか。
つっても手掛かりを探すにも無垢の陰陽師の猛攻を受け流し続けないと死ぬ。あんな禍々しい刀に触れちまっただけでもアウトだ。
「………だったら、戦うしか選択肢は残されてねェな」
無垢の陰陽師は俺の言葉にピクリと反応し、そのまま横へと歩き出す。
俺もそれに合わせ、無垢の陰陽師とは逆側に歩き、互いに円を描くようにして様子を伺う。
いつ仕掛けてくる。無垢の陰陽師の思考が読めない。
実戦経験をある程度積んでいるとは言え、コイツはレベルが違いすぎて動きを先読みするのは至難の業。
こちらから仕掛ければカウンターを決められる可能性があるが故、下手に手出しは出来ない。
「―――どうした、来ないのか。可逆妖術の陰陽師であろう人間が、恐れているのか」
「………俺は可逆妖術の陰陽師って奴をよく知らないし、そんなやつになった覚えは無い。まァ、例え俺が可逆妖術の陰陽師だったとしても、そんなチート武器携えてりゃ出るに出れねェよ」
「なら、私の方から行かせてもらうとしよう」
足が止まる。
静まり返った空間の中、素早く動き出した二人。服の擦れ合う音と共に、力強い足音が鳴り響く。
「―――お前を殺し、全てを終わらせる!」
「―――テメェを殺して、アイツらの元へ帰る!」
両者譲らぬ意思。その気持ちが鋭く、そして何よりも重く乗った一刀が、激しく接触して火花を散らす。
長時間の鍔迫り合いなどはせず、俺はすぐに距離を取って右手を構える。
「『黒影・深層領域』!!」
無垢の陰陽師の足元、自身の影が揺らぎ始め、そこから伸びた影が手足を拘束する。
不可解な出来事に無垢の陰陽師はほんの少しだけ驚くが、そのまま影を力量で引きちぎり、影に向かって天叢雲剣を突き刺す。
伸びていた影は次第に消え、『黒影・深層領域』はその役目を終える。
と同時に、突き刺した天叢雲剣を引き抜くより速く、俺は『太刀 鑢』を胴体目掛けて勢いよく振るう。
「………無駄だ」
振るった先、無垢の陰陽師は『太刀 鑢』の峰部分を片手で掴み、胴への直撃を防いだ。
そしてそのまま天叢雲剣をもう片方の手で引き抜き、掴んでいた『太刀 鑢』を離して天叢雲剣で受ける。
「んだァテメェそりゃ。なんて馬鹿力してンだよこの野郎」
普通なら力だけで振り切れるはずの無い影を引きちぎり、刃でなく峰の方を掴み続ける握力。
なによりも『太刀 鑢』を離した直後に天叢雲剣で受ける素早さ。
これまで戦ってきた相手は剣技ではなく、持つ術式が厄介な相手ばかりだった。
………いや、一人だけバカ正直に剣技で戦ってきた奴が居たが、アレは剣技+妖術とか言うイカれた事をしていたからノーカン。
偽・妖術師を除いて、技量・膂力・判断力ならどの敵よりも圧倒的に優れ、特筆している。
「死後の世界とやらは信じていなかったが、実際に存在していた。そこで私は鍛錬を続けた、何年も何十年も何百年も、可逆妖術の陰陽師を倒すことだけを考えていた!!」
無垢の陰陽師は天叢雲剣の角度を変え、『太刀 鑢』を受け流して俺の腕を掴む。
そのまま天叢雲剣が俺の頭部をかち割ろうとするが、寸前で首と身体を傾けて攻撃を避ける。
「………なぜ避ける」
「避けなきゃ死ぬからに決まってンだろ」
軽口を叩いた直後、俺は頭を勢いよく振り、無垢の陰陽師へと強烈な頭突きをお見舞いする。
頭突きは見事に鼻へと直撃し、無垢の陰陽師は少しだけ怯んだ。
その隙を俺は逃さず、掴まれた腕を振りほどいて渾身の一撃を無垢の陰陽師へと向ける。
「―――遅い」
取った、と思ったのも束の間。
無垢の陰陽師から放たれた一言が終わる前に、『太刀 鑢』を握っていたはずの左腕は行き場を失い、宙を舞っていた。
斬られた。あの一瞬の刹那、無垢の陰陽師は目にも見えない速度で天叢雲剣を振り、俺の左腕を斬り落としたのだ。
「これで終わりだ、可逆妖術の陰陽師」
無垢の陰陽師はそう言い、天叢雲剣が俺の左肩へスルリと入り込み、そのまま右腹部へと抜けていく。
俺もその瞬間を見ていた。じっと見つめ、動かなかった。
俺の身体から鮮血が吹き出し、真っ白な地面が赤色へと徐々に変わって行く。
「あの時ほどの強さはとうに失っていたのだな、可逆妖術の陰陽師。お前には少しばかり期待していたのだが」
その一言が耳に入ると同時に、俺の意識は少しずつ薄れていく。
失敗した、という言葉が何度も脳内に浮かぶ。選択肢を間違え、無垢の陰陽師を甘く見ていたツケが回ってきた。
ダメだ、これは確実に死ぬ。この『遡行』で無垢の陰陽師と再び戦う事になるが、この程度では絶対に歯が立たない。
何故なら、先程からずっと無垢の陰陽師は手を抜いていた。
手を抜いていてあの強さ。そして手を抜いている相手に対して速攻で斬り殺された俺は、次の戦いでも勝てるわけが無い。
「………こ、りゃ。何回の……『遡行』になるか、予想が……つかねェ……な」
「遡行―――?遡行だと?」
視界が閉じていく。真っ白い空間と、己の血溜まりで埋め尽くされていた視界は真っ黒になり、俺はそのまま倒れ込んだ。
「―――……………。………」
無垢の陰陽師が何か言っているのはわかったが、俺の耳は既に聞こえない。空気の揺れで発言しているのか分かるかどうかだ。
意識も朦朧とする。
どうせ次も勝てないなら、イカれた選択肢を取ってみるのもアリだ。例えばそうだ、アイツを呼び起こして―――。
そこで、俺の意識は完全に途絶えた。
コメント
1件
うわあああっ!このエピソード重すぎて泣きそうになった…😭💦 無垢の陰陽師の過去が壮絶すぎるよ…嫁を目の前で♡♡♡れた悲しみと怒りで、あんなに優しかった人が復讐鬼になっちゃうの辛すぎる…。 でも「敵を見誤るなよ」の一言で崩壊するシーンは鳥肌たった! 精神世界での対決も熱すぎる!!『黒鶫』を未来の記憶として投影して空間ぶっ壊す発想、天才か!?って叫んだよ🔥💯 でも最後に斬られて「次はアイツを呼び起こす」って意味深な感じで終わったのが気になりすぎる…!! 天ヶ瀬さん、このエピソード最高でした!!続きが待ちきれないです!!✨