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第1章:発症の日常
目が覚めると、世界は昨日と同じ色をしていた。淡い青の空、白い雲、乾いた風。けれど私の胸は、なぜかいつもより早く打っていた。――誰かに見られたい、愛されたい、今すぐにでも。
ユリナ、十五歳。私は「求愛性パニック障害」という病気にかかっている。医学的には認められていない架空の病気だ。だけど私にとっては現実そのものだ。世界のすべてが、私を見てくれることを望んでいる――そんな気分になる。
朝のホームルーム。教室にはいつも通りの笑い声やざわめき。けれど私の目には、ただ一人の少年しか映らない。新しく転校してきた、ハルキ。
彼の前に立つと、胸の奥がぎゅうっと締め付けられる。息が詰まるほどの高揚感と不安。昨日の昼休みも、私は勇気を出して彼の机の横に座った。
「ねぇ……一緒に帰ろうよ」
声は小さく震え、唇は乾いていた。言葉は届く。彼は一瞬、私を見た――その瞳は無関心ではなかった。ほんの少しの関心。それだけで私は生き返る。
でも、彼は首を横に振った。「ごめん、ちょっと用事があるから」
その一言が、まるで世界を崩すように響く。普通の人なら些細な断りに過ぎない。けれど私には――すべてだった。
昼休み、教室の窓際。私はノートに文字を書き殴る――いや、日記じゃない。これは告白の連続だ。文字にすれば、私の存在は彼に届くと信じている。
「お願い、私を見て……」
言葉を書くたびに、胸の奥が熱くなる。けれど、目の前には冷たい空気。返事はない。
放課後、廊下の隅で彼を待つ。背筋は冷たい汗で濡れ、手は小刻みに震える。彼が通りかかると、私は両手で腕を掴んだ。
「お願い、私のこと見てて……」
彼は一歩後ずさる。けれど私は止まらない。もっと近づき、耳元で囁く。言葉が足りなければ、身体で伝えるしかない。愛されたい、今すぐに、すべてを捧げてもいいから……
夜、部屋に戻っても胸の高鳴りは収まらない。夢の中で、私は彼に抱きつき、何度も「愛して」と囁く。けれど目覚めれば、夢は消え、現実には冷たい壁と孤独だけが残る。
私は知っている。病気は治らない。理性はいつも後ろで震えているだけ。世界がどれだけ変わっても、私の心は愛されることを渇望し続ける。
そしてまた、朝が来る。目が覚めると、世界は昨日と同じ色をしていた。けれど私の心臓は、昨日より速く打っている――誰かに見られたい、愛されたい、すぐにでも。
私は立ち上がる。今日も、ハルキの前に行く。愛されるためなら、どんな手段でも選ばない。私は――愛されたい病の少女。求めすぎて、狂ってしまった少女。
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