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第一章 世界の始まりは可愛い私
石で出来ている、私にとっては大きな門を通り抜けると、そこはもう私にとっては遊園地だ。
今日も陽の光がとても暖かい。散歩日和だ。
私の記憶はここから始まる。
2歳の誕生日プレゼントに今日買ってもらったばかりのキャンディー型の鞄を見て、一人でクスッと笑った。
いつものように、ピンクの靴で駆け出すと、風が身体を包んだ。
私にはこの感覚が気持ちよくて仕方がなかった。山を降りて路地を抜けると、いつもの大きな道にでる。
この道はこの町では人通りは多い方だ。両隣は田だらけだけど、ところどころにコンビニも服屋も本屋もあるのでなかなか面白いところだ。
走っていると、30歳くらいに見える女の人にぶつかって転んでしまった。
「うわあっ!」
思いっきり体制を崩した私は必死に手を伸ばして体を支える。
「あ!」
ごめんね、と女の人が焦っていった。
「だいじょうぶですっ!すいません!」
私はできるだけ丁寧な言葉を選んで言った。女の人は良かったと笑って、バイバイ、と言ってからまた急ぐように走っていった。
楽しい。少しだったけど。
私はこうやって人と話すのが大好きだ。
誰かいないかな、といつも辺りを見回す。
知らない人と関わるのは楽しい。
この町では誰もが優しいから、知らない人と話しても大丈夫。
目についたのはキレイなショートカットのお姉さん。
いきなり話しかけるのもどうかと思いつつ、私は話をしたくて駆け寄った。
「こんにちは!」
ニコッと笑って見せた。
「え!?こ、こんにちは…」
お姉さんはびっくりした目で返してくれた。
「お話し、しない?」
大声で言ってみた。え、とお姉さんはビックリしていた。それから、
「いいよ」
と答えた。
「やったぁ。」
私はまた笑った。
今度は、お姉さんも一緒に笑った。それから、お姉さんは私をじっくり見て、こう言った。
「へぇ、君の目、すごくカワイイ!!!大きいね!」
カワイイ、という言葉に反応してしまった私は、とても嬉しくなった。
そう言えば、いつも母には、『あなたはプリンセス。だから、おしとやかで可愛いあなたでいて欲しいの。』と言われていた。
「ありがとう!私ね、プリンセスな…」
ふっ、と視界がくらくなった。
次に目を覚ますと、暗いところに私は一人、浮いていた。
その直後、家族が上から降ってきた。
「きゃあっ!!!」
私は叫んだ。
私の上に家族が落ちてきそうになったからだ。
しかし、動けなかった。
それでもぶつからなくてすんだ。
私の真上で、家族がとまったからだ。
「「「え!?」」」
私と母と姉は、同時に叫んだ。
私の目は、赤い。
「赤い目」は、「darkness family」または「darkness King」を指す。「darkness King」は、闇の王のことだ。普通、私たちの家族は「darkness family」とは思われない。
darknessの初代王、「ノア」が人々の思考をいじっているのだ。こうすることで、私たちは守られている。でも、人々はdarknessの存在を知っている。
私の家族はdarkness familyだから、家族の目はみんな赤い。
姉のクーは、大人しい性格だ。顔もキレイで人と付き合うのもうまい。自慢の姉だ。
母のリリーは、お母さんだとは思えない若さだ。クーは母に似たのだろう、母はやはりとてもキレイだ。しかし、怒りっぽい性格で、私は一度怒らせて、包丁を振り回されたことがある。
父のジェネシスは、darkness kingだ。私たちには滅多に姿を見せない。darkness kingの仕事に、常に追われている。
父が降ってくる。
父が姿を見せたことで、私たちは事の重大さを知った。父は冷たい目を私たちに向けた。長い睫の中からは真っ赤な瞳が覗いていた。
「ノア様」
父が静かに、でも響く声で言った。このときの私は、ノアのことを全く知らなかったはずだけど、なぜだか心臓が跳ねる。血が騒ぐ。熱く、廻る。
「なんだ?」
甲高い声が響き渡った。
「我々が呼び出された理由を教えていただけませんか。」
父は小さく気の抜けた声で言う。ボソっとした声が、冷たく響く。
沈黙後、また声が聞こえた。
「お前。」
壁から手がぐにゃりとでて、私の鼻先を指した。
「お前は、darknessの存在を広めようとしたな。」
私は訳がわからなかった。そんざい、知らない言葉だった。
「ゾラ、私はプリンセス、とか、darknessとか…誰かに言ったの?」
クーが言った。上では母とクーが縄で縛られており、苦しそうに顔を歪ませていた。そのなかでもクーの声は優しかった。
「うん…言った…。」
私は小さく返事をした。それがどうしたのだろうか。
「「お前…!!!」」
父と母の声が響く。
「ふぅん、正直だな。もとの世界へ戻るがよい。お前は、呪いを受けて戻ることになる。12年後、お前の呪いは解けるだろう。」
高い声は、真剣な声で言った。
気がつくと、そこはお姉さんとあった道だった。
私は気を失って倒れていたようだ。
お姉さんが私に、大丈夫!?と叫んでいる。
「帰らなきゃ…」
そう思った私はすぐに家に向かって駆け出した。石につまづき、大きく転んだ。後ろからざわざわと声が聞こえてきたが、構わないで走った。
長いこと気を失っていたようだ。
途中で腕をつかんできた誰かも、声をかけてきた警察官も、みんな無視してひたすら山道を走る。
家に帰ってみると、家族は私の帰りを待っていた。
「「お帰り」」
父以外の二人はそういって座って、と合図をした。私は椅子に座った。
「話してごらん。」
父はゆっくり、低い声で優しく言った。優しく?優しく、ない。
「…..!?」
わかった、と言おうとしたのに、何の声もでなかった。かわりにのどに鈍い痛みが走った。父は、ふ、と息をついて、言った。
「これは、呪いだ。お前にかかったこの呪いは、一番軽い呪い。この呪いは12年で元通りだ。他の呪いは一生ものだ。」
大好きな話しができなくなったという実感はなかった。
だけど、本当に、できなくなっていた。後からやっと気づいたものだった。
家族に説明された後、疲れていた私はすぐに眠ってしまった。
起きると、そこは暗闇だった。
夜だ。窓からは月の光が入ってくる。
私は毎日自分一人で寝ていたから、あまり怖くはなかった。また、もう一度眠ろうとしたそのときだ。
ここは、どこだろう?
自分が、知らないところにいることに気づいた。
それに、あまりに眠くて気づいていなかったけれど、部屋の外から釘を打つ音と、テープを貼る音がきこえた。
部屋を見渡しても、あったのは大人用のTシャツとポシェットだけだった。
閉じ込められてる
そう気づいたときにはもう遅かった。ドアはびくともしなかった。
「起きたのか。」
父の声だ。
私はドアの向こう側に向けて、思いきり首を縦にふった。
「ここは家の中だ。一番端の部屋。しばらくそこにいた方がいい。」
父はそういって去っていった。
どうして…
声は出なかった。
出そうとしたら喉が焼けるように痛みだす。 私は、壁にもたれてまた眠り込んだ。
気がつかないうちに涙が溢れていた。
次の日もまた次の日もと、1ヶ月経ってもずっと閉じ込められたままだった。
ご飯はドアに開けられた小さな穴からまるで虫にエサでもやるように渡された。
いつも缶詰め一つだった。
クーだけがそこから目を覗かせて『おはよう』と言ってくれた。
私と両親はもう繋がっていないけれど、クーとは毎日のその一言で繋がっている。
ドアを思いっきり叩いたことだってあった。
すると、釘を打ってなかった方のドアが倒れて、母が叫んだ。
「に、逃げる!!!」
ヒステリックな叫び声だ。そしてすぐに父が飛んできた。
「ゾラ、そこにいなさい。」
顔や声色が怒っていた。私は動けなくなって、そのまま座った。また、釘を打つ音が聞こえた。
『逃げる!!!』
だなんて叫んだ割には見張りもいなかった。
一階だから窓から逃げることだってできた。
だけど、ここにいる方が安全な気がして、逃げたりしなかった。
何年も、同じようなときを過ごした。
ずっと隅っこに座って、お昼になったら缶詰を食べた。缶詰一個で生きていた。ずっと、辛くも楽しくもなかった。綺麗じゃなくもない、綺麗でもない世界を見つめて生きてきた。ずっと、一日中、最高につまらない日々を送っていた。それに気づいたのは世界が変わってからだけれど。
あの黒くてボロボロのサッカーボールを見るまでは、ずっと。
この部屋から出ることは一度もなく、6歳になった。
あれから四年がたった。
部屋には、本が7冊置いてある。
クーが誕生日にくれた。
私は、一日のほとんどを寝て過ごした。
夜になるとこっそり起きて、たまたまあの時に持っていたMP3プレーヤー(父の古びたものをももらっただけだが宝物だった)をとりだし、イヤホンはないのでスピーカーにして聞いた。
家族が寝ているし、ここは寝室とは離れているから聞いていても気づかれなかった。
ある日、私は同じように部屋の隅っこに縮こまっていた。
その日は天気がとても良かった。
太陽がさんさんと降っている。
ノートに数えていた日にちを見る。
今日は、クーの誕生日の日だ。つまり、家族は出掛けている。水族館に行くらしい。
中学生になると思われる人たちがボールで遊んでいるのが見えた。それを見ながら缶詰を食べた後、寝てしまおうと思っていたところだった。
パリン!!!
窓が割れる大きな音と頬の痛みで目が覚めた。
頬に、小さなガラスの破片が突き刺さっていた。すぅっと血液が頬をつたう。トン、トン……と、音を立ててボールが転がってくる。黒くてボロボロのサッカーボールだ。
「やばい、やばい!」
「うそ、割れちゃったのぉ!?」
「……僕謝りに行かないよ?」
風に乗ってそんな言葉が流れてくる。私は、はあ、と一息漏らして立ち上がると、そのボールをつかんだ。冷たい風が傷を痛めつける。外に投げようと窓に近づくと、男の子がいた。男の子。いや、女の子かもしれない、と思った。睫毛が長い。しなやかな金髪が風になびいて光っている。太陽と重なり、眩しい。
「うわぁ!!え、大丈夫?ごめ、ごめんなさい!あ…ボール、ありがとう。」
私はその子の言葉に、小さくうん、とうなずいた。
「窓、どうしたらいい?ごめんね!」
焦りぎみに言っているのを見た私は、そんなに焦らなくても大丈夫、とノートに書くと、少し考えてその先に帰って、と書き足した。
その子は、私にしつこく
「本当に?ほんとに大丈夫?」
と、繰り返した。
(……うるさいなぁ)
心のなかではそう思っていた。私もしつこく、帰って、を繰り返す。
「……分かった。」
その子はわたしに向かってサンキュ、と小さく言うと、さっと窓から飛び降りた。太陽が降っていくような、美しくなんだか寂しい光景だ。
私は小さく微笑むと、眠った。
この鳥の鳴き声しか聞こえない部屋。私はまたあの子に来てほしかった。帰ったばっかりだけど、もうあの子が恋しかった。
その日の夜、私は父の声を聞いた。
「ゾラがあの時話していたと言う女、始末が遅くなったけれども、幸い女はdarknessを知らなかったようだ。塵をこれから隠してくるよ。」
「へぇ、頑張って!」
それは母との会話だった。穴から覗いてみる。そこには父が塵といって踏みつけにしている死体があった。
「でも、もう少し先だ、ゾラを殺す命令が出るのは。手続きがあれば…10年後。」
「それまでは捕まえていないとね、わかった。」
私は驚かなかった。悲しくもなかった。怖くさえもなかった。
ただそのとき、何か味わったことのない感情が全身を行き渡った。あのお姉さんは、とてもいい人だった。少ししか話せなかった。だけど、いい人だったんだ。私はあの人の温もりが、どうしても忘れられない。忘れようとはしている。心においていたって、何も残りはしないから。あの人を好きだったからかな、強い気持ちが込み上げる。黒くて泥々した、「負」の感情。強すぎて、きっと私自身が耐えられないほどなのだろう。全身に力が入って、ドアを殴りそうになって、でも自分の命が危ないことを思い出して、私は必死にその感情を押さえた。
darknessは、この世に存在してはならない生き物だと、知った。
私たちは、死ななければならないと思った。
プリンセス、それは私にとっての禁句ワードだった
そして
私の世界の全てが始まる、一番大切な言葉だった