ジリリリリ…ジリリリリ…
目覚まし時計の音が部屋中に響き渡る。
カチッ…
そうか。昨日は君との記憶を思い出したまま眠ってしまったのか。君のいない部屋。君との記憶を辿る日々。毎日朝目が覚めてから眠りにつくまで、同じことの繰り返し。だけど、今日は違う。今日は、僕にとって特別な日。
「さて、そろそろ準備でもするか。」
そうやって、一人呟きながら洗面台へ向かう。鏡を見るのは退院してから初めてだった。伸びっぱなしの髭に、ボサボサにに散らかった髪。目の下にできた大きなクマや、痩せこけた頬。久しぶりに見る自分の顔は、すっかり変わり果ててしまっていた。
ピーンポーン…
インターホンの音が響く。きっと、大家さんだろう。
ガチャッ…
「おはようさん。あんちゃんが今日もちゃんと生きているようで安心したよ。」
そういって、ビニール袋を僕の手に握らせる。大家さんの味噌汁だ。
「いつもすみません…。」
「いいんだよ。それよか、中覗いてみな。」
言われるがままに、ビニール袋の中に入っている鍋の蓋を開ける。
「これは、魚…?」
「大正解。あんちゃん今日は例の日だろう?あたしも気合い入っちゃってね。奮発して鯛のあら汁にしてやったよ。」
………。
何故だろう。悲しくもないはずなのに涙が溢れてくる。僕は隠すように俯き黙り込んだ。
「あれ、あんちゃんひょっとして魚苦手だったかいな?すまないね、あたし何も知らんとひとりで張り切っちまったわ。ちょっと待っといでな、普通の味噌汁作って持ってくるわ。」
急いで自分の部屋に戻ろうとする大家さんの腕を掴み引き止める。
「どうしたんだい?」
………。
言葉が出ない僕の顔を、大家さんが真っ直ぐに見つめている。
「ゆっくりでいいさ。自分のペースで、話してごらん。」
大家さんは優しい。僕なんかのためにいつも寄り添って話してくれる。僕はゆっくりと、息を整えてから口を開いた。
「違うんです…。僕…嬉しくて…。」
「そいつはよかった。あたしも頑張った甲斐があったよ。」
「すみません…。紛らわしくて…。」
「謝らなくていいんだよ。あんちゃんは何も悪くないじゃないか。あたしが勘違いしてしまっただけさ。」
「すみません…。」
「ほら。また謝っちまってるよ。人間っていうのはね、心に余裕がないときほど必要以上に謝ってしまうどうしようもない生き物なんだよ。あんちゃん、あの子が見えるかい?」
そう言って、大家さんは道路の隅っこ歩いていた、ランドセルを背負った男の子を指差した。
「あの下を向いて歩いている小学生のことですか?」
「そう。あの子、あんちゃんと似てると思わないかい?」
あの子が…?僕と似ている…?
僕は大家さんの言っていることがわからずに首を傾げていると、そのまま続けて話し出した。
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