テラーノベル
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メインホールに足を踏み入れても、招待客は道を開けてくれる。おかげでノアはアシェルに右だ左だと方向指示をせずとも無事に指定された場所に到着することができた。
でも、最後にして最大のミッションが待ち構えていると思うと、ノアはガチガチに緊張してしまう。
きっと今の自分の顔は、ものすごく強張っているだろう。
(ああ、心配だなぁ……って、ダメだダメ!!ちゃんとしなきゃ……って、誰も見てないじゃーん)
弱気になる自分に喝を入れようとしたノアだけれど、まさかの状況に目を丸くする。
現在、メインホールの視線を総なめにしているのは、なぜかロキだった。
ただ美魔女に変身したロキが、若い男を引っ掛けているわけでもなく、誰彼構わず喧嘩を吹っ掛けているわけでもない。
ロキの周りには誰もいない。影が薄くなったワイアットが傍にいるが、それはノーカンだ。
とにかく招待客の老若男女が間合いを取りつつ、ロキに向かって「この人、ヤバイ」という視線だけを送っているのだ。
おそらく自分がダンスを踊っている間に、好奇心旺盛かつ身の程を知らない貴族の誰かがロキにちょっかいを出し、返り討ちにあったのだろう。あの院長が売られた喧嘩を買わないわけがない。
ノアは思わず、無駄にドヤ顔を決めているロキに代わって「うちの院長がすんません」と謝りたくなる。
しかし謝罪ができる時間は、残念ながらなかった。
「国王陛下のお成ーりぃー」
良く通る男性の声が会場に響いたと同時に、中央階段から錫杖を手にした本日の主役が姿を現した。
すぐさまここにいる全員が深く腰を落とし、この国で最も高貴な人物を出迎えるために最上の礼を執る。もちろん、ノアも。
この1回の為だけに、死ぬほど練習したのだ。悔いがないよう、張り切ってやらせてもらおう。
そんなふうに意気込むノアなど国王は気付くわけもなく、ゆっくりと階段を下りる。
そして国王が、最後の一段を降りたと同時に、ノアとアシェルは移動する。宮廷夜会では、王族は一か所に集まるのが決まりらしい。
なら最初から一緒に降りればいいじゃんと思うところであるが、威厳的なアレで単独で登場するのが決まりらしい。
王族というのは、いろいろ面倒なことをするのがお好きなんだなと、妙に冷めた気持ちを抱えたままノアは、アシェルと一緒に国王陛下の斜め後ろに立つ。
チラ見した国王は、アシェルの20年先の姿だと思うほど彼と瓜二つだった。ちなみに国王の瞳の色は、ローリエの葉のような艶やかな緑色。
(うん、悪くない)
一度も見たことがないアシェルの瞳を覗いたような気持ちになったノアは、微笑むというよりにんまりと笑う。
それを見たクリスティーナが忌々しい視線を送ってくるが、ノアは気付かない。
王族とその関係者が様々な思いを抱えて会場中央まで移動すると、国王は錫杖をトンッと床に叩き口を開いた。
「諸君、今日は余の誕生祭に……げっ!!」
張りのある声で会場にいる下々の人間に声を掛けようとした国王であるが、何かに気付いたようで急に言葉を止め、ギョッとした。
さすがに招待客も礼の姿勢を取ったまま「え?」っとなる。
ノアも心の中で首を傾げつつ、どうしたんだとキョロキョロ辺りを伺い──数秒後、理由が分かった。
国王の視線は、ロキに釘付けになっていた。
でも美魔女に変身したロキに目を奪われているわけではなさそうだ。だって陛下の背中から、怯えのオーラが出ているし、錫杖を持っている手も、心なしか震えている。
ノアはロキが宮廷魔術師だったことも、国王陛下の右腕だったことも知らない。ましてロキが国王陛下の胸倉を掴んだ過去があるなど知る由もないので、謎は深まるばかり。
アシェルは、この状況に訝しむ様子はないし、ローガンとクリスティーナに至っては無の表情を決め込んでいる。これまた謎だ。
などとノアが頭の中ではてなマークを量産していれば、視界の隅にアシェルの側近その1のイーサンがチラッと入った。彼は慌てた様子でダンスホールへ小走りに向かっていった。そこには誰もいないのに。
(イーサンさんは、こっそり一人で踊りたかった?……んなわけないか)
もういっそ”これが宮廷夜会”というくくりにすれば、全てが納得できるという状況の中、アシェルがポツリと呟いた。
「……よし、これで役者は揃った」
彼の声は聞き取れたが、意味が分からなかった。
ノアが、もういっそ頭の中で暴れる全ての謎を放棄しようとした瞬間、ものすごい爆発音と共に会場全体が揺れた。
しかも揺れは収まるどころか、どんどん激しくなっていく。
「なっ、なっ、なに──」
「ノア危ない。動かないで」
履きなれないヒールのおかげでバランスを崩したノアを支えるように、太い腕が絡みつく。
目をぐるぐる回してパニックになるノアとは対照的に、己の胸にノアを引き寄せたアシェルはとても冷静だった。
そう。彼だけが、ただ一人冷静だった。まるでこうなることを知っていたかのように。
その証拠にダンスホールから、ゆうにノアの10倍はある魔獣が姿を現したって、アシェルは顔色一つ変えることはなかった。
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